第2話 仕置(2)

★★★(竜山寅吉たつやまとらきち


 ワシの名前は竜山寅吉。

 日本に名を轟かせるヤクザ「竜征会」のトップじゃ。


 ワシは、三下からはじめて、ここまで一代でのしあがってきた。

 無論、苦しいことは散々あった。

 戦後の高度経済成長の時代にワシは生まれたが、ワシの家は貧乏で。

 学も無く、辛い環境だったが。


 世の中を呪うだけで、文句だけ言っている負け犬で終わる気は毛頭なく。


 我武者羅に戦い、手下を集め、勢力を広げ、金を集め、有力者と繋がり。

 そして、警察もおいそれとは手を出せないこの竜征会を作り上げた。


 ここまで来るまでに、オンナに逃げられたり、手下に裏切られたり、殺されかけたりしたことは一度や二度じゃない。

 だがワシは、そのたびに失ったものを代償にするが如く、より大きな男になり、この今がある。


 だが。


 そんなワシの凄まじい人生の中で、この、こんな光景は見たことが無い。

 一体、あれは何なのじゃ!? 


 ……ワシの記念日「竜征の祝杯日」の祝杯の場に、いきなり、ポン刀を片手に引っ提げた高校生ぐらいのオスガキが踏み込んできおった。


 この記念日は、ワシの原点で、重要幹部たちには「出なければ許さぬ」と厳命しておる。

 重要な式典なのよ。


 そこに土足で、会場の畳敷きの大広間に踏み込んできおった。


 身長が高く、やたら目付きの鋭いガキで、学ランを着ていた。


 最初ワシは、幹部の中の誰かの倅と思い「誰のガキだ!? 教育しておらんのか!!」と一喝した。


 そして、顎で「取り押さえろ」と命じて。

 傍に控えていた護衛の一人に向かわせたら。


 ひゅんっ


 刀が風を切る音がし。


 その護衛の首が吹っ飛んだ。

 首を刎ねられた。


 それに気づくのに数瞬を要した。

 不覚だったが、それぐらいありえない、想像していない事態だったのよ。


 ワシの屋敷は一級のセキュリティを導入していて。

 不法侵入者があれば、必ず警報が鳴る。

 それに絶対の信頼を持っていたから。


 こんなことはありえん! 


 こんな、殺し屋がワシの目の前まで踏み込んでくるような事態は! 


「……竜征会の重要幹部、全員死んでもらう。いきなり重要幹部全員が居なくなれば、組織は維持できまい」


 ドカッ、とたった今首を刎ねた護衛の男の身体を蹴飛ばして、返り血が自分にかからないようにすると。


 学ランのオスガキ。

 そいつは、ワシらを広く見つめながら、そう妄想じみたことを口にしおった。

 怒りが沸騰したわ。


 確かに、ここには竜征会の維持には欠かせないレベルの、重要幹部たちが勢揃いしている。

 しかし、ここにはワシらを守る兵隊を合わせて、50人以上の人間が居るんじゃぞ!? 

 出来るわけがない!! 


 オスガキは、笑うでもなく怒るでもなく、淡々とそんな妄言を吐きおった。

 どうやってセキュリティを突破したのか分からんかったが、殺せば問題あるまい。


 ……ブチ殺してやった後、こいつの背景を調べ上げ、こいつの関係者を巻き込んで報復してやる。

 そう、心に決めながら、ワシは命じた。


「とっとと殺せ!!」


 兵隊たちが立ち上がり、懐から拳銃を抜いて構えた。


 そして一斉に発砲する。


 それで、終わるはずだった。


 ……はずだったのだ……。


 何発も乾いた銃声がしたが、オスガキは倒れない。

 というより、被弾していない。


 右手に引っ提げたポン刀を振るっている。


 ……あのオスガキ、ポン刀で銃弾を弾いておるのか!? 


 そんな、絵空事のようなことを、やっているだと!? 


 と、同時に、バタバタと、兵隊たちが倒れていく。


 眉間に、鉄の釘のようなものを生やして。


 見ると、オスガキの左手に、全く同じものが握られている。


 ……あのオスガキ、銃弾を弾きながら、このぶっとい釘みたいなものを投げておるのか!? 


 ……そういえば。


 昔、興味本位で実演を余興として見たことがある。

 これは、手裏剣道で使用する、棒手裏剣というものじゃないのか!? 


 何なんじゃあのオスガキ!? 


 ワシがそうして、眼にしているものを信じられず、混乱しておると。


「会長、あれはオーヴァードですぜ」


 ワシのすぐ隣で控えていた、用心棒がそう言って来た。


 ……オーヴァード!? 


 あれか! ギルドで言っていた、超人のことか!? 


