貰い火の行方

XX

第1話 仕置(1)

★★★(五味山三枝太ごみやまさんした



 どうしてこんなことになったんだ。

 俺は恐怖に震えながら、それを見ていた。


 広域暴力団・竜征会りゅうせいかい

 ガキでも知ってるヤクザのエリートだよ。


 俺はそこの構成員だ。

 まだ、下っ端だけどな。


 今日は、この竜征会を1代で立ち上げた会長が、かつて一旗揚げることを数人の舎弟たちに誓った記念日「竜征の祝杯日」

 この日は、竜征会の実力者たちが、日本中から会長の屋敷に挨拶に訪れる。

 そして会長を囲んで、祝杯を上げるのだ。

 ちなみに休むことは許されない。病床で臥せっていても、親が死にかけててもだ。

 シノギの都合だって、理由にならない。

 休んだら、組織内での立場を追われる。それが誰であってもだ。

 それぐらい重要な祝いの日なんだよ。


 俺はそんな重要な日に、屋敷を警護する兵隊として呼ばれたんだよ。

 気持ちはメチャあがってた。

 俺の働きぶりが会長の目に留まれば、俺だって幹部の道があるかもしれないじゃんか。


 竜征会の看板に憧れて、この世界に入った俺としては、夢を見ているような気持だった。


 なのに……。


 バシュ! ゴロゴロッ! プシャアアアアア!! 


 俺の目の前に居たヤツの首が吹っ飛んだ。

 突然そいつの目の前に現れた、金髪の女子高生が、手刀で刎ねたんだ。


 残された胴体からは血が噴水のように噴き出し。

 刎ねられた首が、俺の目の前に転がってくる。

 首はまだ生きているのか。瞬きと、口を動かすことを続けていた。


 俺はその首と目が合ってしまった。

 そいつは、恐怖に歪んだ顔で、目で言っていた。


「助けてくれ」


 って。


 ひっ……! 

 む、無理だっ! 

 諦めろッ! 



