第5話 国内随一の下っ端力
日曜日。
待ち合わせ時間は午前十時。待ち合わせ場所は甘蜜の家の最寄り駅前。
俺はなかなかの下っ端力の持ち主であると自負しているが、ここまでに理不尽な上司力を持っているのは俺の知る限り甘蜜オンリーワンだ。
休日出勤を当たり前とするブラック企業に勤めている気分になるのだが、致し方ない。
それにぶっちゃけ、俺をマシな男にすると甘蜜に言われて、興味がないわけではなかった。
俺はこれでもかというほどに、自分を騙すのがうまい。
そのため、友達が一人としていないこの現状ですら「まっ、俺としては上出来かな」と自己評価では花丸をしてやっているのだ。
ここまでに自分に甘い人間はいないと思う。
履歴書には必ず、「自分に甘々。だけど世界は対照的に苦い。美しいコントラストだ」って書こう。
だが、この満足した現状からさらに自分を高められるというのなら、喜んで毒を受け入れる覚悟である。
現状に満足しているからこそできる芸当だ。
そんなことを思いながら甘蜜の家の最寄り駅に降りた俺は、時計台の前にあるベンチに座り、本を開いた。
現在の時刻は九時半。
待ち合わせ時間の三十分前だ。
これぞ世界最高峰の下っ端。そろそろ甘蜜から甘い言葉が出てもいいんじゃないかと思う。
「あら仁神君。早いわね」
目の前に現れる少女、を超越した天使。
ワインレッドのスカートに黒のブラウス。加えて黒のベレー帽と底の高い革のブーツを履いていて、いつもと違って大人びたように見える。
加えて片手に駅前のコンビニで買ったらしきコーヒーを持っており、学校では見れないような、普段と違った甘蜜の姿がそこにあった。
思わず言葉を無くす俺。
そんな俺を、甘蜜は訝し気な様子で見た。
「何よ。人のことじろじろ見て」
「いや……お前も女子なんだなと思ってな」
「何? やけに上から目線ね。気に食わないわ」
「俺が何しても気に食わないくせに」
「えっ? なんて?」
「何でもないです」
深い溜息をついた甘蜜は、俺の少し横に腰を掛けると、手に持っていたコーヒーに口をつけた。
この人ほんとコーヒー好きだな。
「待ち合わせ時間の三十分前……律儀なのね」
「まぁな」
「もしかして……楽しみで早く来ちゃったとか?」
「まさか」
「……ウザい」
「ふっ」
ツンデレとかそういうのではなく、ほんとに楽しみで早く来ちゃったわけではない。
ただ俺は甘蜜よりも遅く来て、「女の子を待たせるとか、社会の基本も知らないの? ここまでポンコツだとは思わなかったわ」と罵倒されるのを防いだまでだ。
意外と俺は出来る奴なのだと、甘蜜に示してやりたいという気持ちもある。
「そういうお前こそ、俺と出かけるのが楽しみで早く来ちゃったんじゃないのか?」
ちょっとした出来心でそう言ってしまった。
だが後悔はしていない。
ラブコメのお決まり展開であるならば、ここで「な、なわけないじゃない! あなたと出かけるのが楽しみとか、そんな……べ、別に思ってないんだからね!」というところである。
……どんだけ俺は気持ち悪い妄想をしてんだか。
あと、俺がツンデレヒロインが好きなのがバレた。恥ずかしい。
まぁ甘蜜に限ってそんなラブコメ展開は存在せず、予想通りに待っていたのは最高に嫌そうな顔。
ここまで予想通りだと笑えて来る。
「私は誰との待ち合わせでも三十分前に来るわ。人の寛容さというのは、余裕からくるものだと考えているの」
「その意気で毒を吐くのも控えていただきたいんですがねぇ」
「……いい朝だわ」
「なるほど、これが甘蜜のいう余裕か。すごいな」
この女王様度にはさすがの俺もドン引きである。
だがそこは真に『寛容』である俺が受け止めてやる。
そう、真に『寛容』である俺が。
「まっ、揃ったことだし行くとするか」
読みかけのページに栞をはさんで、ぱたんと閉じる。
それを片手に立ち上がり、甘蜜を見下ろす。
「そうね。ここで長話するのは至極無駄だものね」
「あぁ」
なんだろう。その言葉にすごく俺に対する毒が感じられる。
気のせいだよね? うん、気のせいだということにしておこう。
「あっ、そういえば」
思い出したように、甘蜜が口を開く。
「あなたのその恰好、想像通りにダサいわね。イメチェンし甲斐があるわ」
「このクソ野郎!」
十分くらい真面目に服選んだこと、絶対にこいつには言わねぇ……。
そう決意する、自分で寛容って言っておきながら即フラグ回収した俺だった。
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