第16話 アタシが見つけた突破口

★★★(佛野徹子)



 最後の斬撃を繰り出し、道本さんの首を刎ねて。

 アタシは着地して、片膝を着く。

 右手には発動させたレーザー手刀。

 道本さんの首が宙を舞い。

 足元に落下して、転がって来た。

 数秒遅れて、ドシャ、と首を失った胴体が倒れる音が聞こえる。


 ……勝てた。


 さっきは散々酷いこと言ったけど、全部取り消すから。

 どうしても、道本さんにアタシに対する殺意を膨れ上がらせて欲しかったんだ。


 アタシが見つけた、突破口を開くために。




「……あやと」


 あのとき。

 蘇生復活を遂げ、異形への変貌を起こしている道本さんを前にして。

 アタシは文人に話しかけた。


 雰囲気で、聞いてくれてるのが分かる。

 小さい声で続ける。


「……一個、突破口があるんだ。詳しく説明してる時間無いから言わないけど」


 返事を待たずに、こう言って、アタシは行動を開始した。


「アタシに任せて。お願い……」


 超音速モードを発動させ、道本さんの範囲攻撃の射程圏内に入らないように、大周りで回り込む。

 そして道本さんの背中側に回り込むと、アタシはそっと靴を脱いだ。

 ……すでに片方脱げているのと、これからやろうとしてることは素足に近い方が都合がいい面があったからね。

 脱いだ靴を放り捨て、アタシは彼女に声をかけた。


「……背中ががら空きなんだけど。また後ろから襲われたいの?」


 そう言葉を掛けると。

 弾かれたように、彼女は振り返って来た。


 ……ごめんね。


 これからすることに、アタシは先に謝った。

 顔には出さなかったけど。

 アタシは嘘を吐くのが得意だから。


「はぁい道本さん」


 手を振りながら。

 神経を逆撫ですることを意識しつつ。


 それを見て、驚きながら、不愉快そうに


「……どうやって、そこまで移動したの?」


 と、道本さん。

 だよね。そこが気になるよね。

 良い質問だよ。


「走ってここまで来ただけだけど?」


 ……アタシの煽り芸的にね。

 こういうの、得意だから。

 自慢にならないけどさ。


 クスクス笑って見せた。


 道本さんはアタシの振る舞いに憎々し気な目を向けていたけど


「……アンタ、佛野さん?」


 やっと、気づいたみたい。

 無理も無いか。道本さん、アタシにあまり興味無さそうだったしね。


「……正解」


 仮面を外して、顔を見せてあげた。

 ここからは、正体をバラしておいた方がやり易いし。


 素顔を見せるとき、なるべく嫌らしく笑ってあげた。

 小馬鹿にする感じで。


「……なぁんも知らない人を揶揄からかうって楽しいよね」


 そして、アタシは説明を開始した。

 オーヴァードのこと。アタシたちのこと。

 部分的に嘘を交えながら。

 何も全部本当のことを教えても、意味無いし。

 都合のいいように、話した。


 手を広げて、自信たっぷりな風に語った。


「まぁ、その範囲攻撃だけは驚いたけどさぁ、からくり分かれば対処は可能だし。何も問題ない」


 そんな感じで、「圧倒的にこっちの方が知ってるぞ!」と慢心している風に振舞う。


 ……そうしていると、さっそく道本さんが距離を詰めようと一歩踏み出す。


「おっと」


 ……いいよ。

 それ。


 その積極性、ありがたいよ。こっちとしては。


 道本さんが踏み込んだ分、後ろに下がって距離を離しつつ


「見えてるから。無駄だから」


 そう。見えてるから距離詰めても無駄なんだよね。


 ケラケラ笑った。

 見下す様に。


「さっきも、アタシ頭の後ろにもう一個目があるのと同じ状態になれるんで。光を操ることで」


「勝ち誇ったように笑ってる道本さん、傑作だったよ。見当違いなのに」


 ……本当は俯瞰で見てたんだけどね。まぁ、やろうとすれば後頭部からでも見れるんだけどさ。

 ここは本当のことは言わない方がいいよね。

 支障出るかもしれないから。


 彼女の恥辱を煽るために必要な挑発。


 だいぶ効いてるみたい。


「で、今さっきの種明かしだけど」


「……アタシ、最高速度マッハ5超で走れるんだぁ」


「だから、道本さんの目に止まらないで移動できるわけ」


「分かった? 勉強になった?」


「だからあの状況でも余裕で脱出できたのよ」


