第12話 道本さんが学校を休んでいるから

★★★(千田律)



 道本さんについて、良くない噂が立っている。

 彼女の親類に、極悪人がいるらしいって。


 曰く、日常的に殺人に手を染めているような奴だとか。


 曰く、平気で人を薬物中毒に仕立て上げ、廃人にしても平気な奴だとか。


 曰く、他人の家族の全財産を奪い取って、何人も無理心中に追い込んでる悪魔だとか。


 そんな噂が飛び交っている。


 ……本当だろうか?


 それは気になったけど。

 でも、それ、道本さん本人とは関係ないじゃない。


 本当だったとしても、道本さんは真面目な子だし。

 そんな極悪人はあくまで親類なだけで、彼女とは何の関わりも無いはずだ。


 だって、そんな極悪人に関わって育って、あの道本さんが出来るはず無いじゃん。

 道本さん、教養がある、フツーの子だよ?


 でも。

 道本さんは、苦しいだろうな。

 それは想像できた。


 自分の親類が極悪人だなんて、受け入れがたい話に違いない。

 だから私は、気にはなったけど、確認はしないつもりだった。

 聞こえてないフリをするつもりでいた。


 けれど。


 その噂が聞こえるようになってから、道本さん、私が来ると急に忙しくなったり、トイレに行ったりする。


 ……避けられている。


 それぐらい、私にも分かる。

 どうしてだろう?


 ……私が、道本さんに悪口でも言うと思ってるのかな?


 そりゃさ、佛野さんの件では、私は噂を鵜呑みにして、佛野さんが男の子をとっかえひっかえして遊び回ってる子だと、淫乱な女の子だと思ってたけどさ。

 それに関しては反省するけど、同じ間違いは、しないつもりだよ?


 それに、佛野さんの件では、私、恋の問題で彼女に反感持ってたから、フラットだったかと言われるとそうじゃないし。

 元々親しい間柄だった子を、噂一つで手のひら返しするような人間だとは……思ってほしくないんだけど。


 傷つくんだけど。


 そのあたりの話、道本さんを捕まえられたらしてあげたかった。


 私の不満を伝えると同時に、彼女を元気づけられるだろうし。


 そんなことを考えながら、学校生活を続けている。


 ……今日は、道本さんと接触できるかな?


 そう考えながら、その日、一限目の準備をしていると、後ろの方の席で、女子がひそひそと会話している内容が、聞こえてしまった。


「C組の道本さん……」


「親が死んだから、今日休んでるって」


「え、マジ?」


「自殺かも」


 ……え?


 手が止まった。


 C組に確認に行きたかったけど、時間が迫っていた。

 もうすぐホームルームが始まって、そのまま一限目だ。


 かといって、こんな話をヒソヒソ話するような子に、確認を取りたくない。

 親が死んだ、って言い方が特に。

 道本さんにとっては、二人といないご家族なのに。そんな言い方無いよね?


 他人の死を、そんな言い方するような子にお願いするのは引っ掛かる。


 さすがに偉そうに注意してやろうとは思わないけど、気に入らないものは気に入らない。


 ……一限目が終わったら、確認に行こう。

 私は心に決めた。




 一限目の世界史が終わった後、C組に確認に行った。

 ……そしたら本当に、道本さんが居なかった。

 家族にご不幸があったのも本当だったみたい。


 ……道本さん。


 運が悪い時って、不幸が続くものなんだろうか?

 こんなとき、どうすればいいのかな?


 安易に「気を落とさないで」なんて言うのは違うよね。

 そんな薄っぺらい言葉、苛立ちしか生まないよ。


 じゃあ、そっとしておいてあげるべきなのかな?


 ……でも。


 こんな断絶した状態で、そんなことをしたら、それこそ本当に切れちゃわない?

 私、それは嫌だし……。


 ……封印してたけど。

 メール入れようかな?電話の方が良いかな?


 返信してもらえないし、出てくれないから封印してたんだけど。

 鬼電というのを、やってみようかな?

 次の休み時間に。


 今は、そのくらいしなきゃいけない気がする。


 スルーしちゃいけないタイミングって、あるよね……?


 そのときは、何て言うべき?

 ……私は味方だから、辛かったらいつでも連絡して。

 これかな?クサいかもしれないけど、私の本心だし。

 それがいいよね。


 と、考えていると。


 二限目のチャイムが鳴り、先生が教室に入って来た。

 二限目は、数学の時間だった。




 そして。

 その数学の授業で、私の中での大事件が起きた。


 ちょうど、文人君が教師に当てられて、出題された問題の解答を黒板に書き込んでいるときだった。


「下村は居るか?」


 ガラ、と教室の引き戸が開けられて、白髪の現代文の先生が入って来た。

 確か、学年主任をしてる先生だったかな?


「はい?」


 ちょうど解答を全部書き終えた文人君は、顔をその学年主任の先生に向ける。


「ちょっと来てくれ。親御さんから学校の電話に連絡が入ってる」


「分かりました」


 チョークを置いて、文人君はつかつかと先生の後を追い、教室を出て行った。


 後に残された数学の先生は「で、当然のことのように、下村の解答は、正解。では次の問題は……」と言い、授業を再開。


 しばらくして。


 文人君は戻って来た

 んだけど……。


 ……何だか、いつもと違っている。


 何か、変なんだ。

 姿形、服装、一緒なんだけどね?


