第4話 その愚痴どうでもいい

「で、今日はなんで召集されたんですかね?」


 その後三十分ほど「最近電車がクソ混んでてウザい」とか、「虫が多くて鬱陶しい」とかいうほんとたわいもない愚痴を聞かされて。

 さすがに耐え切れなくなった俺は俺から本題へと誘導する。


 だって甘蜜の吐いてくる愚痴、めちゃくちゃどうでもいいんだもん。


「んー……仁神君でスッキリしたかったから?」

「おい言い方。誤解が生まれそうな言い方するな」

「えっもしかしていやらしい方に誤解したの? ……キモっ」

「今のは百パーお前が悪いだろうが」


 間違いなく俺に対して「キモっ」と言うために誘導された気がしてならない。

 正直こいつ、愚痴吐くことそんなないだろ。だからって愚痴吐くことを今作るんじゃねーよ。俺、ガラスの少年なんだぞ。


「で、本題は?」

「普通にコーヒー飲みたかったから」

「へっ?」


 サラッと本日俺に召集がかかった理由が言われた。

 それも「今日はいい天気ですねぇ」バリのどうでもよさ。


 俺の貴重な放課後は……そんなことのために殺されたのか。

 まるで肉親を殺されたかのような気持ちになった俺は、すかさず刀を抜く。


 放課後ちゃんの仇は……俺がとるッ!


「お前さ、そんなことのために放課後ちゃん殺すんじゃねーよ。一人で行け一人で」

「えっ? 放課後ちゃん? 何それ」

「……もはや俺の恋人と言っていい」

「……あぁーなるほど」


 放課後ちゃんとは何ぞやということを察した甘蜜は、余裕気な表情を浮かべてコーヒーをずずっと飲む。

 コーヒーの苦みをたんまりと堪能してから、音を立ててコーヒーカップを机に置いた。


「高校生にもなって放課後ちゃんとか、ネーミングセンスどうかしてるわ」

「うっ」

「それにあなたどうせ放課後一人じゃない」

「ううっ」

「それに恋人とか……あなたまともに恋愛とかできるの?」

「うううっ」

「まぁそれで言ったら、姿形もない放課後ちゃん? を恋人にするのが得策かもしれないわね。せいぜいいい高校生活を」

「……うがーっ!」


 俺の放課後よ……仇どころか俺がぎったぎたにされました。

 あの人強すぎます。人に容赦なくズバズバ言うあたり、ほんとどうかしてます。


 俺は回復ポーションとしておかわりしたいちごミルクを流し込む。

 何とか三途の川を渡ってユートピアに行くのを食い止めた俺は、息を切らしながら甘蜜に降伏宣言。

  

 わが軍の敗北なり……。


「まっ、仁神君で遊ぶのはこれくらいにしてあげるわ」

「もはやライバルとか言う以前に、俺おもちゃなのかよ」


 ここ最近、俺は女性に対して逆らえず、永遠と尻に敷かれるのだろうなと思っている。

 だから絶対結婚はせん!


 少子化問題など知ったこっちゃない。

 それを解決するのはプレイボーイとプレイガールに任せることにする。

 俺は自分の幸せを探求しよう。


「今日あなたをここに呼んだのはね、あなたを少しでもマシな男にするためよ」

「ほう……マシな男、ねぇ」


 それは現在の俺が赤点男とだと言われているようなものなんだが。

 いや、自覚はしている。ただそれを認めようとしていないだけで。


 まぁ言い方に棘があるが、聞く価値のありそうな話のようだ。


「最近私と仁神君が一緒にいるのを度々見られてしまっているのよ」

「……確かに」


 そういえば今日の放課後、甘蜜が女子にそんなことを言われていたような気がする。

 甘蜜自身も俺に愚痴を吐くときは人気のない場所を選んでいるのだが、それでも甘蜜の人望が仇となって見つかってしまうらしい。


「学校のアイドル的存在と、目つきの悪い腐男。これじゃあ私が悪い男に騙されてると勘違いされちゃうじゃない?」


 なぜこいつは一言に俺の悪口を盛り込んでくるのだろう。

 もはや傷をつけられすぎて些細な傷が気にならなくなってきたまである。

 これこそまさに荒療治。毒耐性ついたっぽい。


 ひとまず悪口はスルーすることにした。


「それはさすがによくないと思うのよ。そこで――」

「これから俺と甘蜜のコンタクトを禁止する。万事オッケー」

「ダメよ」

「なんでだよ」


 甘蜜の今抱えている問題を一緒くたに解決できる神的案を提示したのだが……即棄却されてしまった。

 

「それは……」

「それは?」


 珍しく動揺する甘蜜。

 目なんかあからさまに泳いでいて、こうも取り乱す甘蜜は珍しい。


 もしかして――とラブコメを見すぎた俺は思ってしまう。


 だが、


「わ、私が愚痴を吐く相手がいなくなっちゃうじゃない! それだけは容認できないわ!」

「俺大事にされてたー(棒)」


 予想の正直ど真ん中を行く回答に、用意していたツッコみをぶつける。

 やはりこいつに限って、ラブコメのようなことはないのである。


「だから、あなたをイメチェンして、マシな男にするわよ!」


 身を乗り出して、人差し指を突き出してくる甘蜜。

 俺はそれを押し返して、またいちごミルクを飲んだ。



 あっ、これ休日つぶれるやつー。


 もはや落ち込みすらしない俺であった。

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