第6話 火種

★★★(千田律せんだりつ



 道本さんとの関係のはじまりは、私がまだ文人君の彼女になりたいな、なんて、実現不可能な夢を持ってたときだった。

 今は彼の「誰とも恋人にもならないし、結婚もしない」って言葉。

 理由は分からないけど、フリじゃなく本心で、おそらく根深くて。

 そして絶対に覆せないレベル。彼の信念に関わるところから出てる言葉なんだろうな、って分かっちゃって。

 泣く泣く諦めることにしたけどね。


 ……まぁ、それでもたまにまだドキドキしてしまうこと、あるんだけど。

 無駄なのに。


 文人君、分かってやってるんじゃないよね?そんなことない、って信じているけど。


 文人君は暇さえあれば本を読んでる人で。

 他の子は休み時間は友達とダベったり、昼寝したりしてるのに。

 彼はそういうこと、やんなくて。


 ずっと本を読んでるんだ。


 それも、文庫本じゃない。


 ハードカバーの、何かの専門書。


 当時の私は、彼に接近するならここだ!と思ったんだけど。


 私、読書と言えばライトノベル。

 良くて海外作家の推理小説くらいしか読んで無くて。


 そのレベルで、彼の読書の世界に入ることができるのだろうか?

 いや、無理だよね。


 そう思っちゃって。


 海外の推理小説を借りる関係で、よく通ってた学校の図書館に行って、司書役やってた道本さんに相談したんだ。


 ……なにげに噂で「彼女は下村君と読書友達」なんて話もあったしね。


 その日の放課後、図書室のカウンターで、何か読みながら司書役やってた道本さんに、私は話しかけた。


「ゴメン、ちょっといいかな?」


「……ん?私?」


 彼女は本から顔を上げて反応してくれた。


 まぁ、いきなり本題切り出すのは感じ悪いと思ったんで、まずはこれを聞いてみた。


「何読んでたの?」


「百人一首の解説本」


 ……あ、この子、わりと本格的な読書家かも?

 それが彼女の第一印象だった。


 明るい感じなんだけど、穏やかで、知的な感じ。

 図書室で司書役の席に居るのが似合ってた。


「面白い?」


「面白いよ?」


 そう言って、彼女は百人一首がどれほど素晴らしいか滔々と語ってくれた。

 歴史が書かれてるとか、当時の感覚が分かるとか、天皇の歌まであるとか。


 将来的には万葉集の方も読んでみたいね。

 できれば原文で、なんて。


 彼女の想いを語ってくれた。


 ちょっと、聞き入っちゃった。


 夢があるって、かっこいいよね。


 そう、思っていたら。


「……で、用事は?」


 逆に聞かれた。

 言われて思い出し、同時に。

 この子、頭良いんだろうな、って。

 思った。



 相談したら。


「……またそっちのパターンか」


 ため息交じり。


 私、別に下村君って人と話したことすら無いんだけどな。

 そう言われてしまった。


 申し訳ない気分になった。


 どうも、勝手な思い込みで相談を持ち掛けられるパターンが多いらしく。

 下村君の気を引くには何を読めばいいの?できるなら掻い摘んでそういう本の内容を教えて、とか言われて、読書好きの彼女からすると


「本、舐めんな。本は男の子の気を引くアイテムちゃうわ」


 って気分らしい。


「……ごめん」


「いや、別にいいから。千田さんはまだマシな方だし」


 読書習慣はある人だしね、と。

 よく、アガサクリスティーとか、コナンドイルを借りて行くじゃん。


 知ってるよ。


 そう言って微笑んでくれた。


 で。


「……でも、あまりそういう趣味で攻めるのオススメしないかな。個人的感覚だけどさ」


 私の相談への返答で、そう道本さんは言って来たんだよね。


「なんで?」


 不思議だったから聞き返したら。


「趣味が例え一緒でも、性格の相性が最悪だったら続かないんじゃないかな?想像だけどさ」


 腕を組んで、そう答えてくれた。


「まぁ、私、彼氏出来たこと無いし、パパとママの関係からの類推だけど……」


 私のパパ、趣味が読書。私のママ、趣味がバイオリン。

 ハッキリ言って趣味では全く一致してないんだよね。

 ママは決まった時間に防音の演奏部屋に籠るし、パパは決まった時間に書斎にこもって出てこない。

 でも、とても仲良しなんだ。

 それに関してだけどさ、まあ私の両親の受け売り。


「趣味の一致より、決断のポイントの一致の方が大事」だって。


 何かを決めるときに、理解してもらえる相手かどうか。

 そこが重要なんじゃ無いかな。


 道本さんはそう言った。


 ……まぁ、なんとなく理解はできたと思う。

 何か重要な決断を下すときに、その理由を言ったら「はぁ?」って言われてしまうような相手だと、パートナー足り得ないってことだよね?


 ……でもそれって、彼氏彼女選びっていうより、結婚相手選びのポイントなんじゃ……?