 用心棒……黒いタイツに似たピッチリした戦闘服に身を包んだ筋肉質の男。ワシ専属の護衛。

 以前、ギルドという組織と関わった時に、奨められて雇い入れた、オーヴァードの護衛じゃった。


 名前は「キマイラ」


 本名では無いのじゃろうが、特に興味は無いのでそっちは尋ねておらん。


 金さえ払っておけば信頼できるし、絶大な力を持つ超人護衛。

 そんなものを持つことに魅力を感じ、決断したのじゃが。


 今日ほど、あのときの決断を喜んだ日はなかった。


「あっしが行きます。会長。兵隊たちは下がらせて下さい」


 邪魔なんで、と言い残し、立ち上がる。


 ワシは大声で命じる。


「兵隊ども! キマイラが出る!! 下がれ!!」



★★★(キマイラ)



 さーて。

 竜征会会長に雇われて、何気に最初の仕事だぜ。


 このヤクザ屋さん、デカイのに、今までオーヴァードのヒットマンに狙われたことねぇんだよな。

 ツイてるのかツイてないのか。


 だから、こんだけデカいのに、オーヴァードに襲撃された時の事、経験無いから酷いもんだ。

 次からはちゃんと対策練るんだぜ? 


 ホント良かったな。

 俺を雇っておいて。


 俺はコキコキと指の関節を鳴らしながら、雇い主の竜山寅吉会長を見た。


 会長は、60近い禿頭の老人だが体格はそれなりに良く。

 茶色の和服が良く似合っている。

 絵にかいたようなヤクザの親分さんだ。


 ……さっさと片付けて、俺の有用性をアピールしねぇとな。


 無論、その前にもらえるもん無いか「探る」必要はあるがね。


 俺は、この仕事での対戦相手を値踏みするように見つつ、その前に立つ。


 年齢はまぁ、成人には達していないな。

 ツラはかなりいい。目付きも鋭いし、女にはモテそうだ。

 髪に櫛入ってるし、背も高いしな。スラっとしてるし、余計に。


 シンドロームは何だろうな? 

 まぁ、ノイマンはカタイだろう。脳みそを異常強化するシンドローム。

 ノイマンなしであの異常な技術があったら、オドロキだ。

 あとは……モルフェウスあたりが怪しいな。

 棒手裏剣を出すところ、良く見えなかったからな。

「錬成」してると考えると一瞬で説明がつくし。


 じゃあまぁ、ノイマン/モルフェウスのクロスブリードかね? 

 プラスアルファの、トライブリードの可能性もあるが。


 もしくは……


 まぁいい。

 戦わないと分からない部分はある。


 それに「探れば」理解できる。

 案ずるよりなんとやらだ。


「よぉ、つーわけで、お前さんを殺すことになった。ヨロシク」


 肩を回しつつ、俺は言う。

 言われたガキは、笑うでもなく怒るでもなく。


 無言で、刀を構えた。

 両手だ。中段の構え……正眼って言うんだっけか? ……を構える。


「お前さん、モルフェウスかい?」


 俺は呼びかけるが、反応なし。


 まぁ、いいけどね。

 揺さぶるつもりで言ってるだけだ。答えは聞いてない。


「モルフェウスって「物質創造する」だけだから、ノーマル連中とぶっちゃけあまり大差ねぇよな。錬成するものをあらかじめ用意して持っておけばいいんだからさ」


 これで怒ってくれればめっけもの。

 しかし、反応なし。


 ちっ。


 軽く舌打ちしながら、俺は、自分のエフェクトを解放し……


 拳を燃え上がらせ、腕の筋肉を膨張させ


 そして、腕を伸ばした。


 伸縮腕。


 伸びる腕で、常識外れのリーチで、ヤツに燃えるストレートパンチをお見舞いする。

 ヤツはそれをサイドステップで躱して、躱しざまに俺の腕への斬撃を繰り出すが、俺はそれを腕を横に振ることで躱した。


「……キュマイラ/エグザイル/サラマンダーのトライブリードか……」


 ヤツが、戦いになって初めて俺に口をきいてきた。

 だから俺も答えたよ。


「そゆこと」


 嘘だけど。


 本当のことを言ってやる必要は無いわけだし。


 ……ちょうど都合が良いことに、サイドステップしたヤツは、部屋の照明を背後にして立つ位置に立ってくれていた。


 影が、こっちに伸びている。


 チャンス! 


 何気なく、間合いを詰めるような足取りで、俺はヤツの影を踏む。


 同時に。


 俺の脳裏に、ヤツのレネゲイドの情報が流れ込んでくる。


 ……ほほぅ。


 こいつ、モルフェウスの才能が半端ないな。

 これは「上書き」だ。

 ノイマンも申し分ない。もらっとこう。


 ……あぁ、頭の中がクリアになる。

 これがノイマンの感覚か……。


「……というのは嘘なんだがね」


「探り」が終わったので、俺は絶望を煽るためにネタバラシをしてやった。

 ヤツの表情が動く。

 動揺しているのか? 


