第13話 想定していたはずなのに
★★★(佛野徹子)
その日、二時限目の英語の授業中に、現代文の先生が教室にやってきて「佛野は居るか?」って聞いてきた。
「はい。なんですか?」
ノートを取っていた手を止めて。
手を上げて、それに応えると。
「佛野に親戚筋から電話掛かってるぞ」
先生の言葉。
……それで、意味が分かってしまった。
FHセルの方からの、指令だ。
その、呼び出し。
アタシに親戚から連絡なんて入るはず無いから。
だって、居ないんだもの。そういう存在。この世には。
「分かりました。向かいます。職員室に行けばいいですか?」
アタシは席を立った。
出ないわけにはいかない。これが仕事だもん。
廊下に出ると。
先生の後ろに、文人がついていた。
目で「よぉ」って感じで言ってくる。
ほら、やっぱり。
親戚からの連絡がまずありえない上、文人まで呼ばれてる。
まず間違いなく、セルからの指令だ。
「行くぞ」
ドアを閉めて、先生はそう一言声を掛けて、歩き出す。
アタシたちは「はい」と答えて付き従った。
歩きながら、先生は控えめの声で言った。
「……しかし、少し驚いた。下村と佛野、親戚筋だったんだなぁ」
「ええ、実はそうなんです」
「色々複雑な事情がありまして……」
苦笑、という風に先生に大嘘を返答するアタシたち。
多分、あれだろうね。
学校の電話回線、一つしかないし。
同時にアタシらを呼び出すには、そういう嘘設定にするしかないかと。
そう思ったのかな?
これ、セルリーダー「先生」のアイディアだろうか?
ちょっと想像すると、面白かったけど。
まぁ、学校終わるのが待てないレベルの緊急指令なんだろうし。
気は引き締めないとね。
「要らない憶測を呼ぶと嫌なんで、この事はナイショでお願いします」
文人はそう、現代文の先生に釘を刺した。
「ああ、分かってる。先生は大人だ。生徒の個人情報を吹聴するような真似はせんよ」
そう、笑って答えてくれる。
信用していいよね。多分。
この現代文の先生、堅物で真面目だし。
職員室に着いて。
文人が電話に出た。
保留で保持されてたみたい。
……使い捨ての番号を使用して、それで折り返しじゃないんだ?って思ったけど。
多分、何か問題あるんだろうね。
あっちからこっちに掛けられても、こっちからあっちは無理だとか?
その辺ちょっと詳しくないから、分かんないなぁ。
後で聞いてみようか。文人に。
覚えていたら、だけど。
文人は電話に出て「もしもし」と言った後、頷きながら話を聞いている風で。
最後に
「言いたいことは分かったけど、無茶言わないでくれ。僕も徹子もそんな暇無いから」
そう言い放って、電話を一方的に切ってしまった。
「失礼しました」
先生方に頭を下げる文人。
最後の電話の切り方で、見守っていてくれていた先生方が心配そうな顔でこっちを見て来たので。
「下村、えらい一方的に切ってたが、大丈夫なのか?」
「いいんですよ。一族のしきたりだとかなんとか、たまに常識外れるんです。僕と徹子の一族は」
先生方の気遣いに。
文人は苦々しくそう言い放つ。
そして、辛そうにこう言った。
「……恥ずかしいんで口外はNGでお願いします」
「当たり前だ」
見損なうな、という風に答える先生方。
「でも、これからも同じような事があるかもしれません。門前払いするとややこしい一族なんで、すみませんけど今後も似たようなことがあったら今回みたいに繋いでください。お願いします」
再び深々と頭を下げる。
アタシも倣っておく。
今、アタシと文人は親戚設定で、二人の一族の問題のお願いしてるわけだしね。
「お願いします」
アタシら二人に頭を下げられ、戸惑っている。
オロついているのがちょっと申し訳ない。
「分かった。分かったから!もう良いから!」
慌てる先生方。
……ちょっと、いや、結構、申し訳ないなぁ。
そして。
職員室を後にしたんだけど。
教室まで送ろうとする先生に、アタシらはそれを固辞する。
文人が「ウチの問題でお手数を掛けていただいたのにそこまでしていただくわけにはいかないです」と言って。
まぁ、先生が教室までついていくのは生徒が勝手にどっか行かないように、って意味合いもあるんだと思うんだけど。
その辺は、文人は最高だからね。
先生方の信頼、半端ない。
そういう生き方してるわけだし。
だから「下村になら任せても問題無いだろ」と、認めてもらえた。
で。
ガッツリ裏切って。
今、二人で校舎裏。
コソコソ手早く移動しながら、文人は「符丁混じりの嘘話で、校舎裏に来いだとさ」って。
「どんな嘘話だったの?」
一応聞いておく。
後で話を合わせないといけないかもしれないし。
「僕とお前で今から学校を休んで蛙狩神事」
……何故諏訪のお祭り……?
