第14話 そんな資格あるの?

★★★(下村文人)



 ジャームになった僕らの学校の女生徒。


 見覚えがあったよ。


 千田さんの友達か。


『まあ、千田さんの友人やってるから、そこ繋がりで関わるかもだから、名前くらい覚えておいてよ』


 道本さん。


 彼女は、あのときと変わりがなかった。

 廊下で千田さんの友達として会ったあのときと。


 残酷なほどに。

 表情、雰囲気、そのまんまだ。

 とても、彼女がすでに人間ではなくなっているとは信じられない。


 ……因果だな。


 こういうときに、日頃の行いってやつが出るのかね。


「道本さん、覚えてるかな?」


 ……我ながら、未練なのか、罪悪感なのか。

 意味のないことをしてしまう。


「……えっと、誰?」


 小首を傾げる彼女。


「下村」


 仮面のまま、名乗った。

 すると。


「……ああ、下村君」


 彼女はニコリ、と微笑む。


 微笑んで、咎めるような顔になる彼女。


「……学校、どうしたの?」


「見ての通り、サボリ中」


「……下村君、真面目っていう話。嘘だったの?」


 そう言って、彼女は顔を顰める。

 呆れた、っていうみたいに。


 ……まともな会話ではない。

 傍に、凍結死体を転がした環境で、女の子がする会話ではない。


 凍結死体……シンドロームはサラマンダー……その冷却系か。

 あと、彼女の傍に居る不自然に笑っている中年男女……男の方は見覚えがある。

 道本さんの父親……状況的に「従者」と考えるのが自然。女の方はおそらく彼女の母親を模しているに違いない。

 だとすると、ブラム=ストーカーも発症している。

 ならばシンドロームはサラマンダー/ブラム=ストーカーのクロスブリード。

 もしくはその2つを有したトライブリード……。


 そして、従者が彼女の両親の姿である以上、おそらく彼女の両親はもうこの世には居まい。

 そうでなければ、従者の姿をわざわざ自分の両親の姿に設定したりはしないはず。


 ……あぁ、取り返しが、もうつかないんだなぁ。


 どんどん、どんどんそれが浸透してくる。


「制服も着ないで……もしかして下村君、隠れ不良?」


「だね」


 彼女は変わりない。

 学校で、校舎の中で、休み時間中にする会話のように、僕と話す。


 この場に全くそぐわない会話を。


 ……このぐらいに、しようか。


 道本さん。


 アンタに関しては、地獄に行ったときにもし出会うようなことがあれば、僕が閻魔様に抗議してやるよ。

 それぐらいは、するべきだよな。

 何なら罪の肩代わりくらいはしてあげるからさ。


 だから……ごめんな。


 僕は空気から日本刀を一振り錬成し、それを正眼に構えた。


 すると。


 道本さんは驚いて。

 一瞬後、氷のように冷たい目になる。


「……そういうこと?下村君も敵なんだ?……千田さんの友達だから、信用しても良いのかなって思ってたけど、違うんだね?」


「申し訳ない」


 これは本心だ。

 嘘じゃない。


 申し訳ないが、ここで死んでくれ。

 このまんまじゃアンタ、きっと千田さんを殺すことになる。

 このまんま、アンタが学校に行ってしまったら。


 ……言っても伝わらないんだろうけどね。もうすでに。

 だから、残りの部分については口にしなかった。


「パパ、ママ。彼も敵だから。行って」


 多分隣の金髪の女の子も敵。

 だって、彼の仲間みたいだもん。


 やっちゃって。


 彼女はそう続けて。


 2体の従者がそれに反応した。

 従者の手が、ナタのようなものに変化する。


 そして突っ込んできた。


 父親従者が僕に。母親従者は徹子に。




★★★(道本徳美)



 真面目そうに思えたのに。

 隠れ不良で、私たち家族を攻撃しようとするなんて。

 とんでもない人。

 私は憤慨していた。


 千田さん、見る目無いよ!