 ちょっとそう思ったけど、お話なんかじゃ、高校生から付き合って、そのまま結婚なんて話ざらにあるし。

 別に的外れでも無い……とは思うかな?


 ……とまぁ、こんな感じで。

 道本さんと仲良くなった。


 私があまり詳しくない、古典の話について教えてもらったり。

 逆に私が最近の小説の話なんかを道本さんにしたり。


 私の話を馬鹿にせず、真面目に聞いてくれて。

「そのエピソード、源氏物語にも似たようなのあるよ」とか。

「そのリアクション、雄略天皇みたいだねぇ」とか。


 良い関係が築けていたと思う。




 そんなある日のことだった。


「千田さん、ちょっといい?」


 放課後に教室で。自分の席で帰り支度をしてたら。

 あまり話したことのないクラスメイトの一人が、話しかけてきた。

 私はその日、病院に行く予定だったんで、急いでいたんだけど。


「長くなる?だったら悪いけど、今日、病院に行かなくちゃいけなくて」


「いや、時間は取らせないよ。少し聞きたいことがあるだけだから」


 そのクラスメイトの女の子、ちょっと笑ってた。


 ……こういうと、なんだけど。


 ちょっと、嫌な笑い方だったな。

 後から思うと、この子の考えていることが顔に出たんだろうね。


 その女子、こう言って来たんだ。


「千田さん、C組の図書委員の道本さんと仲良いよね?」


「……うん、そうだけど?」


「何か、聞いてない?」


「何って?」


 心当たりが無かったから、そう聞き返した。


 すると。


「……いや、無いならいいんだ。ゴメンね。引き止めちゃって」


 そう言って、逃げるように居なくなった。


 ……何が聞きたかったんだろう?

 それだけがちょっと、疑問として残ってて。



 それからまたしばらく経ったある日。


 図書室で借りてた推理小説全部読んでしまったんで、返却しに行ったら、道本さんが司書をしてて。

 挨拶して返却手続きしてもらおうと思って、カウンターに行ったんだ。


 そしたら。


 道本さん、なんだかボーッとしてた。

 本も読まずに。


 いつもなら、司書やりながら自分も本を読んでるのに。


 そんな道本さん、はじめてだった。


「道本さん?」


 近くで少し強めに声を掛けると、ようやく気付いたようだった。


「わっ」


 驚かれてしまった。


「あ、千田さん。ゴメンね。返却するんだね」


 そう言って、微笑んで、返却手続きにかかってくれたんだけど。


 ……何だか、その笑顔に陰りがあった。


 その理由が分かる日が、そのしばらく後にやってきた。




 朝だった。


 朝に、登校して、いつものように自分の教室に向かおうと廊下を歩いているとき。


「佛野さん!アンタでしょ!!!」


 道本さんの怒鳴り声。

 C組の引き戸の向こうから聞こえて来た。


 別クラスだったけど、足を止めた。


 友達が、声を荒げている。

 尋常じゃないレベルで。


 しかも、相手はどうも、別の友達。

 佛野さん。


 この向こうで、何か大変なことが起きている。


 けど。


 別クラスの問題だから関係ない。

 ほっとこう。


 ……そんなの、おかしいよね。

 友達相手にすることじゃないよ。


 だから、私は迷わず引き戸を引いて、C組に入ったんだ。


 私が入ると、クラスは騒然となってて。


 A4の紙を片手に持った道本さんが、佛野さんに迫っていた。


 道本さん、凄い剣幕で。


 女子相手だから、勇気のある女子が数人出張って、道本さんを止めていた。

 殴りかかりそうな勢いだったから。


 女子で直接暴力って、どんな状態なのか。


 それに道本さん、そういう子では無いはずなのに。


「知らない!!アタシ、そんなの知らないって!!」


 佛野さん、自分の席から腰を浮かして、明らかに取り乱している。


「嘘つけ!お前しか居ない!」


 道本さんの目は吊り上がってて。

 ものすごく、怒っていた。


「どうせネットに私の家の個人情報を書き込んだのもお前だろ!!卑怯者!!」


「そんなのやってないってば!!誤解だって!!」


 女子に抑えられながら、道本さんはA4の紙を佛野さんに突き付けていた。

 道本さん、そのA4の紙で佛野さんを糾弾してて。

 佛野さん、必死でそれを否定しているみたい。


「どうしたの道本さん!?」


 私は躊躇わず二人に駆け寄った。

 私が止めないと!二人の共通の友人なんだから!


 一体、何があったの!?

 とりあえず落ち着いて!


 私はそのA4の紙を確認するためにも、急いで二人の傍に寄る。

 そこには何か印刷されていたけど、ここからじゃ字が遠すぎて読めなかったから。


 走って、近寄って。


 ……その紙が何なのか。


 近くに寄って、やっと確認できた。


 ……それは、


『竜征会会長宅で大量殺人』


 ちょっと前に、新聞で読んだ記事のコピーだった。

 それを突き付けて、道本さんは発狂せんばかりに怒り狂っていた……。

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