第3話 飲みものくらい甘々でいいだろ

 放課後の時間になると、一気に弛緩した空気が流れ始める。

 みんな大好き放課後タイムが訪れて、みんなの気分も上がっているのだ。多分この世に放課後が嫌いな学生などいないと思う。


 でも俺は少し憂鬱だった。だって今からあの甘蜜から、毒の集中砲火を食らうのだから。

 あいつがあんな性格じゃなければ、「放課後美少女とデートだひゃっほい!」と叫んでいたのだが……絶対ひゃっほいできない。


 予習復習のための教材を鞄に入れていく。

 甘蜜はどうやら放課後になったと同時に、女子たちに囲まれたようだった。


「苺ー! 今日駅前のタピオカのお店にみんなで行くんだけど、苺もどう?」

「今大人気らしいから早く行っちゃお! 女子高校生になりに行こ!」


 おっ、なかなかに有益な話じゃないか。

 それに甘蜜が参加すれば俺の放課後タイムは俺に返還される。そうすれば、俺は家でゴロゴロしながらゲームができる。


「……あぁーごめん! 今日は用事があって……また今度!」


 いやなんで断んだよ。俺とその友達だったら普通友達優先するだろ。

 こいつどんだけ毒吐きたいの? ってかもはや毒蛇なの?


「えぇー最近用事多いね。いつもだったら二つ返事でおーけーしてくれるのにぃ……。もしかして……彼氏できたとか?」


 その言葉を聞きつけたクラスの奴らもとい外にいた奴らまでもその話に興味を示し、甘蜜の席の周りに集まってきた。

 路上ライブとかよりも集客率高いだろこれ。動物園のパンダかよ。


「全然そんなことないって~」

「でも最近苺ちゃんらしき人が男の人と歩いてるって聞いたよ~?」

「じゃあやっぱり苺、彼氏いるんじゃないの~? 別に隠すことなんてないんだよ? ほれ言ってみ?」

「だからほんとにいないって~。むしろ、彼氏募集してるくらいだよ」


「「「⁈」」」


 甘蜜の言葉に過剰に反応した男子たち。あからさまにソワソワし始めた。

 女子たちはキャーキャー騒ぎ始めてるし、どんだけ俺の目の前で青春見せつけちゃってんだよ。


 これまた俺にとっては目に毒だったので、これ以上毒を摂取しないように教室を出た。


 本当に高校生というものは、色恋沙汰が大好物のようだ。




   ***




「なんであそこまで高校生って恋愛が好きなのかしら」

「知らねーよ」

「そうね。今のは絶対にわからないであろう仁神君に聞いた私が悪かったわ」

「黙れ猫かぶり女」

「なんか言った?」


 甘蜜がおぞましいオーラを放つ。

 何こいつス〇ンド使いなの? それとも亜〇でも出せたりするの?


 どちらにせよ俺は対抗できず、素直に「ごめんなさい」と謝罪した。

 甘蜜は「ふんっ」と顔をそっぽに向けて、コーヒーをすする。


 現在俺と甘蜜が訪れていたのは、高校の最寄り駅から五駅ほど離れたところにある喫茶店。

 この店はいわゆる隠れ名店であり、この時間帯は人が少ない。いるとしたら、頭を抱えて悩んでいる小説家くらい。


 そんなお店は俺が中学一年生の時に発見して、それ以来ずっとここに通い詰めていたのだ。だが最近では、こうして甘蜜と密会をする場所となっている。


「それにしても仁神君……やっぱりいちごミルク似合わないわね」

「うるせーよ。俺はこれが一番好きなんだ」

「名前が仁神のくせに、甘いもの大好きで苦いもの嫌いとか何なのよ」

「現実が十分苦いんだから、こんなものくらい甘々だっていいだろ?」

「……気持ち悪い」

「うっせ」


 甘蜜に毒を吐かれて苦みを感じたので、すぐさまいちごミルクを喉に流し込む。

 最近はより甘いものを食べるようになった。それも全部甘蜜のせいなんだけどな。


「それで言ったら、甘蜜こそ名前と好みあってねーだろ」


 甘蜜は基本的にコーヒーしか飲まない。それもブラック。

 これは本人には言いたくないのだが、甘蜜がブラックを飲んでいるのはとても絵になる。いや、こいつ何しても絵になんのか。


 俺も昔はブラックコーヒー飲んで大人感を演出しようと思っていたのだが……あの苦さは耐えられない。現実くらい苦い。


「あなたに習って言うなら、現実が甘すぎるからこういうものは苦くないとね」

「こいつムカつくな。天罰が下ればいいのに」


 ここまでに正反対な人間がいるかよ。やはり平等という言葉は嘘っぱちだ。どこにも平等なんてない。

 俺がこの理不尽な世の中に対して愚痴を言いたいくらいだ。ま、俺が愚痴を言ったところで重めのカウンターが甘蜜が返ってくるだけなんだけどな。


 ひとまずこのやるせなさを消し去るため、いちごミルクをもう一度飲んだ。

 甘い。苦みに溢れた世界に甘さが浸透していく……最高だ。


「ほんとあなたっていちごミルクを飲むときだけ表情変わるわよね。無意識?」

「えっ? 俺そんなに変わってたか?」

「無意識なのね……。忠告しておくわ。あなたの笑顔、気持ち悪い」

「忠告どうもー」


 適当に流すも、そう真顔で悪口を言われるのはやはりくるものがある。

 俺はそのすべてを帳消しにするため、またいちごミルクを飲んだ。


 いちごミルクだけ、ほんと甘々。

 

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