第6話 美容師のお姉さんってなんか可愛い

 着いたのは、甘蜜の家の最寄り駅から三十分ほど電車で移動したところにある大型ショッピングモール、『るるぽーと』。


 日曜日ということもあって、電車から降りてるるぽーとに繋がる道は激混み。

 それを抜けて店内に入ってもなお、周りを見渡せば人、人。

 開始数分で俺のメンタルはクラッシュされ、ぼへぇ~と魂を吐き出してしまった。


「ちょっと仁神君? あなた生きてる?」

「人、多すぎ……」

「いや、いつもの目からして死んでるわね。ゾンビって初めて見たわ」

「ゾンビじゃねーよ。生きてるっつーの」

「じゃあその目は何? 特殊メイク?」

「なんで常日頃から特殊メイクしてんだよ。毎日ハロウィンかよ俺は」


 自分でも「良いツッコみだなぁ」と思うツッコみをあたかも当然のようにスルーした甘蜜は、人混みをかき分けて進んでいく。

 そんな甘蜜を横目にため息をつき、その小さな背中を追う。


「今からどこに行くんだ?」

「美容院よ。まずはあなたのもさもさした髪をどうにかしようと思うの」

「へぇーちゃんとプラン練ってあるんだな」

「あくまでも効率を重視した結果よ」

「……可愛くねぇ」

「えっ?」


 絶対聞こえてるのにあえてもう一度言えって言ってるんだよなぁこいつ。

 勝手な想像だが、甘蜜は拷問が得意そうだ。

 

 ……まぁ一部の層には、むしろ拷問してくれという人もいるかもしれないが。

 ちなみに俺にそんな趣味はない。痛いのちょー嫌い。


 俺が甘蜜の一歩後ろを歩く形でるるぽーと内を歩いていき、数分で目的地の散髪屋に到着した。


「こんにちは~」


 甘蜜がカウンターにそう声をかけると、カウンターのお姉さん方は満面の笑みを浮かべた。


「あら苺ちゃんいらっしゃい! 一か月ぶり……くらいね。今日はカット?」

「いえ、今日は私じゃなくてこの子のカットをお願いしたいんです」

「この子……」


 甘蜜の手の先にいる俺。

 いかにも美容師っぽいお姉さんと視線が合うと、俺と甘蜜を交互に見てにやにやし始めた。


「もしかして……彼氏ぃ?」

「ち、違いますよ! 仁神君は彼氏というより弟、みたいな感じなんです。すご~く世話の焼ける」


 いや俺弟なの?

 どっちかって言ったらわがままな妹を受け流すイケメンの兄だと思うんだけど? それも世話焼いてるのこっちだし。


 ……わかってますバレないと思ったんです自然にイケメンって入れても。

 それぐらい許せよ。


「彼氏さんの方は、どうなのぉ?」

「こいつの彼氏なんてごめんです」


 即答してやると、お姉さんの背後で甘蜜がおぞましい視線を向けてきた。

 じゃあ俺はどうすればよかったんだよ。これで俺が「はい。彼氏っす」って言ったらブチギレるだろうが。


 それにしても学校での、普段の甘蜜天使スタイルはやはり苦手だ。

 あの聖母のような笑顔の裏にとんでもない毒吐き野郎が隠れていると分かっていても、本能的にこいつに負けを認めてしまう。


「えぇ~じゃあ二人は恋人じゃないのぉ?」

「「違います」」

「あら息ぴったり♡」


 上機嫌な美容師のお姉さん。

 こういうお姉さんは、嫌いじゃない。いや、むしろタイプである。

 年上の可愛い女性、ドンピシャ。


「そろそろいじるのは勘弁してくださいよ~」

「えぇーあと一時間くらいは遊べるのに~」

「仕事してください!」

「お茶があれば一日はいけるわね」

「仕事!」


 甘蜜がツッコみを入れるというのは実に珍しい。

 ほんとこの女、変わり身がすごすぎる。


 だが人には必ず裏表がある。

 きっとこの人が好さそうなお姉さんもまた、陰では誰かの愚痴を吐いているのだ。

 それに聞いた話によると、女性というのはたくさんの顔を持っているらしい。


 それに倣えば、甘蜜が毒を吐く顔を持っていても不思議なことではない。

 ただ、表と裏の落差がひどすぎるんだけどね。

 ほんとエンジェルフォールかよ。

 

「えぇーん苺ちゃん厳しいぃ~」

「厳しくないです。これが世の常識なのです」

「世の中世知辛いわぁ~」


 そんなたわいもない会話を終えた美容師のお姉さんは、椅子に座って本を読む俺の方にやってくると、俺の耳元に口を寄せて、囁いた。



「苺ちゃんのこと、大切にしてあげてねぇ?」



 ほんとそう言うのじゃないです、そう言いたかったけど、タイプの女性から急接近されたことに動揺した俺は「は、はい」と答えてしまった。

 

 俺の返事に満足したお姉さんはニコッと微笑むと、仕事モードに移行した。

 そんな些細な仕草に、緩みきった俺の心が撃ち抜かれる。



 ……いつか美容師のお姉さんと結婚しよう。



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