第11話 パパとママは何もしていないのに
★★★(道本徳美)
……なんで、この記事が、ここにあるの?
私はその記事のコピー……私の血縁上の祖父が、手下と共に皆殺しの憂き目に遭ったという記事を目にして、恐怖で震えた。
ここにこの記事がある。
これは……つまり……
お前の事を知ってるぞ。お前の血筋の秘密を知ってるぞ。
そういう、メッセージ……
このメッセージを発したのは誰か……?
私の席がここだって、知ってるのは……
おそらく、このクラスの誰か。
誰だ……誰だ……?
私は教室を見回す。
私のことを観察しているはずだ……!
この記事を見たときに、私がどういう反応を示すのか。
それを確認するために……!
すると。
私と目が合った。
佛野徹子。
この学校の問題児の一人。
その女と。
佛野徹子は評判が悪かった。
外見がすこぶる良いのに、男の子にだらしがない。
不特定多数の男子と交際しているらしい。
そのせいで、女子の評判は最悪だった。
男を食い物にするクソビッチ、って。
私は、別に興味のない人間について、同調して嫌悪するような自分の無いことはしたくないので、何も言わなかったけど。
やはり、嫌われ者になる人間は、問題があるらしい。
一瞬で分かった。
元凶はこいつなんだ、って。
こいつが、ネットに私の家の個人情報を書き込んで、こうして私の机に新聞記事のコピーまで入れたに違いない!
私の家を破滅させて、それを見て愉しもうっていうのね!
許せない!!
絶対に許せない!!
怒りで私は立ち上がり、憎悪で私は佛野徹子に突き進んだ。
あのすました小奇麗な顔を殴りつけてやる!
それで頭が一杯だった。
自分でも何を口走っていたか分からなかった。
ただ、頭の中に浮かんだ、私たち家族を吊るし上げようとする、正義面した狂人たちへの怒りだけで言葉を吐き、動いていた。
周りの人間が止めてくる!
何をするの!?
邪魔しないで!!
怒りに燃える私の手足を、複数の女の子が掴み、邪魔してきた。
何でよ!何で邪魔するのよ!?
こんな悪い、最低の奴、何で皆守ろうとするの!?
私が悪人の孫だから!?そうなの!?
周りの子が何か言ってるけど、言葉が届いてこなかった。
だけど。
「どうしたの道本さん!?」
その声が、私には救い主に聞こえた。
千田さん!
千田さんなら!私の味方のハズ!
だって友達だもの!そうだよね!?
「こいつが!!こいつが!!」
必死で訴える。
けれど。
千田さんは、私に、宥めるように、穏やかな口調で、こう言って来たんだ。
「道本さん、私、何があったのか理解できてないけど」
続く言葉で、私は号泣しそうになった。
辛かったから。ショックだった。
「佛野さんは、道本さんがそこまで怒るようなことはきっとしない人だよ。ぶっ飛んでる人だけど」
私を真っ直ぐに見つめて、そう言って来た。
千田さんは、味方になってはくれなかったんだ。
くれなかったけど。
千田さんのおかげで、私は落ち着くことがその時は、出来た。
でも、その後。
さらなる地獄が待っていた。
どうも私は興奮し、あのときに喋ってはいけないことを口走ってしまったらしい。
あと、やっぱりあのときの反応がまずかったんだろう。
ようは、学校にバレてしまった。
私の家の秘密が。
針の筵だ。
皆が、私を見るとヒソヒソ話をしていた。
そう思えた。
聞こえてくる言葉が「道本さんは……」だったら、心臓を握り潰されるような苦しみがあった。
よぉ、ヤクザの孫!!
犯罪のエリート!!
お前も将来ヤクザになるのかい!?
そんなことは言われなかったけど。
言われるかもしれない。
そういう思いで、毎日怯えた。
あれから千田さんとは話していない。
怖かったから。
話は彼女にも届いているはずだ。
彼女だけ知らないなんてありえないもの。
彼女から「もう、話しかけないで」なんて言われたら。
私は、きっと辛すぎてもう学校に来れなくなる。
だから彼女が近くに来たときは、仕事を忙しそうにしたり、トイレに立ったりして、徹底的に避けた。
実質、絶交状態。
でも、本当に決別の言葉を言われるよりマシ。
……マシなはず。
そして。
その日、私は目覚ましではなく、ママの悲鳴で目を覚ました。
一気に覚醒した。
夢うつつ、微睡、なんて無い。
ベッドから飛び出して、寝巻のまま部屋から飛び出して。
廊下に出ると、パパの書斎のドアが開きっぱなしになってて。
白いパジャマ姿のママが立ち尽くす後ろ姿が見えた。
「何があったの!?」
叫ぶ。ママは振り返った。
ママは……真っ青になって、泣いていた。
「徳美……!」
泣きながらママが言う言葉。
続く言葉を聞いたとき、私の世界が停止した。
「パパが自殺してる……!」
パパが……自殺?