 まぁ、その隙に素材を探そう。


 ヤツに注意を払いながら、さっと周囲を見回して、材料になりそうなものを探る。


 ……あれでいいか。


 この場に集まった幹部連中が食っていた懐石料理の、箸が転がっていたので、それを横っ飛びに跳んで拾い、確保。

 と、同時に、錬成。


 瞬時に、俺の手の中に、バカでかい戦斧が出現する。


「……錬成完了。前言撤回。モルフェウス超便利」


 ニヤニヤ笑って、ヤツの絶望を煽ってやる。


 理解できたかな? 俺の本当のシンドロームが何なのか? 

 ヤツは、俺をじっと見つめた後、ポツリとこう言った。


「……ウロボロスか」


 ……へぇ。知ってたか。

 こいつ、結構勉強してるな。


 発症者が少ないから、知らないヤツだっているのに。

 オーヴァードでも。


 ウロボロス。

 影を操り、他のシンドロームをコピーするシンドロームだ。


 俺はそれのピュアブリード。


 俺のコードネーム「キマイラ」は、別にキュマイラシンドロームを持っているからじゃない。

 本来の意味、ギリシア神話の怪物キマイラのように、複数のシンドロームをコピーし、そのエフェクトを自分のものにしているからだ。

 コピーは他のオーヴァードの影を踏むことで完了し、俺はトライブリードの3種を超える数のシンドロームのエフェクトを自分のものにしている。


 ノイマンの反応速度、キュマイラの筋力、サラマンダーの熱操作、そしてモルフェウスの物質創造……。


 俺がたった今こいつからパクった能力で錬成したこの戦斧。

 重さはキュマイラの筋力が無いと扱えないレベルに設定しておいた。

 これで、こいつに勝ち目はねぇ。


「さーて処刑の時間だ」


 戦斧を片手で持ち上げながら、立ち上がり、俺は言った。


「……それはどうかな?」


 だが。

 ヤツは怯えた様子もなく、刀を正眼で構え続ける。

 余裕すらあった。


 ……やせ我慢か? 

 それとも、頭が悪いのか? 

 ノイマンなのに? 


 言ってやる。


「おいおい。分かるだろう? 勝ち目なんて無いってよ」


「……根拠は?」


 平然と答えてくる。

 ……少し、ムカついてきた。


「今の俺、お前の反応速度と、お前の錬成能力持ってんの。その上、お前より比較にならんほど筋力強いわけ。この通り、超重いこの斧も片手で軽々……」


「……だから?」


 言い方。

 馬鹿にされているようだった。


 イラっとした。

 だから。


「死ねえ!!」


 怒りが爆発する前に、解放する感じで、俺はヤツの間合いに飛び込み。

 怒涛の勢いで、戦斧による乱撃を叩き込んだ。


 ヤツは防戦一方。

 まともに俺の攻撃を受けると潰されるから、体捌きと受け流しでしか防御できない。


 俺の連撃の隙間をつき、跳んで間合いを離してヤツは窮地を脱した。


「……これで分かったろうがよ?」


 言ってやった。

 ちなみに俺は全く息など上がっていない。

 まだまだ余裕がある。


 どうだ。絶望だろう? 


 なのに。


「……お前がコピーしたのは、僕のエフェクトだけだ」


「それで充分だろうが」


 訳の分からないことを言い出した。


「……剣術はエフェクトじゃない」


「は?」


 負け惜しみにしても程がある。


 確かに。


 俺は他のオーヴァードのエフェクトはコピーできても、そいつの経験まではコピーできない。

 でも、それが何なのだ? 


 俺にだって戦闘技術はあるわけだ。

 エフェクトの強大さから考えれば、そこの差なんて微々たるもの。


 意味なんてあるかよ!! 


「負け惜しみ言ってんじゃねぇよ!! カビの生えた剣術に何の意味があるってんだ!!」


「……やれやれ」


 フゥ、とヤツは息を吐き。


「何も知らないんだな」


 そう言って。


 ヤツは左手で刀の鞘を錬成した。


 そして……そこに、右手の刀を納める。


 そして……刀を納めた鞘を左の腰に構え……所謂、居合腰の姿勢をとった。


 プッ。


 居合かよ。


 良く知らねえけど、初撃の斬撃さえ躱せばいいんだろ? 