 学校に着いたら教えてあげないと!

 目を覚ましなよ!って。


 彼、憧れるべきような男の子じゃないから!

 だって悪人だもん!


 悪い奴はどんどん排除しなきゃね。

 隣の子も金髪だし、不良仲間でしょ。

 一緒に死んでもらうべき。


 どうせ生きてても悪いことしかしないんだし。


 パパとママにお願いして、退治してもらおうとする。

 だけど、ちょっと予想と外れてて。


 驚いちゃった。


 下村君はパパの斬撃を、刀で受け流し、切り返して。

 普通に戦闘してる。

 その動き方、私、ホンモノの剣術なんて見たこと無かったけど。

 私にでも分かるくらい、様になってた。

 あの刀、伊達じゃないんだ……!


 女の子の方も。


 ママの斬撃を小さく動くだけで綺麗に躱し、逃れている。

 その様子、狩られる獲物の動きじゃない。


 あの子も、戦い慣れている……!


 何なんだろう?あの二人。


 女の子の方、何故か反撃してこないけど、多分その気になればママを倒せるんじゃないか?

 パパもかなり危なそう。下村君の反撃、キツイみたいだし……


 パパとママ。

 その気になれば再復活は出来るけどさ。


 両親がまた死ぬの、嫌だしね。


 よし。


 もうひと手間、かけるところだよね。ここは。


 パパとママの戦闘位置から、目測で10メートル圏内に入れるポイントは……あのあたりか。

 都合の良いことに、そのすぐ傍で猫が寝ていた。

 良い目印。


 よし。


 パパとママが足止めしている隙に、あのポイントに移動して「氷結結界」を発動させるんだ!

 そうすれば二人の敵が同時に凍って、私たち家族の大勝利!


 冴えてる!完璧じゃん!


 善は急げだから。

 私は駆け出す。


 あの猫の傍に行って、氷結結界を発動させれば、私たちは勝てる!



★★★(下村文人)



 僕は従者と戦いながら、道本さんの動きを注視していた。


 2体の従者の本体である彼女からも、何か援護射撃がある可能性は十分にある。

 従者だけに意識を集中するわけにはいかない。当然だけど。


 だから、彼女が駆け出して来た時。


「来た!」と思った。


 だけど。


 彼女の動きが変だった。


 こちらに何かを射撃する遠距離のRC攻撃を発動させるわけでもなく。

 走り出したんだ。


 僕の方にも、徹子の方にも向かわずに。

 ただ、距離だけ詰めてくる感じ。


 氷の武器でも作成して、加勢してくる風では無い。


 ……ここで、猛烈な危険信号が脳内で鳴り出した。


 距離だけ詰めて来て、どちらにも向き合わない。

 ……それは、射程距離の問題か?


 攻撃する様子が無い。

 そう見えないだけでは?


 今、彼女は大きく足を振り上げている。

 踏み鳴らす?何のため?


 ここで、さっき彼女の足元で転がっていた氷結死体のイメージが結びついてきた。


 直感だった。


 だから、叫んだ。


「相棒!今すぐ右斜め後ろに思い切り跳べ!」


 僕自身も、彼女から1センチでも遠くに離れるために、地を蹴りながら。


 そして彼女は地面を振り上げた足で踏み鳴らす。

 と同時に。


 何かが発動したのを感じ。


 後ろに跳んだ僕が、着地して目にしたものに。

 戦慄する。


 彼女の傍の猫が凍り付いていて。


 さっきまで僕が従者と戦っていた地点に生えていた雑草。

 それも、凍り付いていた。


 彼女の周囲で、氷漬けになっていないのは彼女の従者のみだった。


 ……射程圏内にある生物を、自分の従者を除いて無差別に氷漬けにする範囲RC攻撃エフェクト……!


