最終話 貰い火の行方

★★★(新聞報道)



『H県K市で有毒産業廃棄物の輸送車が横転。犠牲者多数』


 H県K市の住宅街で、有毒産業廃棄物を輸送していた大型トラックが横転する事故があった。多数の死者が出た模様。トラックを運転していた男性も死亡した。死者の数は10名を超えており、何故住宅街の道路に危険物輸送車両が侵入したのか、トラックを走らせていた運送会社はその原因追及を~



『H県K市で一家心中』


 H県在住の会社員、道本徳雄(44)宅の家族全員が死亡するという痛ましい事件があった。一家心中と見られる。道本家の子女から「親が亡くなった」との連絡が学校にあり、その後道本家からの連絡が途絶えたため発覚した。道本徳雄は~



★★★(佛野徹子)



「………」


 アタシは、普段あまりよく読んでいない、新聞の事件事故の欄の記事をかなりじっくり読んで、顔を上げた。


 目の前では、テーブルを挟んで向かいに、文人がコーヒーを飲みながら本を読んでいる。

 いつものように。


 ここはファミレス。

 いつものだべり場所だ。


 傍を可愛い衣装のウエイトレスの女の子が行き交い、それぞれのテーブルで、人が会話し、食事している。

 アタシたちは、そこの一角を陣取っていた。


 アタシは周囲に気を配りつつ、言葉を選んでコメントした。


「……産業廃棄物事故」


「有毒廃棄物だからな。死体はそりゃあ、酷い状態だろうな」


 きっと、衆目に晒せないから即火葬だろうよ。

 彼は本から目を離さずにそう付け加える。


 ……道本さんのジャーム事件、犠牲者、そういう風に処理したのか。


 政府とUGNがどう処理するのか気にはなってたけど。

 今回はそういう風になってしまったか。


 道本さんが殺してしまった人は、全て運悪く有毒廃液を浴びて、死体が無残な状態になってしまったので、葬式に上がることもできずに即火葬されてしまった気の毒な人たち。

 そうなったんだ。


 殺された人、気の毒ってもんじゃないけど。


 経緯を明かせないし、殺された人を「居なかった」っていうわけにもいかないし。

 そう、せざるを得ないんだろう。


 この、運送会社ってのも、本当に企業として活動してる会社か怪しいよね。


 酷いようだけど、これがこの世界の真実なんだ。



 ……そして、道本さんの家の事だけど。



 道本さんは、学校に連絡を入れた後、お父さんの後を追ってお母さんと一緒に命を絶って一家心中した。

 ということになってしまった。


 これも、仕方ないことだと思う。


 ただ、これに関しては……


『これで満足でしょう?世間の皆さん?……彼女のこの言葉を重く受け止めないといけませんね』


 連日、ワイドショーで持ち切りになっている。

 道本さんの家の一家心中の話が。

 これはどっかのコメンテーターの言葉だ。


 こうなった理由。

 それは道本さんの遺書が公開されたからだ。

 それはこういうものだった。



―――――――――――――――


 私たち家族は、この日本で生きることを認めていただけないようですので、死ぬことにします。

 私のパパも、ママも、法を守り、誰よりも真面目に生きて来た人だったのに、顔も知らない、血縁上のパパの父親が極悪人だったという理由で全てを奪われ、命を捨てる選択を取らざるを得ない状況になりました。

 私も生きていてもしょうがないので、死ぬことにします。これで満足でしょう?世間の皆さん?


―――――――――――――――



 この遺書が公開され、ワイドショーが軒並み食いつき、連日話題になっている。

 前科も何も無いのに、犯罪者の家族だというだけで袋叩きにするのは絶対に間違っている。お前らは悪を叩いているつもりかもしれないが、お前たちこそ法を破壊する真の邪悪だ、といった具合に。


 で、世間も今のところその流れに乗ってる感じだ。


 ……でもアタシは、この今の状況を、自然の流れ、当然の結果、とは思っていない。


 絶対、この目の前で読書しつつコーヒー飲んでるキモイ脳みそを備えた頼れる相方が何かしたに違いない。

 そう思ってる。


 だから、アタシは聞いたんだ。


 ……メールで。


 FH端末でメッセージを打ち込み、彼に送る。


 間を置かず、彼の端末に反応があり、見てくれた。


 ちなみに送ったメッセージはこういうものだ。


『ワイドショー、すごいことになってるけど、何かしたの?』


 彼は端末を操作し、また何かメッセージを送って来た。


『道本さんに手紙を握らせただけだ。文書を錬成して』


 ……そういや、文人はその気になれば1万円札を偽造出来るんだよね。

 ベテランのエリート銀行員でも見破れない精度で。


『どんな内容?』


 そう打ち込んだら、十数秒置いて、また返信。


『キミは一人じゃ無い。キミと同じ境遇に喘いでいる犠牲者は沢山居る。キミのように、理不尽に嘆き、この世の欺瞞に満ちた偽りの正義の皺寄せを押し付けられ、苦しんでいる聖者は。我慢しなくていい。我々は君を全面的に支援する』


『UGNが見れば、FHが何か企んでるように見えるだろ?』


 ……こんな文章を打ち込みつつ。

 文人は別に変化がない。


 普通にしている。


 ……なるほど。

 今回の件、道本さんのことについて、政府だけでなくUGNも絡んでるんだね。

 今回の件が全てFHの陰謀である可能性を考慮して。


 しかし、上手く行って良かったよね。

 文人の策略。


 そのあたりのことをメールにして文人に送ったら、彼はコーヒーを飲み干しながらそれを見て。


 アタシを見つめて、こう言った。


「他人を糾弾するのは、かもしれない、でやってはいけないけれど」


「安全保障は、かもしれない、でするもんだ」


 ……なるほど。

 UGNにしてみれば、道本さんみたいな境遇の子をまとめてジャーム化させる手法をFHが見つけたのかもしれない。

 その可能性を考えて、とりあえずやって倫理的に問題になるわけでもないし。

 今回の事件を引き起こした直接原因を叩き、結果同様の事件を未然に防ぐ方向で情報操作をした、ってところなのかな。

 だからまぁ、確率としては決して低くない結果だったと。

 文人はそう言いたいのかな?


