第15話 お待たせ
仁神君が私の手を引いて歩いていく。
学校が始まろうとしている朝の時間なのに、人の流れに逆行している私たちは明らかに異質で、加えて仁神君と私が手を繋いで歩いているというのが注目を集めているのだろう。
たくさんの視線を感じる。
でも、視線を感じるのは慣れてる。
なのになんでだろう。こんなにも体が熱いのは。
「ねぇ仁神君。どこに行くの?」
「……秘密だ」
これでこの会話は三回目。
仁神君はこんなにも秘密主義だっただろうか。
いや、そんな記憶は今にも昔にもない。
「なんで……なんで私を連れていくの?」
そう問うと、仁神君は少し黙った。
私と繋いでる、意外にもゴツゴツした手が私の手を少し強く握る。
「……約束を、果たすためだ」
仁神君はそうとだけ言って、他には何も言わなかった。
だから私は知りたい気持ちを堪えて、ただ仁神君の後ろをついて行く。
懐かしいな。
こんな風に、幼い頃はたくさん歩いたっけ。
成長した仁神君の背中を見ながら、私は仁神君に引かれるがままに歩いた。
***
「ここは……」
木の囲まれていて、周りからは公園があることすらもわからない秘境の公園。
小高い丘の上にあって、町が一望できて、私は思わず感嘆の声を上げる。
でも、そんなことよりも仁神君が私をここに連れてきたことが疑問だった。
それに、さっき私のことを「苺」って下の名前で言ったし、クラスメイトに「幼馴染だ」って言ってたし。
今の仁神君は謎だ。
こんなにも男らしい仁神君は失礼だけど、少しおかしい。
まぁ、嫌いではないけど。
仁神君は古びたベンチに腰を掛けて、街を眺めていた。
そして何かを思い出すみたいに話し始めた。
「ここに二人でよく来たよな、昔さ」
その言葉にハッとする。
そうか、そういうことだったのか。
すべての辻褄があう。
というか、あれだけヒントを与えたんだから気づかないわけがない。鈍感主人公じゃないんだから。
だからこんなのはむしろ遅いんだ。
もっと早く気づけよって言ってやろう。
いつものように毒を吐いてやろう。
私のことに気が付かなかった、ささやかな嫌がらせをしてやろう。
だけど……だけど私の心からは、言葉が溢れるんじゃなくて――
「甘蜜……泣いてる?」
涙が、目から溢れていた。
「……お、女の子に聞くんじゃないわよ。見ればわかるでしょ?」
「ごめんわからん」
「眼科行け」
泣いてる女の子にボケをぶっこんでくるのも最低だ。
全く、この男は乙女心が全く分かってない。
だけど、いや、だからこそ。
無自覚に乙女心をくすぐってくるのは、ほんとに最低だ。
「ごめんな、気づいてやれなくて」
「ほんとよ」
「名前も変わってたし、雰囲気もだいぶ変わってたからさ」
「……それでも気づくって、私信じてた」
「めんどくせぇ」
「わ、私はめんどくさい女なのよ!」
心底めんどくさい女だと思う。
気づいてくれないのを腹いせに毒を吐くなんて。
まぁでも苗字も変わったし髪の長さをショートからロングに変わったし。
それに幼い頃の私は今の私ほど努力を重ねて、何でもできるってわけじゃなかったから。
確かに変わったと思う。
でも、数年で変わらない女の子なんていないと思う。
だけど、それでも好きなら気づきなさいよ。
「まぁなんにせよ――お待たせ、苺」
柔らかな表情でそう言う仁神君。
私は直視できなくて、視線を斜め下に下ろしながら答える。
「……ほんと待ったわよ。夜の、ばか」
こうして、私たち幼馴染は再会を果たした。
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