 助かったのはきっと射程ギリギリで彼女がエフェクトを発動させたからだ。


 彼女にもう少し距離を詰めるという危険を冒す勇気があれば、やられていた。


 正直、ゾッとした。


 ……徹子は!?


 僕は素早く確認する。


 ……生きていた。

 靴は、片方無くなっていたけど。


 ホッとした。


 徹子は、真っ青になっていた。

 それが、仮面の上からでも分かった。



★★★(佛野徹子)



 スーツ姿の中年女性の姿をした従者が、両手をナタに変化させて斬りかかってくる。

 道本さんによく似た中年女性……多分、道本さんのお母さんなんだね。


 ……自分の従者を親の姿にするなんて。

 そこから想像できることは2つある。


 ひとつは、道本さんが親が大好きだってことと。


 あとひとつは、オリジナルの親御さんは多分亡くなってるんだろうな、ってこと。


 常識的に、ご両親が存命なら、こんな従者作らないよね。


 ……そうなった原因は、間違いなくアタシたち。


 そう思うと、アタシは反撃することが躊躇われた。

 レーザー手刀を発動させて、斬撃の隙を突いて反撃をすることが出来なかった。


 躱すのみだ。


 ……道本さんをジャームにしておいて。

 道本さんを討伐するなんて。


 こんな、自分の親が大好きな道本さんを。


 ……アタシにはどうしても、躊躇われた。


 だって、アタシは自分の母親を心の底から憎んでいるから。

 アイツは一度は愛を誓ったはずの父さんを裏切り、他の男に走ったばかりか、家族というものを全て自分の欲のために利用した。

 獣だった。人じゃない。


 だから、オーヴァードに目覚めたとき、最初に不倫相手の男と一緒にアイツを、あの牝豚を念入りになぶり殺しにしてやったんだ。

 そんなアタシが、アタシと正反対の母親を持つ道本さんを怪物にして、殺すなんて。


 ……そんなの、どうしても許されない気がする。

 変だよね。これまで、数えきれないくらい人を殺してきてるのにさ。

 許される、許されないって意味が分からないよ。


 何なの?何なのアタシ?


 普段は「正体バレしたら自分で始末をつけなさいよ」って、相方をからかってるのに。

 いざ自分が似た事態に直面したら、全然じゃん。


 ……口ばっかりか。アタシ!?


 そんなときだ。


「相棒!今すぐ右斜め後ろに思い切り跳べ!」


 ……余計なことを考えていたせいで、一瞬反応が遅れた。

 右足で踏み切ろうとした。


 だけど。


 ……右足が地面に張り付いている!


 動かない!!靴底が固定されている!!


 まずい!!


 予感として、このままでは死んでしまう。

 直感だったけど、そう思ったんだ。


 そこからは、本能で動いていた。


 宙に浮いている左足。これを地面に置くことは許されない。

 それをしたら、詰む。


 それを直感で理解した。


 目の前にアタシと戦っている道本さんの母親従者が居る。

 彼女は、左手の斬撃を袈裟で繰り出して、大きく態勢を崩していた。

 踏み込んだ左足が突き出されている。

 膝が曲がり、体重が乗った形で。


 ……アタシは、その太腿を踏み抜くように蹴り込んで、跳んだ。


 ズボッ、と右足の革靴が脱げた。

 紐靴で無くて良かった。

 紐だったら本当にアウトだったよ。


 跳んで、着地する。


 ……危なかった。


 見ると、脱げた右の革靴が、凍ってる……!


 背筋が凍った。


 あのままだったら、アタシ、きっと全身凍って死んでいた。

 それを、理解してしまった。


 ……道本さん。

 彼女、とんでもないオーヴァードだ。


 これは気を抜いてかかれる相手じゃない……!



★★★(道本徳美)



 あー!もー!!


 何で気づくの下村君!?


 学年10位の成績は伊達じゃないってことなの!?

 まさか氷結結界を見抜くなんて!!


 所謂初見殺しってやつだと思ったから、射程圏内ギリギリで発動させてもイケると思ったのに!!