「追いかけっこ自体意味が無かったの」


「遊んでたの。残念でしたぁ~」


 ……アタシの度重なる挑発。道本さんは黙って耐えていた。

 頑張るね。すごいよ。


 ……だから、申し訳なかった。

 ここから先は、本当に申し訳なかったよ。


 でも、アタシはやった。

 必要だったから。


「そういえばさ、道本さんの偉大なるおじい様の新聞記事のコピー」


「あれ、入れたのアタシだから」


「ついでに言うと、ネットに道本さんのことを書きこんだのもアタシ」


 無論これは嘘。

 嘘だけど、言えば絶対に怒る。


 ……これで、怒らないはず無い。

 人間だった頃の道本さんも、激怒してたんだし。


 でも、アタシは、続けた。

 何度も言うけど、必要だったから。


「リアクション、最高だったよ」


「道本さんの従者、ご両親みたいだけど、もしかして自殺しちゃった?」


「良かったね~? クズの血族がこれで絶えるんだね? 赤飯ものだよ~!」


 ……あまりにも酷い、死者への侮辱。

 道本さん、泣いてた。

 怒りのあまり。


 ……ホント、ごめんね。許されないと思うけど。


「……パパもママも立派な人だったのに……オマエなんかに……!!」


 激高する道本さん。

 そんな彼女に、アタシは最大級の侮辱を投げた。


「そんなのは妄想だと思うけど?」


 ……これで、道本さんは完全にキレてしまった。

 アタシへの殺意が止められなくなり、待ちから攻めに舵を切って来た。


 そうしてもらう必要が、あったんだ。


 アタシは言った。距離を詰めようとしても見えてるから無駄だ、って。

 ついでに言うと、アタシはとんでもなく動きが速いから、速さで対抗しても無理、とも。


 ……ここまで言っておくと、道本さん、考えると思うんだ。

 どうすれば距離を詰められるのか? って。


 で。


 真っ先に考え付くのが「アタシと道本さんの間に、遮蔽物を置くのはどうだろう?」

 これだと思ったんだよね。


 見えなくすれば、近づいても分からないんじゃないか? って。


 とりあえず、これから試すはず。

 いや、候補として上げては来るでしょ? 


 そして、その遮蔽物として使われるのが、高確率で道本さんの従者……道本さんのご両親の姿を模した疑似生物……のはず。


 それが、狙いだったんだ。


 果たして。

 道本さんは両手を突き出して、手から血液を発射し、2体の従者を生み出す。


 こちらの狙い通り、アタシの視界を切るように、一直線上に。


「パパ!! ママ!! そのまま突っ込んでアイツを殺して!!」


 道本さんの叫び。

 怒りが籠っている。


 けど、アタシは冷静に準備を始めた。


 右手をレーザーブレード化する「レーザー手刀」を発動させ。


 エフェクト「天からの眼」を発動させ、俯瞰で現状を確認。

 ……よし。


 このとき。

 文人が日本刀を背後から道本さんに投げてくれて、気を引いてくれた。


 ……さすが文人。

 アタシの狙い、分かっちゃったか。


 アリガト。


「同じ技は通用しないって言ったよね下村君!?」


 背後からの文人の攻撃を全部氷の盾で防いで、文人に意識を向けてしまう道本さん。

 多分、自分が攻撃を受ける状態に無いって思い込んでるんだろう。


 ……ここだね。

 いくよ……!! 


 アタシは、超音速モードを発動させた。


 このモードになると、体感時間がものすごくゆっくりに。

 ほぼ止まってるのと同然になる。



 ……アタシが気づいた突破口の要。

 これに気づいたのは、最初の範囲攻撃の時。

 あのとき、右足の靴底が凍り始めてて動かなくて。

 とっさに左足で、目の前の従者の太腿を踏み台にして跳んで逃げたんだ。


 ……明らかに、射程圏内に居た従者の太腿を。


 つまり、従者は触っても大丈夫なんだよ。


 だから、これを思いついた。


 今、目の前に道本さんの父親従者。

 目算で、危険エリア境界から3メートルくらい。

 その後ろに、母親従者。3~4メートル? 


 そしてその後ろに道本さん。母親従者から5メートル無い。


 アタシの戦闘を意識した跳躍距離は5メートル程度。

 そのまんまじゃ、範囲攻撃の射程外から飛び込み攻撃をかけることは不可能。


 でも。


 ……従者を踏み台にしたら、道本さんに辿り着ける! 