 はじまりは突然だった。

 屋敷の庭で、組の他の支部からやってきた兵隊要員の下っ端たちと、挨拶を交わしながら、屋敷を警護してたんだ。

 会長の屋敷は、日本庭園風で。

 典型的ヤクザの親分の屋敷。

 庭には池があって、鯉を飼ってて。松の木が植えられてて、池には橋がかかってる。


 この世界でのし上がれば、俺もこんな屋敷に住めるかもしれないんだ。


 そう思うと、胸が高鳴ったよ。

 俺んち貧乏だったし、頭悪くて勉強できなくて、表の仕事じゃろくに稼げなかったからよ。

 俺が夢を見るには、この世界しかねぇんだな。


「すげえ庭だよな。俺らの憧れだよ」


「会長、どんな人なんだろうな?」


「もう60近いらしいけど毎日イイ女抱いて酒飲んでるってさ」


「いいよなぁ。憧れるよ。俺も会長みてぇになりてぇな」


 そう、組の盃を交わした者同士でダベりながら、屋敷を警護してた。

 まぁ、何も起きねえよ。そう思いながら。


 竜征会のこんな大事な日に乱入するなんて、馬鹿の所業だ。

 絶対失敗するし、その後、そいつの親兄弟、親族に至るまで徹底的な報復がある。

 正気の奴なら絶対にしない。


 それぐらい、竜征会は恐れられてる。


 だから、俺は憧れたんだが。


 でも。


 その「ありえないこと」が突如、起きた。


 いきなり隣でへらへら笑いながら、この間抱いた女の話をしてたヤツの首が、吹っ飛んだんだ。

 そいつ、ニヤニヤ笑ったまま、地べたに生首を転がせた。


 何が起きたか分かんなかったよ。


 一瞬後、血液がその首の切断面から噴き出すが。

 その寸前に、そいつの背後に金髪の若い女が居た。


 年齢は多分女子高生くらい。

 制服を着ていたからかもしれない。そう思ったのは。


 黒い、セーラー服。


 一瞬しか見えなかったけど、眼が大きく、唇が薄くて。

 整ってて、可愛い女だった。

 美人だ。


 髪の毛は金髪で、肩のあたりで切り揃えている。


 女は水平に右手を掲げていて。

 その手が光り輝いていた。


 あ、こいつ。

 何故出来たのかは分かんないけど。


 手刀で、人間の首を刎ねたのか。


 それが、理解できてしまった。


 首を刎ねられて、自覚する暇も与えられず人生を終わらされたそいつの身体から、血の噴水が噴き出した。

 同時に、その金髪女子高生の姿が消えた。


「はーい、ヤクザの皆さん」


 そして、俺たちの背後から、若い女の声がする。

 振り向く。


 あの女が居た。


 池の上に架けられた橋の欄干の上に、腕を組んで仁王立ちで立っている。


 すげえ、良い身体をした女だった。

 こんな状況で無ければ、多少強引にでも口説こうとしただろう。


 顔が良い上に、乳がデカイ。

 尻もいいし。

 で、全然太ってるように見えない。

 理想的なエロい体型をしていた。


 そのエロ女は


「今日が竜征会終了日で、この屋敷に今居る奴ら、今日が命日だから」


 ニコッ、と笑って。

 そんなわけのわからないことを口にした。




 傍に居た仲間が、懐からチャカを出して、橋の欄干仁王立ちのエロ女を狙って発砲したら。

 女の姿が消えて、次の瞬間そいつの両手の肘から先が吹っ飛んだ。


 女がそいつのすぐ傍に移動しており、輝く手刀でチャカを構えた両手を切断したからだ。


 返り血を浴びたくないのか、ひょい、と身体を動かして。


「そんなの撃っても当たらないよ~」


 ニコニコ微笑みながら、後ろから刀で斬りかかろうとしている奴の腹を振り向きざまに薙ぎ払う。


 女はそのままそいつに蹴りを入れて、転がした。

 地面で血を吐いてのたうち回るそいつの腹部から、はらわたが覗いていた。


「アタシ、死角無いんだよね。後ろから襲っても無駄だから~」


 しゃがみ込んで、そいつの苦しむ顔に顔を近づけて。

 楽しそうにそう言ったんだ。


 で、女は手を振り上げ。


 次の瞬間、そいつの首が、胴体から離れる。


 次々減って行く兵隊たち。

 反撃するも、全く効果なし。


 刀もチャカも、無意味。

 誤射覚悟でテーザーガン(銃タイプのスタンガン)を撃っても、撃った瞬間姿が消えてそいつの腕が無くなる。


「死角無いって言ったじゃーん。頭悪いのオニーサン?」


 キャハッ☆ってはしゃいだ声が洩れそうな感じで、楽し気に言うその女。


 一方的に殺されていく。


 何故だ!? 


 何故、当たらない!? 

 そもそもこのガキ人間か!? 

 そして何故、警報が作動しない!? 


 この屋敷は金を掛けて、鉄壁のハイテクセキュリティを働かせているはずなのに! 




 そして、今に至る。


 女に恐れをなして逃げ出そうとするやつも現れるが、そういう奴はすぐに首から上が無くなった。

 誰も逃がさない。


「今日が命日だから」


 その言葉に嘘偽りは無いらしい。


 ……何でだ!? 


 何で、こんなことになってるんだ!? 


 ありえないだろ!? 