 むかつくんだけど!?


 金髪の女の子の方もやれてないし!

 一瞬、やれたかと思ったのに、急に動きが早くなって右の革靴だけを残して脱出しちゃうし!!


 成果ゼロって!

 こんなの想定して無いよ!!


 私は地団太を踏んで悔しがっていた。


「悔しいいいいいいい!!」



★★★(下村文人)



「悔しいいい!!」


 彼女は悔しがっていた。

 年相応の少女のように。

 足を踏み鳴らしている。


 ……まぁ、その内容が「僕らを殺せなかった」だから。

 戦慄すべきものなんだけどな。


 彼女が悔しがっている間に、僕は目算を開始した。

 さっきの範囲攻撃の有効射程とその条件を。


 ……今、彼女がいる場所と、あの凍った雑草との距離……


 およそ、10メートル。


 多分、半径10メートルくらい。それで間違いないだろう。

 ここからさらに伸ばせるというのは考えにくい。


 伸ばせるのであれば、多分僕らは生きてない。


 加えて。


 従者を使ってこのエフェクトを発動することは、まだ出来ないようだ。


 もし出来るのであれば、やっぱり僕らは今頃生きてない。


 それぐらいか。

 確かなところは。


 発動方法は「地面を踏み鳴らす」かもしれないけれど、これだけとは限らないしな。

 ここを限定するのは危険だ。


 僕は声を張り上げて、相棒に伝える。


「相棒!道本さん本体の半径10メートル圏内の地面には絶対に立つな!それが有効射程だ!」



★★★(佛野徹子)



 10メートル……!


 アタシは相方に、道本さんの即死系範囲攻撃の有効射程を聞かされ、絶句してしまう。


 まずい……!


 アタシ、全力移動での跳躍なら10メートル超は狙えると思うけど、攻撃を組み入れるのはその場合は出来ない。

 跳躍して、そこから一撃を加えるつもりであれば、5メートル程度が限界だ。


 つまり、距離が全然足りない……


 ということは、アタシには道本さんを攻撃する手段が無い……!


 まずい。これはまずい……!


 最悪の想像が頭を過る。


 彼に、文人に、従者が2体とも向かっていき、彼がその対処で足を止められ、その隙に全力で移動した道本さんが、絶対回避不能の距離であの範囲攻撃を発動。

 それをされると、詰んでしまう。


 ……どうしよう?


 動揺したが、それを知られるわけにはいかない。

 必死で、平静に努めた。



★★★(道本徳美)



 ……下村君が、厄介だね。

 彼がこの二人のブレーンになってるようだし。

 こうも、私の技の内容を見抜くなんて、厄介な人だ。


 ……戦略をさ、変えないと。


 私は二人を同時に殺すという方針を変えることにした。


 まずは、下村君から殺ろう。

 それから、あの金髪の子だ。


 金髪の子は未知数だけど、今、明らかに厄介な下村君が死ねば、なんとかなる気がする。


「ママ!その子後回しで、パパに加勢して!」


 ママにお願いした。

 パパ、劣勢だもんね。

 このまんまだと、多分やられちゃう。


 あの金髪の女の子、理由はわかんないけど、まともに戦ってないし。

 だったら、あそこに戦力を割くべきじゃない。

 下村君に回すべき。


 私のお願いに、ママが跳躍して距離を離し、そのまま下村君の方に向かっていく。

 夫婦で下村君を足止めしてね。


 絶対に躱せない距離まで近づいて、私が仕留めるからさ。


 いくら下村君の剣技がすごくても、パパママ二人がかりだと足止めはできるはず。

 多分、この戦略で、イケる。


 ……そのときだった。


 聞こえてきた言葉。

 金髪の女の子が、発してきた言葉。


「道本さんごめんなさい!」


「アナタのおじいさんを殺してしまったのは、アタシだから!!」


 ……私の思考が、停止した。

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