パパが……死んだの?
私は、書斎に飛び込んだ。
信じられなかったから。
パパの書斎。
どこ製のものか分からないけど、しっかりした木材を使った、褐色の立派なデスク。
そして壁一面を埋め尽くす、本棚。
読書に目覚めて以来、何回も入らせてもらっている、私の大好きな場所。
パパはその褐色の立派なデスクに突っ伏していた。
寝巻姿のままで。
空っぽになった薬瓶と、ウイスキーグラス。
そして中身が半分に減っている、ウイスキーのボトルを脇に。
「パパ、死んで無いよね……?」
ママの言葉を信じることが出来ず、首に手を当てたら。
もう、体温が無くなっていた。
脈も無い。
……どう考えても、死んでいる。
パパは、深夜に起きだして、自殺したのか。
多分、ウイスキーを飲みながら、何かの薬を過剰摂取して。
どんな薬でも基本は毒。特にアルコールを併用するとその毒性が高まる。
その方法で、自殺したんだ……!
そんな……どうして……!?
嫌がらせが酷くなって辛かったの?
だったら会社くらい辞めてくれても良かったのに。
ママだって働いてるし、私、最悪この家を売ってしまうことになっても構わなかったんだよ!?
……ふと、気づいた。
ボトルの下に、二つ折りになった紙が挟まっている。
気になった。
私は、それを引き抜いて、開いた。
……それは、パパの遺書だった。
――――――――――――
ママと徳美へ。
すまない。これは逃げるための自殺じゃ無いんだ。
最初に言い訳させてくれ。
……連中の糾弾の手が、徳美にまで伸びそうなんだ。
すでに「徳雄の娘がH高校に通っている」「ヤクザの孫なんか、あの進学校を卒業させるな!どうせろくなことにならん!」って言い出す奴が現れはじめている。
もうこうなったら、僕の命を捧げて彼らを満足させるしかない。彼らには話が通じないから。
何も相談しないで悪かったと思ってる。ママ……いや、麗美さん。
でも、相談したらキミはきっと止めたはずだ。事態がもっと悪い方向に向かうとしても。
それじゃいけない。だから黙っていた。許して欲しい。
このままじゃ、徳美の将来が潰される。
これはもう仕方ないことなんだ。
お金の面は心配ないよね?徳美が成人するまでの蓄えはもうあるし、キミだってその気になれば一人で暮らしていくことくらいは出来るはず。
精神的な負担は分かち合えないのが申し訳ないが、耐えて欲しい。
最後に。
麗美さん、僕と結婚してくれてありがとう。幸せだったよ。
そして、ゴメン。
きっと、僕は生まれるべきでは無かったんだね。
――――――――――――
……何、これ?
パパ、私を守るために死んだの?
匿名の掲示板で暴れて、個人を叩いて愉悦に浸っているようなくだらない連中に命を捧げて、連中に満足感を与えるために?
パパの人生って、何だったの……?
酷い……酷いよ……!
「……徳雄さん……」
呆然としながら、私がパパの遺書をママにも読ませると、ママは泣き崩れた。
膝から崩れ落ちるように。
「……どうしよう。ママ……」
私もママに寄り添って、泣いた。
泣いて、尋ねる。
これから、どうするべきなのか。
経験なんてしたことない。
ある日、起きたら家族が死んでいた、なんて。
どうすればいいだろう……?
学校に連絡?
警察に連絡?
会社に連絡?