 どこが?と言われると答えられないんだけど。

 兎に角、なんか変。


 そのなんか変な文人君。

 自分の席に座って。


 先生が「お、何だったんだ下村?」と聞いたら。


「……ウチの親が、法事関係で無茶ぶりしてきまして。無茶言うな、って答えましたので問題ありません」


 そう、淡々と返答。……んん?いつもだったらもう少し愛想いいはずなんだけど?


 それを聞いた先生は「そうか。高校生の一人暮らしというやつも大変だな」と労って、続けて


「じゃあ授業復帰すぐで悪いが、この問題を答えてみてくれ」


 教科書のページ番号と問題番号を指定して、文人君を当てた。


 そこで、大事件が勃発した。


「……分かりません」


 すっくと自分の席から立って。

 真顔で、文人君はそう答えたのだ。


 私は、耳を疑った。


 ……え?

 この問題、そんなに難しい?


 私も、一応、解けたよ?


 ……冗談だよね?


 冗談を、言ってるようには見えなかったんだけど……。


 周りも、ざわついていた。



★★★(道本徳美)



「ひっ、俺、アンタらなんか知らない!たすけ……!」


 人気の少ない住宅街で。

 登校中に、スマホで私の家族の誹謗中傷を書き込んでいたジャージ姿のクズ男を発見したので、駆除する。

 こんなヤツ、生きてる資格無い。


 まずスマホをパパに真っ二つにしてもらい。その後、ママにその悪い腕を切ってもらった。

 そんな悪いことに使う手は、要らないよね?


 クズ男は、肘から先の右腕を無くした瞬間はよく分かって無かったらしく、ポカンとしてたけど。

 一瞬後、痛みが襲って来たのか、絶叫した。


 あははは。おもしろーい。


 他人は平気で傷つけられるのに、自分が痛いのは嫌なんだー?


 自分の右腕を押さえて出血を止めようとしながら、泣きっ面で


「何すんだ!?やめてくれ!!助けてくれ!!」


 って命乞い。


 ……今頃遅いよ。


 でもま、自分が死ぬ理由くらい自覚して欲しいから


「……よくも私の家族の誹謗中傷をしてくれたわね。命で償って」


 そう言ってあげたら、さっきの言葉。


 はぁー?

 よくもまあ、そんな白々しい嘘が吐けるよね?


 本当は知ってて、スマホで「道本家の人間は全員縛り首にしろ!」とか書いてたんだろ!?

 私、知ってるんだからね!?


 クズ男が、恐怖に顔を歪めながら、背を向けて逃げ出そうとする。

 腕が痛いのか、とても全速力とは呼べない状態だったけど。


 よたよた、よたよた。


 ……こんなの、逃げてるうちに入らない。


 追いかけて凍らせてやろうかと思ったけど、私はさっき編み出した新技の実験台にすることを思いついた。


 ……射程、多分10メートルはあると思うんだけど。


 そのくらいの距離になった時、私は、力を込めて地面を踏みしめた。


 と、同時に。


 ピキッ!


 逃げようとあがいていたクズ男が、氷の像になって、そのまま倒れて粉々になる。

 移動中に凍ったわけだし、そりゃ当然こうなるよ。

 バランス取れないもんね。


 笑える最期。クスクス笑いが止まらない。


 さて、技の実験も出来たし。

 それに、またひとつ敵が消えたわ。

 この調子で、どんどん消していかなきゃ。

 私たち家族の敵。


 しかし、多いなぁ。

 そこら中にいるし。

 家族の敵。


 新技、どんどん増えそうだ。


 この新技……名付けて「氷結結界」を編み出したのは、さっき。


 コンビニ前でたむろしてた、学校に行っていない見たところ高校生の男女数人。

 そいつらも、そうだったんだ。


 学校で勉強もしないでコンビニ前で私の家の誹謗中傷。

 大した人間でも無いくせに、私の家をせせら笑ってた。


 許せなくて、力を込めて地面を踏んだら、全員一瞬で氷の像になった。


 スカっとして、同時に。


 自分の可能性を広げた感覚があり、達成感を感じた。


 編み出したときに感じた感覚だと、多分、地面を通じて半径10メートルに居る生物を同時に氷の像にできる技だと思う。

 で、当然だけど、パパとママには作用しない。

 つまり、私の家族以外の生き物を、半径10メートル圏内に踏み入らせない結界だ。

 何で半径10メートルって思ったかと言うと、私の後ろでスマホを取り出そうとしてた会社員の男まで凍ったから。


 そいつに関してはそのときは凍らそうとしてなかった(どうせスマホで悪口を書き込むんだろうから、後で凍らせるつもりだった……)から、多分、そういうことだ。

 技を発動させたら、家族以外、無差別で半径10メートル圏内の生き物は凍ってしまうんだ。


 なかなか、面白い技じゃないの。


 学校に着くまでに、きっと、もっと、どんどん家族の敵に遭遇するし。

 技を編み出しまくって、学校でも頑張ろう!


 私は両手でガッツポーズを取ると、登校を再開……


 しようとしたとき。


 目の前の空間が、突如、歪んだ。


 そして、そこに穴が開く。


 その中から……


 顔の上半分を隠す、舞踏会に出るような黒い仮面をつけた


 黒い学ランの男子。


 黒いセーラー服の金髪女子。


 そんな、二人の男女が、穴から飛び出してきてその場に降り立ってきた。

 着地し、こちらに向き直る。

 動き方からして、普通の人間じゃ無い。


 ……一体、何者……?


 自分の理解の外の展開に戸惑う私。

 そのときだ。

 突如、空間が、凍った。

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