第2話 秘境の公園から愛を叫べ

 あれは数か月前のある日のこと――


 やることがなさすぎてふらふらと近所を徘徊して、ふと思い出した人一人いない落ち着いて本を読めるある場所に向かっていた時、偶然にも彼女に遭遇した。


 遭遇した場所は、人目のつかない公園。俺が幼い頃に偶然見つけた、秘境の地。

 そして俺が幼少期に一番足を運んだ公園だった。

 

 その公園はなぜか周りを木で囲まれていて、正直外から見たら何もないように見える。だけどその木の先に、こじんまりとした公園があるのだ。

 子供の気配なんてどこにもない、古びた公園。そこに彼女はいた。


「なんで気づかないのよ! あぁぁムカつく~‼」


 聞こえたのはそんな言葉。

 公園は見晴らしのいい丘の上にあって、街を見渡せた。そんなところだからこそ叫んでしまうのもわからなくはない。俺だったら「美人で巨乳の彼女が欲しい!」って叫んでる。というか叫んだことある。全身全霊で。


 ただ、この言葉を叫んだのがあの甘蜜だということが衝撃的だった。

 いつもクラスでは笑顔を振りまいていて、周りを笑顔にするあの甘蜜が、冷酷な表情を浮かべて愚痴っていたのだ。そりゃ雷に打たれたような衝撃を感じてしまう。

 

 そんな衝撃的瞬間を偶然にも目撃してしまった俺。逃げようとしたときにお決まりのように木の枝を踏んでしまいゲームオーバー。


「誰?」


 何とかして隠れようと試みたのだが完全に目が合ってしまった。

 その瞬間、甘蜜が驚いたような表情を浮かべた。目を大きく見開いて、何か言いたげに口を金魚のようにぱくぱくさせている。


 俺はひとまず両手を上に上げ、敵意がないことを示した。


「あなた……仁神君?」

「……人違いだ」

「なんで嘘つくのよ。明らかにそうじゃない」


 学校にいるときはもっと柔らかくて丸みのある声なのだが、今俺に向けられているのはまさに鋭利な刃物。甘蜜の声が刺さって痛い。


「そのすべてを諦めたような表情に、ゾンビだと疑われてもおかしくない目。間違いないわ」

「なんでそんな覚え方してるんだよ。高二男子が蹲って大泣きするぞ」

「……このこと、誰にも言わないでくれる?」

「このこと?」

「そうよ、今あなたが話している甘蜜苺のことは誰にも言わないって約束して」


 甘蜜に詰め寄られる。

 近くで見るとさらに美しかった。もはや可愛いを逸した美がここにあった。やはり甘蜜を女神だと表現するのは妥当だと思うほどに。

 だがそれは外見だけのようで、内面は実は荒んでいるようだ。少しシンパシーを感じる。


「約束して」

「……約束には、それ相応の対価が必要じゃないか?」


 だからこそ、そんな言葉を返せた。

 たぶんいつもの甘蜜にお願いされれば「承った」の一つ返事で了承したと思う。だって上の者に従うのは当然だから。俺の配下力は世界一。


 だが今は俺の方が上の立場。お願いされてる立場超気持ちい。


「くっ……わかったわ。じゃあ私のメールアドレスをあげる」

「は? なんでそれが対価なんだよ。やすっちぃだろうが」

「交渉成立ね。じゃああなたのスマホをよこしなさい」

「ちょっと待って? こいつ人の話聞かない系なの?」

「しょうがないから携帯番号も付けてあげるわ。あなたなかなか欲張りね」

「もうこの人が怖い。マジで誰と話してるんだよ……」


 太陽のような微笑みを浮かべながら、恐ろしい速度で俺のポケットからスマホを取り出し、勝手に操作していく。パスワードかけとけばよかったと今更後悔した。

 それにしても甘蜜の笑顔が怖い。笑ってて笑ってない。もはやホラー映像だろこれ。


 そんなことを思っている間に操作は完了していて、スマホを返却された頃には電話帳に『甘蜜苺』という名前が登録されていた。

 ……名前だけでこのオーラとかサ〇ヤ人かよ。

 

「これであなたがもしこのことをバラしても、いくらでも対処できるわね」

「はっ……」


 やられた……。

 この時において甘蜜と連絡手段を持ってしまうのはよくなかった。でも防ぎようがなかったんだからしょうがない。不可抗力というやつだ。

  

 だとしてもこいつ策士かよ。いや、もはや軍師。

 対価とか言っておきながら結局は自分の利益になることをしている。敵に回したら嫌な奴だな。ペコペコしよう。


「あと……」

「まだあるのかよ……」


 正直俺は疲弊していた。

 もちろん甘蜜という普段は関わりのない奴と話しているからというのもあるし、一番大きいのは今の甘蜜は攻撃力大だということ。

 なので常に警戒しなければいけなく、精神的疲労が大きい。


 だからもう何も言わないでくれ、と思っていたのだが、甘蜜はさらに追い打ちをかけてきた。



「あなた、グラビアアイドルが好きなのね」



「かはっ!」


 な、なぜそれを⁈

 それを聞く前に、甘蜜は答える。


「フォルダにたくさんあったわ。特に水着が好きなのね。ふーん」

「何しれっと人のフォルダ見てんだよ。ってか最後のふーんが怖すぎるんだけど」

「パスワードのロックもしないで私に渡したあなたが悪いわ。見てくださいって言われてるのかと思ったもの」

「お前が強奪したんだろうが……」


 もうこいつには敵わないんだと、この時確信した。

 さらに言えば、今度は形勢が逆転して甘蜜が上。いや、最初から甘蜜の方が上だったのかもしれない。俺の僕センサーが反応を示している。

 ……なんて惨めなセンサーなんだ。


 無言の圧力。

 どんなに察しが悪くても、何を言いたいのか分かった。


「分かるわよね?」

「……あぁわかったわかった。絶対に言わない。約束だ」

「約束よ」

「あぁ」



 

 これが、俺と甘蜜の出会い。

 

 ここから数か月たった現在、都合のいい奴として俺は甘蜜に愚痴を吐かれている。

 こうして授業中に吐かれることもあれば、深夜の寝る前に吐かれることもある。甘蜜という女は俺の前では傍若無人で、愚痴を吐きたくなったら俺に愚痴を吐くのだ。


 本当に恐ろしい奴である。

 

 俺を無料貸し出ししているサンドバックか何かと勘違いしてんのかな。


『ブブ』


 またスマホが振動する。

 授業中だというのにあいつまだ止まらないのか。ってか、よくバレずにスマホ操作できるな。しかもノールックで。マジ怖い。ほんと怖い。


『甘蜜苺:今日いつもの場所に行くわよ』

『仁神夜:ん』


 またか……。


 スマホを握りしめて、教室後方で肩をガクッと落とす俺だった。

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