第9話 クラスメイトと遭遇

「おぉー」

「まっ、こんなものかしらね」


 鏡の前で感嘆の声を上げる俺と、珍しく満足気な表情を浮かべる甘蜜。

 現在店で甘蜜プロデュースの服をすべて着た俺は、入店したときの俺とは思えないほどに生まれ変わっていた。


「俺でもこんな好青年になれるもんなんだな」

「そうね。あとは顔を取り換えれば完璧に好青年よ」

「それもはや俺じゃないじゃん。ってかアン〇ンマンじゃないんだからそんなことできるわけねーだろ」

「……ツッコみが微妙に的確でウザいわね」

「もはや何しても俺はウザいだろ」


 心なしか、毒を吐くときの甘蜜の目が前ほど鋭くはない。

 あれか。案外俺キマっちゃってるんじゃないか? だからこんなにも甘蜜ドヤ顔してるんじゃね?


「今なら渋谷の街もドヤ顔で歩けそうだ」

「それはないわ。調子乗りすぎ気持ち悪い」

「えっ、えー」


 やっぱり調子乗りすぎだったか。

 いや、薄々思ってたんだよ? 俺なんかが渋谷の街ドヤ顔で歩けるわけないって。


 だけど人生で初めて外見に気を遣ってちゃんとしたら「案外いけるんじゃね?」って悪魔が囁いたんです。

 つまり俺のせいじゃない。悪いのは俺をたぶらかした悪魔だ。


 そんな脳内言い訳をして自己防衛をはかる。

 だが少しだけ恥ずかしい気持ちが心の中にあって、今すぐ枕に「うがぁーっ!」って叫びたい気分になった。


「まぁあなたが気持ち悪いのはいつものことだし、ここは何も言わないであげるわ」

「もうすでに気持ち悪いを二回言われてる件について、どうおか――」

「もう日が暮れちゃうわ。帰りましょう」

「……ん」


 俺という人間はどこまでも寛容で、ここはお口チャックでこれ以上火花を散らすのはやめにしてやる。

 と言っても正直なところ、俺が何か言い返せば毒を集中的に浴びせられるだけ。つまりただの自爆行為だ。

 

 つまりこれは戦略的撤退。決して甘蜜が怖いからというわけではなく、意味のないことはしないだけ。

 またもや脳内で言い訳をしては、店を出ていく甘蜜の一歩後ろを歩く。


 そういえば今日の出費、三万。

 

 ……ほんとマジで痛い。




「あれ? 苺じゃん!」

「あぁー苺いたー! 今日も相変わらず可愛いなぁこの~」


 後ろから声が聞こえてきて、振り返るとそこにはクラスで最も甘蜜と仲がいいと言っても過言ではない、いわゆる『真の陽キャ』がいた。

 隣の席の奴の名前すら知らない俺でさえ、この二人の女子を知っている。


 那由多葉月(なゆたはづき)と榊真由美(さかきまゆみ)。

 二人とも甘蜜には及ばないが校内随一の美少女であり、人気も凄まじい。


 そんな二人に今この状況を見られるのはマズイ。

 だが時すでに遅し。視界にはばっちり俺と甘蜜を捉えていた。


「あれ? 仁神君と一緒なの?」

「珍しいコンビ……っていうか、仁神君だいぶ印象違うね」

「あ……そ、そうっすね」


 ……なんだこのコミュ力は。

 オーラがもうそこらの女子とは違う。

 普段女子とは……っていうか人とあまり話さない俺でさえ、そのオーラに飲まれてぎこちないが返事をしてしまった。それも敬語で。


 俺は完全にこの二人に圧倒されていた。


「っていうか二人はどういう関係なの?」

「なんか仲良さげな感じだけど~?」


 甘蜜に一気に詰め寄る二人。

 三人が揃うとアイドルばりに花があって、俺たちの前を通っていく人々は何度もちらちらと彼女たちを見ていた。


「ちょっと葉月真由美近いって~! 一旦落ち着こ? ね?」

 

 天使モードでそうなだめようとする甘蜜であったが、恋バナとなれば女子高校生は止まらない。

 猪突猛進の勢いでさらに距離を詰めていく。


「さては最近付き合いが悪かったのも、仁神君とデートしてたからだなぁ?」

「ち、違うって! ほんとそんなんじゃないって!」


 まぁ実際、俺に愚痴に吐いてたから七割間違いじゃないんだけどね。


「遂に苺に彼氏かぁ。いやーほんと羨ましいぞこの幸せもの~!」

「だからほんとに仁神君はか、彼氏なんかじゃないんだって!」

「じゃあこの状況からどうやってそれを証明するのかなぁ? 二人ともおしゃれしちゃって~!」

「全然デートなんかじゃないから! か、神様に誓える!」

「信じられないなぁ。ほんとに二人はどういう関係なのぉ~???」


 これが女子高校生の勢いってやつか……。

 俺は一人、三歩後ろからその熱を感じていた。


 甘蜜でさえも勢いづいた二人をおさめられない様子。

 致し方ないなとため息をついて、俺も弁解することにする。


「俺と甘蜜は別に二人が想像してるような関係じゃない」


 今度はぎこちなさもなく、ちゃんと言えた。 

 だが安心したのも束の間、今度は俺をロックオン。


「嘘つけ~! 二人で休日にショッピングモールとかデート以外ありえないでしょ!」

「もう吐いちゃえよ~、言っちゃえよ~!」

「っ……」


 距離が近すぎる……!

 それになんかめちゃくちゃいい匂いがするし……なんだこれ、マジでなんだこれ!


 女子に免疫のない俺は二人の美少女に急接近されたことで、いとも簡単に頭の中が真っ白になってしまった。


 あかん……。


 そう思った時だった。

 甘蜜が顔を真っ赤にして言った。



「私と仁神君は……お、幼馴染なの!」



 ……。


 ……。


「「「は?」」」


 

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る