 居合、美化されてるみたいだけどさぁ。

 頭の悪い昔のやつらがアホな頭で考えたもんなんて、大したことねぇよ。


 オーヴァード相手にそんなもん通用しねえ。


 斬撃だから、下段、側面の攻撃と、上段への攻撃に気を配ればいいさね。

 技の性質上、突きだけは来ない。


 楽勝だ。


 抜くときの刀の向きさえ見落とさなきゃ、何が来るのか丸わかり。

 笑わすな。


「そのチャンバラが俺に通用すればいいんだけどなぁ?」


 のしのしと、無造作に近づく。


 鞘の向きに注意しながら。


 そして俺がヤツの間合いに入った時。


 ヤツが動いた。


 ヤツは……


 抜かなかった。


 抜かずに、踏み込んで、両手で握った鞘付きの刀の柄……を俺の胸めがけて突き出してくる。


 知ってる。聞いたことあるぞ! 

 柄当てってやつだな!? 


 でも、そんなもん、素手で受ければしまいじゃねえか! 

 俺は片手でも斧を扱えんだぜ!? 


 柄頭を片手で押さえ込んで技を止め、その上でお前の頭を斧で砕いてやらあ!! 


 死ねっ!!! 


「もらったああああ!!」


 俺は左手で柄頭を止め、右手の斧を振り上げた。


 ……振り上げた。


 つもりだったが。


「……え?」


 俺の左手の甲から白い刃が生えていて。


 それがそのまま、俺の心臓を貫いていた。



★★★(下村文人しもむらあやと



 居合腰だから、必ず斬撃を出すという保証は無いし。

 柄当てだから、必ず素手で止められるという保証も無いな。


「……アンタみたいな、自分は頭が良いと妙な勘違いしている馬鹿が一番倒しやすい」


 心臓を貫かれ、口を痙攣させながら急速に死に向かっているキマイラとかいう男に言ってやった。

 僕は柄当てを繰り出した瞬間、柄頭に刃を錬成し、突きに合わせる形で「伸ばした」


 本来、居合では突きを出せない。

 抜いて、そのまま斬撃に繋げる。

 そういう技の性質上、突くためには一度抜く必要があるからだ。


 それでは「抜くことが斬撃の一動作」という居合のメリットが失われてしまう。


 けれど。

 モルフェウスのエフェクトを組み合わせると、居合に突きを加えることができる。


 そういう発想が大事なんだよ。


 モルフェウスに慣れ親しみ、先人の知恵と今の知恵を組み合わせる研究を常日頃行っている僕の能力を、エフェクトを真似た程度でモノにできると思わないでくれ。


 僕は男の手から斧が落ち、その目が死んだのを見て、身体を蹴り飛ばした。

 同時に、刀を再錬成して水に変える。


 抜くの面倒だからな。


 どう、と仰向けに倒れた。動かない。死んでいる。


 よし。


 代わりの刀は、空気から錬成。

 バチっという音と共に、僕の手に刀が握られる。


 空気で錬成すると、持続時間の制限があるから不安だが、急場を凌ぐだけならこれで十分だろう。


 パンッ。


 早速銃声が響いたが、当然僕に向かってきたその銃弾は刀で打ち落とす。

 返礼で棒手裏剣を投げ放ち、死んでもらう。


 キマイラが負けたのを見て、いち早く思考を切り替えた兵隊の一人が、それで眉間に棒手裏剣を生やして死ぬ。


「……ぼっちゃん」


 そんな僕の足元に、人の顔が現れた。


 徹子の他の、もう一人のセルの仲間。

 通称「おじさん」


 彼はセルのメッセンジャーで、エグザイルのピュアブリード。

 今回の仕事に関しては大仕事なので、彼にも手伝ってもらっている。


 この屋敷に融合してもらって、セキュリティ、通信設備、その他使用されると厄介な屋敷の機能を残らず「使用不能」にしてもらっているのだ。

 畳に浮かび上がったおじさんは、僕に告げた。


「お嬢ちゃん、参りやすぜ?」


「……分かった。ご苦労さん」


 僕が礼を言うと、おじさんの顔は畳の中に消えていった。


 徹子が来る。

 ということは、徹子のやつ、外の兵隊全滅させたのか。


 ……仕事のために、2名ほど選抜してくれって頼んだけど。

 調子に乗って皆殺しにしてないかな? 


 それがちょっと、不安だった。


 あいつ、テンションあがると調子に乗ることあるしなぁ。


 しかし。


「あやと~!! 外終わったよ~!!」


 広間に元気な声で入室してきた僕の相棒……セーラー服美少女・佛野徹子の背後には。

 卑屈な笑みを浮かべた男2名が、生首を抱えつつ付き従っていたので。


 相棒が僕のお願いを忘れてなかったことが分かった。


 ありがとう。徹子。

 助かるよ。

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