★★★(佛野徹子ふつのてつこ



 竜征会壊滅。

 久々の大仕事だねぇ。


 竜征会。

 わりと新聞雑誌でも名前を見る、有名な暴力団。


 昔ながらの仁義だとかそういうものとはわりかし無縁で。

 かなり好き勝手やってる連中。


 麻薬、売春、恐喝、詐欺。

 その他色々。


 警察も相当手を焼いてるって話、聞いたことある。


 でもさ。


 悪党でも、越えちゃならない一線って、やっぱあるんだよね。

 やり過ぎたんだよ。

 ホント、馬鹿な奴ら。


 しかし、ちょっと物足りないな~。


 アタシは、ヤーさんたちの腕やら首やらを斬り落としまくりながら、そう、ため息をついた。


 数が多いんで、あまりじっくり殺しを愉しめない。

 殺人鬼としては、不満です。


 手早く殺すことに主眼を置かざるを得ないからね。

 うーん、残念。


 アタシは竜征会の会長屋敷で、その日本庭園風の庭を駆けまわりながら殺しまくってる。

 庭石を飛び越えたり、池の上を疾走したり。

 橋の欄干の上に立ってみせたり。


 それで。


 数で勝るのに、一方的に数を減らしていく連中の表情が、まぁ、面白いかな。

 焦りまくってんの。怖がってんの。笑える~。

 このくらいの愉しみは無いとね。


 銃やら刀やらナイフやら、スタンガンやらでなんとか対抗しようとするけどさ。


 アタシ、エンジェルハィロゥ/ハヌマーンのクロスブリードオーヴァードだから。

 動体視力がすごい上、俯瞰でモノが見れるので、当たらないんだよね。

 死角、無いんで。

 そして、最高速度マッハ5超で動ける。

 色んな意味で死角無し。

 ヤーさんたちに勝ち目無し。


 おっと。


 ヤーさんの一人が、催涙スプレーを持ち出そうとしてますね? 


 さすがにそれは辛いかも。

 そんなの噴射されたら、速さ関係ないしね。


 まぁ、目が見えなくてもしばらくは音だけでもやれそうではあるけどさ。

 耳、良いから。


 でも面倒は面倒だから、排除しとこう。


 アタシはレーザー手刀で、そのヤーさんの手首を、催涙スプレーごと斬り落とした。

 作業的な感覚で。


「あぎゃああああああ!!!」


 血しぶき。


 ……あ、ちょっとかかちゃった。

 避けたかったんだけどなぁ。


 まぁ、顔にかかったら飲んじゃうからヤだけど。

 服くらいならしょうがないよね。

 今、殺しをやってんだし。



★★★(五味山三枝太)



 どんどん仲間が数を減らしていく。

 結末は明らかだった。


 また、目の前で首が飛んだ。

 腕が飛んだ。


「うぐええええええ!!」


「ひぎいいいいいい!!」


 阿鼻叫喚。

 その場に居た竜征会の兵隊たちは、涙を流して怯え、必死の抵抗を試みている。

 無駄なのに。

 それが分かってるけど、やめられないのか。

 逃げても殺される。それが分かってるから。


 ……そして。


 気が付いたら、俺たち数人を残して、皆死ぬか、手足を無くして動けなくなってた。


 地獄絵図だ。

 日本庭園は血にまみれ、死体と重傷を負った男で埋まり。

 聞こえるのは呻き声だけ。


 その中央に、金髪の少女が立ち尽くしている。


 セーラー服の。


 返り血を所々浴び、血に染まったセーラー服の。


 その少女の姿はとても恐ろしく。

 そして、酷く綺麗に見えた。


 怪物だと分かってるのに。


 もう、無理だ。


「……たしけて」


 俺は武器を全部投げ捨てて、土下座した。

 これしかない。


 慈悲に縋るしか……


 俺がそうすると、他の生き残りも俺に倣った。


「……たしけてくだしゃい……」


 ガタガタ震えつつ、必死になって頼んだ。

 聞き入れてもらえないだろうと思いながら。


「……ふーん」


 怪物少女は、そんな俺たちを見て。


「……2名までなら、まぁ、聞き入れてあげてもいいけど」


 そんなことを言ったんだ。


 ……本当に!? 


 俺は顔を上げた。


 怪物少女は、とても優しい笑みを浮かべて。


「ちょっと、これから愉しむから、その間に決めてね」


 そう言った。


 その言葉の意味が浸透してくるのに、ちょっと、時間が要った。

 それの理解速度が、俺の運命を決めたと言っていい。


 怪物少女はそう言うと、恐ろしいことをはじめやがった。


 まだ生きてる重傷の……手足を無くして虫の息になってるやつらを死体の山から引っ張り出して。


 片っ端から、背中に手を突き刺して、背骨を引き抜きはじめたのだ。


 ゴキィ!! ゴキィ!! 


