第16話 幼馴染から

 俺たちはこうして、毒を吐く吐かれる関係から幼馴染という関係に戻った。

 でも未だに実感がない。

 自分でちょっとカッコつけてセリフを吐いたけど、正直苺が俺の幼馴染だったことが信じられない。


 ふと思い出す、るるぽーとに行った日の帰りのこと。

 俺は確かに苺に、俺の初恋相手は幼馴染だと言った。

 そして苺は、実は幼馴染だった。


 つまり……俺は本人に、「初恋相手は君だ!」と告白したことになる。


 ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁやらかしてるぅぅぅぅ!!!!

 それほとんど告白じゃねーか! だからあんなに苺動揺してたのかよ!


 あぁ……死にたい。


「ちょっとどうしたのよ夜。そんな取り乱して」

「いや、ちょっと過去の行いを恥じてる最中なんだよ今」

「……どういうことよそれ」


 上目づかいで俺のことを見てくる苺。

 その目で見られると正直全部ぶちまけたくなってしまう。


 だけどそんなの……恥ずかしくてできるわけがねぇ。

 というか今日の俺よく考えたら主人公しすぎてる。よく恥ずかしげもなくあんなことができたものだ。


 今この段階で我に返ってしまった俺は、イケメン主人公タイム終了。

 いつものポンコツな俺に戻ってしまったようだ。


「その……私はさ、あなたの幼馴染なのよね?」

「……そ、そうだけど?」

「それはつ、つまり……は、初恋相手なのよね……」

「うっ」


 痛いところを突かれてしまった。

 穴が入ったら入りたいという気持ちとはこのことか。いや、穴があったらとか、受動的じゃなくてもっと能動的に、穴を掘って入りたいという気持ちだ。


 その後言葉を紡がずに無言の視線を向けてくる苺。

 もしや……と一つの疑惑が脳裏を過った。


「……」

「……」


 いや、これは間違いない。

 さすがにここまで鈍感な俺ではなく、この視線が何を訴えているのか分かった。


 これは完全に――待たれているッ!


 だが俺に告白などの経験はなく、むろんその勇気も持ち合わせていない。

 だけど俺も男の端くれ。ここはズバッと言うべきであることはわかっている。

 わかっているんだけど……言葉が出てこなかった。


「……あ」

「あ、あ?」

「あ……アメリカン」

「はぁ、コーヒー」


 ため息をつきながらも乗ってくれた苺。

 ささやかな支援を感じた。


 さすがにこれは言うしかないだろ。

 俺はもう一度主人公ムーブを取り込むため、大きく深呼吸をした。

 

 大丈夫だ。きっと言える。

 だって何年も想ってきた気持ちなんだ。簡単に言えるわけがない。

 だから今俺が言えないでいるのも正常なこと。何も俺がチキンだからってわけじゃない。


 こういう時こそ、言葉を重ねなくていいんだ。

 シンプルで、シンプルでいこう。


「い、苺!」

「は、はい!」

「……」

「……」


 言葉が出てこない……。

 言いたい言葉はわかってる。もう喉元まで出かかっている。

 だけどそれが苺に届かない。届けられない。


 極度の緊張。

 汗がじんわりとにじんできているのが分かった。

 

 そんな俺の姿を見て、苺がため息をつく。

 そして一歩俺に詰め寄って、下から俺を見上げるように言った。








「好きよ、夜」








 こうして、俺は苺に告白のセリフを言われてしまい、「また待たせるんじゃないわよ、ばか」と頬を真っ赤に染めた苺に罵られたのだった。




 幼馴染から――恋人へ。


 今俺たちのはるか上にある秋の空のように、一瞬にして変わった関係。

 だけど今の関係はもう変えたくないと、お互いに思った。


 いや、きっと大丈夫だ。変わることはきっとない。

 そんな根拠だらけの自信が、俺たちの中にあった。



「これからも愚痴は吐くけど、いい?」

「満員電車がウザいとかいうどうでもいい愚痴でも何でも聞いてやるよ」

「まぁ女の子に先に告白されちゃうくらいだものね?」

「……それだけはほんとに勘弁してください」


 ベンチに座って、二人で街を一望する。

 この高さからの景色は、あの時にフェンスにしがみついて、食い入るように見ていた高さと同じで。


 懐かしさを感じながらも、右手にある温かなぬくもりを離したくはないと、そう強く思った。


「ひとまず、夜の両親に久しぶりに挨拶でも行こうかしら」


 そう言って立つ。


「ちょっと苺さん? それは早すぎません?」

「早いにこしたことはないと思うけど?」

「だから早すぎるんだっつーの!」

「さっ、行きましょ」

「やっぱり俺の話聞いてないんですね……」


 相変わらず上下関係がはっきりしている。

 完全に、尻に敷かれてんだよなぁ俺。


 鬼嫁とはこのことか、と思いながら苺に手を引かれるがままに、苺の後ろを歩く。


「なんか楽しそうだな」


 そう聞くと、俺の方を向いて満面の笑みを浮かべながら言うのだった。




「当たり前よ。だって私、幸せだもの」




 その言葉に、俺も思わず笑ってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る