すると、ママは
「……手分けしましょう。徳美」
ママは顔を上げた。
涙に濡れていたけど、とても、強い意志を込めた表情だった。
……何の意思か。
このときは全く分からなかった。
私は、辛さに心が潰されていて、もうママに縋るしか無い状態になっていたから。
そこまで気が回らなかった。
「学校に休む連絡を入れなさい。理由は「家族が突然死んだ」と正直に言うのよ」
「そして、ママの部屋の作業机の引き出しの一番下の段に、ママの両親……つまりあなたのおじいちゃんおばあちゃんから毎年届いている年賀状の束が入ってる。それを出してきて」
最初の指示は納得できた。
でも、二つ目。
今から思うと不自然だった。
何で今、年賀状なの?
でも私は、そのときはママの言うことを聞くだけの子になっていたから。
言われた通り、電話連絡をして、ママの部屋の祖父母の年賀状を探した。
電話連絡は予想通り騒ぎになったみたいだったけど、付き合ってはいられない。
用件だけ伝えて、さっさと切った。
そして年賀状。
これが、ちょっと手間取った。
下段の引き出しが、開かない。
下段の引き出しに、鍵が掛かっていたからだ。
ママに鍵の事を聞くべきかと思ったけど、今、あまりママに負担をかけたくない。
だから、聞く前に自分で鍵を探すことにした。
こういう場合、あまり念入りに鍵は隠さないはず。
だって、こんな引き出しの鍵、その気になれば簡単に壊せるし。
上の段の引き出しの、筆記用具入れのパーツを外してみた。
……その下に、小さい鍵が。
多分、これだよね?
差し込んで、回すと、ビンゴだった。
引き出しを開くと、確かに年賀状の束が入っている。
年賀状には、ママの両親。
つまり、私の祖父母からの近況報告が書かれていた。
……生まれてから、ただの一度も会えなかった人たち。
こんな状況なのに、一瞬しんみりとしてしまう、
どんな人たちなんだろう……?
ママみたいに、優しいのかな?
ふと、我に返った。
いけない。こんなことをしてる場合じゃ……!
「終わったよ!他には……?」
パパの書斎に戻ると、ママの姿が消えていて。
夫婦の寝室を覗いても、居ない。
だったら、居間かな?と思い。
階段を降りると。
……鉄臭いにおい。
つまり、血のにおいがした。
猛烈な嫌な予感。
ドアを開くと、台所が真っ赤に染まっていた。
誰かの足が見える。
ママが、頸動脈を肉切り包丁で切って、死んでいた。
どうみてもすでにこと切れている。
私の手から、年賀状の束が落ちる。
……何、これ?
ふと、テーブルを見ると。
そこに一枚のメモが。
『捧げる命は一つじゃ足りないかもしれない。ママも死ぬことにします。徳美が成人するまでのお金はあるので、申し訳ないけど、後はおじいちゃんとおばあちゃんにお願いして』
ママの遺書だった。
そんな……!!
そんなことって……!!
私は頭を抱えた。
崩れ落ちながら。
私の脳内で、顔の見えない人々からの呪いの言葉がリフレインする。
『悪魔の孫!』
『犯罪者の血族!!』
『悪鬼の血筋!!』
……それは私の祖父の話でしょ?
それも、パパの成長には何も関わってこなかった、そればかりか、迷惑しかかけてこなかった、ただの異物。
それが原因で、何でこうなるの?
どうして、パパとママが死ななければいけないの?
パパとママは何もしていないのに……!
……大体、あなたたちそんなに偉いわけ?
人の生まれで、社会から何もしていない人を叩き出せるほど偉いわけ?
……許せない。
胸の奥から、どす黒い気持ちが沸き上がってくる。
とても熱くて、冷たくて、毒々しい気持ちが。
何が悪魔よ……悪魔は、お前たちだ!!
……そのとき。
ドクン……!!