まあ、そのくらい突飛な方が、変な一族感出ていいのかな?
「校舎裏のような、じめじめしたところに蛙が居ないか探せってさ」
……なるほど。
わりとストレートな符丁だね。
指示通りに校舎裏。
この時間、当然だけど誰も居ない。
茂みの奥。
さらに人目に付かない場所に踏み込むと。
声がした。
「ぼっちゃん、お嬢ちゃん」
小さい声。
そこには、人語を話すヒキガエルが一匹。
おじさんだ。この間は大活躍でした。
擬態の仮面で化けてるんだね。
ご苦労様。
色々労いたいところだけど、今は多分緊急事態。
即、切り出した。
「おじさん、用件は?」
アタシはしゃがみ込んで、ヒキガエルに化けているセルメンバーに話しかける。
グチャグチャ言ってる時間、無いんでしょ?
そうすると。
「詳しくはセルリーダーに伺ってくれやすか?ここでは人目が気になりやすし」
そうおじさんが言い放つと同時。
おじさんの頭の上に、空間の歪みが出現する。
そして穴が開いた。
穴の向こうには、暗い空間。
おそらくは、アタシたちが所属するFHセル「闇の虎」の本部に繋がっている。
ディメンジョンゲート。
「知っている場所とを繋ぐワープゲートを作成する」バロールのエフェクトだ。
ウチのセルリーダー「先生」が作ったんだ。
どうやってタイミングを計ったのかは分からないけど。
気にしている時間が無いので、アタシと文人はそこに飛び込んだ。
ディメンジョンゲートによる空間跳躍。
その穴に飛び込む寸前に。
視界の端で、ヒキガエルに化けていたおじさんが、2体に分裂し、膨れ上がりながらそれぞれ別の姿に変わっていくことを目撃した。
多分、アタシたちの身代わりをしてくれるんだろう。
いきなり居なくなるわけにはいかないもんね。
よろしくお願いします。
『ジャームが出現した。ジャームになったのはお前たちの学校の女生徒だ』
闇の虎セル本部の空間。
通称「教室」
いつもなら、ここで仕事の内容と、報酬の額、マトの情報を伝えられ、準備を整えた後にそのまま転送されて仕事に掛かるんだけど。
今日はいつもと違っていて。
いきなり、着くなり、セルリーダー「先生」にそう言われてしまった。
「ご苦労」だとか「よく来てくれた」とか。
そういう労いの言葉も無い。
よほど、緊急事態なのか。
『ジャームは白昼堂々遭遇した一般人を殺戮しながら、お前たちの学校に向かっている。このままでは、大変なことになる』
アタシたちの返事も待たず、用件だけ喋り続ける黒い靄……。
人の顔の形をした靄……それがセルリーダー「先生」の姿。
この人(?)はレネゲイドビーイングで、元々は「代償と引き換えに、法の目を逃れた憎い相手を殺してくれる、地獄からやってくる魔物」って都市伝説から生まれた存在らしい。
文人曰く「レネゲイドビーイングは、その行動原理に生まれが多大な影響を与える」らしく。
そのせいで、復讐の代行を専門に受け付け、しかもその内容をえり好みするという頭のおかしいセルを作ってしまい、その上そのセルリーダーをやってるみたい。
その恩恵に与ってる、アタシらが言うのもなんだけどさ。
……まぁ、今はそんな話をしてる場合じゃないよね。
「先生」が今語った内容。
確かに緊急事態だ。
そんなの、放っておくわけにはいかない。
ジャームというものは、オーヴァードのなれの果て。
理性を無くし、常識が歪み、正常な意思の疎通が取れなくなった怪物の事だ。
アタシたちオーヴァードは、いつもこのジャームになり果てる危険性を抱えている。
現状の研究成果で、まだジャームを治療する方法は見つかっていないらしく、ジャームは基本、殺処分することが常識。
だって戻せないから。放っておけば、犠牲者が増えるだけだから。
……アタシらの組織では、FH的に都合がいいレベルで歪みがとどまっている場合は、組織の構成員に迎え入れるケースもあるとか聞いてるけど。
今回のジャームはそうじゃないんだろうね。
害にしかならないから、アタシらの潜伏先であるH高校に攻め込まれる前に……
「分かりました。そのジャームを討伐するんですね」
文人。先に言われてしまった。
『そうだ。話が早くて助かる』
幸いと言っていいのか。
まだUGNは出動できていない。
UGNが出張ってくると話がややこしくなる。
素早く討伐しろ!