 ……ちょっと、思ったことがあった。


『これで道本さんみたいな目に遭う子が居なくなったりするかな?』


『ならんと思うよ』


 メール打ったら、即返信。

 ……やっぱ、そうだよねぇ。

 そんなに、簡単じゃ無いか。


『人間、楽がしたいし。あと、正義の味方になりたいって思うもんだしな』


『で、皆言ってる、ってのは一番無責任にその欲望を叶えられる言い訳だからな』


 彼からの返信の続き。

 そして。


「……楽に愉しみたいって考える奴が居る限り、無理だろ」


 ……そう言って。

 彼は席を立ってコーヒーを汲みに行った。



★★★(千田律)



「……どうしよう。私たちのせいじゃ無いよね?」


 ……その言葉を聞いたとき。

 怒りで自分を忘れそうになってしまった。


「まさかこんなことになるなんて……」


「ちょっと、本当の事を知りたかっただけなのに……」


「私たち悪くないって!だって事実だったわけだし」


「新聞記事のコピーを見たときの反応を見たかっただけじゃん。自分を抑えられなくて、事態を悪化させたのは道本さんのせいだって!」


 ……クラスの女子の一人が、階段の踊り場で他のクラスの子とそんな話をこそこそとしているのを聞いてしまったんだ。


 あ、そうか。

 ……この子たち、なんだね?


 佛野さんが濡れ衣を着せられそうになった、あの件の真犯人は。

 あのとき、道本さんの机の中に新聞記事のコピーを入れたのは、この子たちなんだ?

 道本さんの反応を見て、事の真偽を確かめたい。

 それだけの、くだらない理由で道本さんを苦しめ、破滅させたんだ……。


 で、道本さんがあんなことになったから、今頃責任から逃れようとしている。


 ……なんて、最低なんだろう。


 自分たちが今話していたことを、私に聞かれたと気づいたのか、その子たちは口を噤んだ。

 で、知らないふりをしている。


 ……どこまでも最低だね。


 だから、私は言うことにした。


「……そうやって口を噤んで、言い訳してれば責任を逃れられると本当に思ってるなら、すれば?」


「あなたたちの中では、人が死んでも口さえ拭えばチャラにできちゃう。そういうものなんだよね?」


 ……自分でも、相当冷たい声で言ったと思う。

 そこまで言うと、グループの子の一人が


「何よ偉そうに!良い子ぶってるんじゃないよ!」


 ……目を剥いてそう、言い返してきた。


 まともに取り合う気、起きない反論。

 ……だけど、一応言っておいた。


「心配しなくても、あなたたちの事を『人殺し』だなんて言いふらしたりしないから」


「逆に、別に私の事を悪く言って攻撃したいなら、すれば?」


「どうせあと2年無いわけだし。そのくらいなら耐えられるかな?友達にその辺のメンタル強い子一人居るから、その子に頼ればやり過ごせるだろうし」


 ……別に強がりでも何でもない。

 正直な気持ちだった。


 ここで黙って、残り2年も無い高校生活を平穏に過ごす努力をするより、その後の何十年も続く人生で「何であのとき黙っていたんだろう?」って後悔する方がきっと、嫌だろうな。


 そう思ったからしただけ。

 きっと、今さっきのタイミング、決断の時だったんだよ。


 私がその場を去ろうとしたとき。

 その去り際に、そのグループの女の子の一人が泣き出した。


 ……私はほっといた。

 それで責任が取れると思ったなら、泣けばいいんじゃないの?

 振り返りもせず、立ち去った。




 ……あのとき。

 あの、休み時間にこっそり道本さんに電話を掛けた時の事。

 今でも考えていることがある。


 道本さんは「ありがとう」って言ってくれてたけど。

 あれは、本当の気持ちだったんだろうか?


 ……心にも無いことを言うな。

 そう思われていたんじゃないだろうか?


 だって、その後、道本さんはお母さんと一緒に心中したんだ。


 ……友達だと思ってたんだよ……?

 どうして……?


 私は幸い、今までの人生で失恋は経験したけど、死を考えるような辛い状況になったことは一回も無かったから。

 道本さんの気持ちが分かるとか、彼女の選択を非難するとか。

 そんなことは言えないし、できない。


 でも、辛かったんだ。

 直前に電話で話せたのに。


 彼女の決意を、変えることできなかった、ってことが。


 私、その程度の友達だったの……?

 結構、仲良かったと思ってたのに……!


 ……あまり考えると、泣けてくる。

 学校でポロポロ泣くのは、みっともないし。


 私は、ここではそれ以上考えることをやめておくことにした。


(了)

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貰い火の行方 XX @yamakawauminosuke

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