私の中で、何か新しい感覚が目覚めた。
爆発するような衝動と共に。
目の前の血まみれのママの死体。
目を見開き、強い意志と、怒りが感じられた。
私は歩み寄り、その広がった血液の水たまりに手を触れる。
すると。
私の手から、爪の間からまるで飲み干すように、飛び散ったママの血液が残らず吸収された。
……これで、ママが綺麗になった。
そして、ママとひとつになれた。
パパの分も、あとで取りに行かなきゃね。
フフッ。
笑みが漏れる。
これで一緒。ずっとパパとママと、一緒。
……あ、パパはまだだった。いけないいけない。
ママを創ったら、すぐ回収に行くから、待っててね。
すっ、と私は居間の何もない空間を指差す。
ママを創るために。
指差した人差し指から、赤い血液の塊が飛び。
それが拡大。
膨張し。
成人女性……パジャマを着たママそっくりの姿になる。
ママは笑っていた。いつものように。
……これで、ママが復活した。
次はパパを復活させよう。
書斎でパパの血液を取り込んで、パパを創った。
これで元通りだね。
……うん。学校に行こうかな。
家族が死んだっていうのが間違いでした。
そう言って。
証拠に二人を連れて行こう。
ちょっと遅いから、遅刻取られるかもだけど、ズル休みをするよりはマシ。
行かなきゃね。今からでも。
ずっと、真面目にやってきたんだし。
……でも。
今のパパの格好。
ママと同じように、寝間着姿。
……うーん。
ちょっと、学校に、保護者として行くのにこれは良くないよね。
ありえないよ。
そう思ったので、二人とも学校に出向いても問題ない服装に「変える」
パパもママも、保護者として恥ずかしくないスーツ姿に。
色は二人とも灰色に合わせた。
イメージ通りに変わってくれて、嬉しいよ。
うん。良く似合ってるよ。
じゃあ、行こう。
家族三人で学校に行くなんて。
入学式以来じゃない?
あのときは嬉しかったな。
H高校、第一志望だったしね。
合格出来て、嬉しかったよ。
パパも、喜んでくれたよね。
私も学校の制服のブレザーに着替えた。
すっかり着慣れている、緑色のブレザー。
着替えるのに時間かけてしまったな。
記念日のような気がして、つい、やってしまった。
パパとママの元の身体も、丁寧に二人の寝室に安置するとか、学校に行く前の一仕事でも時間を食っちゃった。
もうすぐ10時じゃん。
遅すぎ。先生に突っ込まれたらどうしよう?
三人で家を出て、家の門を抜けると。
ちょっと離れた道路の曲がり角に、おばさんが三人ほど集まって。
何か、会話していた。
多分、近所のおばさんたちだ。
……私の心に、怒りが湧いた。
あぁ、また、噂話してるんだ。
どうせ、私の家族の悪口に決まってる。
……偉そうに。何様のつもりだろう?
でもね、でもね?
もう、私は、前のような、何の力も無い女の子じゃあ、無いんだなぁ……?
それを……分からせてあげるよ!!
「パパ、ママ、行って」
私は、傍に控えてくれていた両親にお願いした。
瞬時に、パパとママの両手が、ナタのようなものに変わり。
凄まじい速さで、無責任な噂話に終始するクズなおばさんたちに接近する。
そして。
二人のナタの一振りで、おばさん二人が胴体で両断されて四つになった。
生き残ったクズおばさんが、あまりに突然の出来事に、金縛りになってる。
フフッ、いい気味!
私は、生き残りのクズおばさんにゆっくり近づきながら。
「パパ、ママ、そいつを押さえて」
両親にお願いした。
両親はすぐに私のお願いに反応してくれて。
ナタから普通の手に戻し、二人がかりで押さえつける。
慌てふためくクズおばさん。
「な、な、何なの!?」
何なのって……
自分のやったこと、理解できてないんだ?
「今、私の家族の悪口言って、盛り上がってたよね?」
「……え?」
ポカン、としてるクズおばさん。
……なんてふてぶてしいんだろう。
この状況でとぼけられるとか。
でも。
まぁ、いいや。
どうせやること、変わんないもんねぇ……?
私はクズおばさんの顔を掴んだ。
「あんたたち、炎上させるの大好きだよねぇ?」
私が目覚めたのは、血液を操る力。そして。
あとひとつは……
「ちょっと、頭を冷やした方がいいんじゃないかなぁ?」
私の掴んだところから、おばさんの身体が凍っていく。
頭部が完全凍結するのに1秒かからず。
全身が氷の像になるのに、3秒要らなかった。
凍結させる力。
……冷却する力だ。
両親に離れてもらい、私は、凍り付いたおばさんを蹴り倒した。
アスファルトの道路に倒れ、砕け散る。
道路に散らばる、凍った手首、頭、下半身。
なんてみっともない姿。当然の報いよ。
ざまぁみろ。
卑怯な真似をするからだ。
私は笑った。お腹を抱えて。
そしてひとしきりしてから。
……さ、登校しよっと。
いこ、パパ、ママ。
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