頼んだぞ!!
「先生」は、一息にそう捲くし立てた。
アタシらは頷き、最低限の戦闘準備。
まず服装を文人の錬成で、ブレザーからセーラー服と学ランに変え。
同じく錬成で、上流階級の仮面舞踏会にでも着けて行きそうな、目元を隠す黒い仮面を作成し、装着した。
……こうしておかないと、戦闘中にUGNに駆け付けられたときに身の破滅になるからね。
これはしとかないと。時間無いけど。
準備を整えたアタシらに合わせるように。
「先生」がディメンジョンゲートを使用して、空間に穴を開ける。
穴の向こうには、住宅街が見える。
人気は無い。
未成年は学校。
大人は仕事。もしくは家に引っ込んでる。
そういう状況だからだろうか?
不幸中の幸いだ。
……この向こうに、ジャームが居る。
しかも、そのジャームはアタシらの学校の女生徒らしい。
……知っている子だったら、どうしよう。
そういう不安があった。
無論、それでも殺さなきゃいけないんだけど。
もう、ジャームになったら元に戻らないんだし。
……でも。
仕事以外で、憎悪以外で、人を殺したことは、アタシは、無い。
……やれるんだろうか?
もし、知ってる子が、ジャームになってしまったんだとしたら。
例えば千田さんが……。
想像したくないし、例えにでも出されたくない事だけど。
アタシは頭を振る。
駄目だ。これは決定事項!
相手が誰であろうと、討伐を命じられたジャームなんだから、殺さないと!
それに、そういう想定は、ずっとしてたハズじゃんか!
例えば正体がバレちゃったら、生活を守るために、憎くなくてもその相手を殺す覚悟はずっと固めていたはずだし!
それが殺し屋ってものじゃないの!?
甘えた根性を叩き伏せるように、意を決して次元の穴を潜り。
アタシはジャームが殺戮を繰り広げているという現場に飛び出した。
そして着地と同時にワーディングを展開する。
……こうして一般人を無力化し、ほんの少しでも他人の目を封じておかないと、思う存分戦えない。
アスファルトの道路の上に立ち。
アタシは標的に向き直る。
標的は……
アタシの学校の制服のブレザーに身を包んだ女生徒。
ニコニコ笑顔のスーツ姿の中年の男女を従えて、驚愕の表情でこちらを見ていた。
オーヴァード以外を無力化するこのワーディング空間で、普通にしている。
それはつまり、この女生徒がオーヴァードである証で、状況的に標的のジャームであることの、疑いない証拠。
彼女がジャームなのは、道路に転がった、氷漬けになって砕け散った男の死体でも明らかだ。
多分踏み込む前に彼女が殺したんだろう。それ以外考えにくいし。
死体があって、この場に居るのが彼女たちだけ。
しかも制服。
疑いようが無い。
疑いようが無いんだよね……。
長い三つ編みの髪。
そばかすのある、可愛らしい顔。
知的な印象を受ける、四角い眼鏡。
普通の体型、身長。
……ああ、見覚えのある子だ。
最悪だよ……
ジャームは……道本さんだったんだよ。
アタシは、はじめて標的を前にして……足が震えるのを感じてしまった。
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