 うげええ!! いやだぁ!! しにたくねええ!! ゆるしてえええ!!! 


 死にかけどもの断末魔。

 背骨が無理矢理引き抜かれる気味の悪い音が、その場に響き渡り、俺たちの前に、引きちぎられた白い背骨の一部が放り出されて溜まっていく。


 そんな残虐行為をやってる怪物少女の表情は……およそ、人の顔じゃ無かった。

 人殺しが心底愉しい。悲鳴を聞くのが嬉しくてたまらない。化け物の表情。

 美少女のはずなのに、恐怖しか感じなかった。


 ……俺もああなるのか……! 


 竦みあがる。

 小便が漏れ始めた。止められなかった。


 そのときだ。

 俺の脳裏に、重要なキーワードが蘇ったんだ


「2名まで」「その間に決めろ」


 ……俺は、降伏するために捨てた拳銃を、再び手に取った……。



★★★(佛野徹子)



 銃声がした。


 おー、始まったね☆


 期待を裏切らないよ!! 

 さすがクソヤクザの三下! 

 アタシは信じていたよ!! 


 生き残りの奴らが、殺し合いをはじめてくれやがりました。

 たった2席の生き残り権を入手するために。


 捨てたはずの刀や銃を持ち出して、仲間同士で殺し合ってる!! 


 そうこなくっちゃ!! 


 瀕死のクソヤクザから背骨を引き抜く手も捗ってしまう。

 あぁ、ゾクゾクする。


 完全燃焼!! 


「いやだぁ……たすけてくれぇ……」


 アタシが開幕したバトルロワイヤルに喜んでいると、これから殺す予定の手足の欠けたクソヤクザが涙と鼻水を垂らしながら命乞いしてきた。


「んー、無理☆」


 言いながら、レーザーを纏わせた手を背中に突き刺し、背骨を握るアタシ。


「あ……あくま……」


 哀れっぽくガタガタ震えながら、最後の言葉を発するクソヤクザ。


 ヤクザのくせに、殺される前の台詞がそれ? 

 笑っちゃうんですけど。


「反社のくせに、悪魔って何よ。笑わせに来てるの?」


 言った後、背骨を引き抜いてやった。ゴキィ! といい音がする。

 ひげっとか言った。マズイ。噴き出しそう。


 そうして、生き残りを殺し尽くした後だった。


「2名……き、決まりました」


 どうやら向こうも終わったらしい。

 2名のクソヤクザさんが、土下座してアタシの前に控えている。

 彼らの背後には、脱落者の死体が転がっている。

 おーおーおー。


 よく頑張ったね。

 人としては最低だけど、期待通りでアタシは嬉しい! 


「優勝おめでとう」


 土下座している二人の頭を、アタシはしゃがみ込んで撫でてあげた。


「……助けてくれるんですよね?」


 卑屈な笑みを浮かべつつ、ヤーさんはアタシを見る。


「ん、アタシはね」


 ヤーさんの言葉に、そうアタシは返す。


 ヤーさんは、アタシの言葉が理解できなかったらしい。

 仕方ないので教えてあげた。


「アタシさー、相方と組んで仕事してて」


 屋敷を指さしながら


「相方、今、あっちで大活躍中」


「アタシは屋敷の外の兵隊の処理を任されてて」


 皆殺しにしてくれって言われたんだよ。


 ここまで言ったら意味は伝わったらしい。


「そんな……約束が違う……!」


 いい大人の男が、泣きっ面になってる。

 ゾクゾクした。

 したけど。


「そんなこと言われても、相方の許可なくそんな決断できないよ」


 ぷう、と膨れて見せてアタシは言う。

 無茶言わないで、っての。


「だからさ」


 ポンポン、と彼らの頭を軽く叩き。


「これから屋敷の中に入るから、ついてきて」


 そう言った。


 ……これで、屋敷の外の兵隊は全滅。

 この仕事に参加している仲間の一人に、さっき確認取ったから間違いない。


 相方に言われてたからね。

 2名ほど、生き残るためなら仲間も殺せるクズ中のクズを選抜して連れてきてくれって。


 ……これでいい? 文人あやと

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