 これがアタシの考えた突破口。


 アタシは走り出し、踏み切って、高く跳ぶ。

 そのまま父親従者の肩を蹴り、母親従者の肩を踏み越えて。


 超音速モードから、攻撃モードに切り替えて、文人に注意を向けている道本さんに迫った。


 そしてそのまま、輝く右手の斬撃で、空中ですれ違いざまに彼女の首を刎ねた。

 首が宙を舞う。

 着地した。


 ……アタシは無事だった。

 それが意味するところは……


 ……こうして。

 アタシは、クラスメイトの命を絶った。


 アタシらのせいで怪物化しなければ。

 普通に生きていたはずの、ただの女の子だったはずの子の命を。



★★★(下村文人)



 血液を噴き上げながら。

 道本さんの胴体が横倒しになる。


 徹子が切断した首は、徹子の傍に転がっていた。

 首だけになった道本さん……暴走したレネゲイドウイルスの影響で変貌した容貌が、元の少女のものに戻っていた。

 死を迎えたからだろうか。


 従者の消滅。

 徹子の無事。


 ……戦いは決着した。


 徹子は動かない。

 レーザー手刀を解除して、そのまま。

 着地した姿勢、そのままで、蹲っている。


 ……声を掛けようかと思ったが、時間が無いしな。

 撤収しないと。


 僕は、転がっている道本さんの頭を拾い上げ、倒れている胴体の方に歩み寄って、頭部を胴体に、錬成して「繋いだ」


 ……モルフェウスの錬成は、生物には作用しない。

 つまりは、間違いなく道本さんは「死んだ」ということだ。


 改めて、それを自覚する。

 会話を交わした、知っている少女を手に掛けたことを。

 ……因果だよ。


 首を繋いだのは、さすがに女の子だ。

 斬首したままで死体を晒すのは気の毒に思ったからだ。


 ……髪の毛はどうしようか? 


 徹子の斬撃で、道本さんの長かった髪がバッサリ切られていた。

 そこも練成しようかと思ったけど、僕はあまりその辺のセンスが無いらしいので、止めておくことにした。

 死んだ後に勝手に髪型弄られるのも嫌だろ? 道本さん? 


 ……代わりに、傍に散らばっていた道本さんの三つ編みの髪の一つを拾い上げ、一通の便箋を錬成。

 横倒しで、寝ているような死体を晒している道本さんの手に握らせる。

 ある目的のために。


 ……これぐらいはしても、許されるだろ。

 どうせ僕らの組織は汚れている。


 さて、このくらいか。


「おい、徹子」


 蹲ったままの徹子を見やり。

 引き上げるぞ、と言いかけたときだった。


 ブーン ブーン


 道本さんのブレザーのポケットから、振動音が鳴りだした。


 ……彼女のスマホか。

 それに気づいたが、胸ポケットだったので、僕には手が出せない。


 ……すると。


 徹子がそれに反応した。


 スッと、動き、道本さんの胸ポケットからスマホを抜き出した。

 それをじっと見る。


 ……まさか、出る気か? 

 彼女の……道本さんの代わりに? 


 ……ハヌマーンは音を操ることも出来る。

 その力の応用で、音声の模写も可能だ。

 そのエフェクトは「七色の声」と呼ばれている。


 徹子も、一応そのエフェクトの訓練は受けていた。

 身に着けると、仕事の役に必ず立つからね。


 徹子は、スマホの画面をタップした。


『もしもし? やっと繋がったよ! 道本さん!』


 スピーカーモードにしたみたいだ。

 僕にも聞かせようというのか。


 ……僕らが、誰を殺したのか、よく刻み込むために。


 電話をかけてきたのは、千田さんだった。

 心配そうな声音だ。


『電話かけても受けてくれないし、メール送っても反応無いし。悩んでたんだよ』


 彼女は続けた。


『……今、ものすごく大変だよね。でもさ』


 相槌や返事がない。それについて、彼女は気にしていないようだった。

 そういうことが出来ない状態なんだろう。そう、思ってくれてるのか。


『……私、味方だからね? 辛くなったらいつでも電話でも、メールでもしてよ』


 スマホから、彼女のそんな声が響いた。

 ……すでに、彼女が電話している相手はこの世に居ないのに。


 そのとき。


「ありがとう千田さん」


 徹子が口を開いた。

 声は、道本さんの声に変っていた。


『道本さん? 大丈夫?』


 声が一緒でも、何か感じたのか。

 千田さんがそう、聞き返してくる。


 ……勘が良いんだな。千田さん。

 あまり長く会話すると、ばれるかもしれないぞ? 


 それが分かったからかどうか分からないけれど。


「……さよなら」


 そう一言、最後に道本さんの声で言い。

 徹子は、通話を切断した。


 そして通話を切った後。

 徹子はスマホを道本さんの前に、そっと置いた。


 そのときに、徹子がどんな顔をしていたのか。

 こちらからは、見えなかった。

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