第10話 乙女心は男にはわからない

「ごめんなさい……」


 ベンチに座って開口一番にそう言ったのは、甘蜜だった。

 珍しく本当に申し訳ないと思っている様子で、俺は思わず持っていたいちごミルクと缶コーヒーを落としそうになる。


「まぁ気にすんな。っていうか、そもそも俺が気にしてない」

「……そう、ならよかったわ」

「立ち直りはえぇな」

「私は悪くないってわかったなら折れてる必要ないでしょ?」

「ちょっとカッコつけたセリフの後に言いたくないんだが……お前少しくらいは悪いと思うぞ」

「……ごめんなさい」

「冗談だ。気にしてない」

「どっちよ!」


 これまた珍しく甘蜜がツッコむという形。

 なるほど、俺たちの会話にこういう形態があるのか。これだと俺が主導権を握ってるみたいでちょー気持ちい。

 

 国内随一の下っ端力を持っていると自負しているが、下っ端でもたまには上に立ちたいと思うのである。


「ん」


 手に持っていた缶コーヒーを差し出す。

 ちなみにちゃんと微糖。やっぱ俺下っ端力高い。これこそ、お・も・て・な・し。

 俺は日本人に大事なソウルをちゃんと引き継いでいるようだ。


「……ありがとう。案外気が利くのね」

「まぁな」

 

 なんだ今の甘蜜は。

 今俺褒められたよな? お礼も言われたよな?

 明日雪でも降るの?


 俺は甘蜜の正面に立ったまま、いちごミルクにストローを刺す。


「これからは一応、クラスでは幼馴染で通すのか?」

「そう……ね。でも多分大丈夫よ。あの二人には秘密って言ってあるし、わざわざ大々的に言う必要もないわ。だからいつも通りでいいわ」

「なるほど、了解」


 甘蜜の幼馴染発言の後。

 ぱーっと目を輝かせた二人は、俺と甘蜜が幼馴染であるということに納得してしまい、なぜかにやにやとした視線を向けられた。


 甘蜜の計らいで二人には秘密だと口止めしたのでクラスの連中に嘘情報が洩れる心配はない。

 だがまぁ、あの二人からは変な視線をこれからもらう気がするけど……。


「どうでもいい話なのだけど、あなたって幼馴染いる?」

「唐突だな」

「いいから答えなさい」


 教師が生徒に対して説教をするよりも鋭い視線を向けられる。

 そんな視線を当然跳ね返せるわけもなく。

 俺はこの質問に対して答えるしかなかった。


「昔いた」


 簡潔にそう答えると、甘蜜は数秒の間、缶コーヒーをじっと見つめていた。

 ちょっとおかしな甘蜜を横目に、いちごミルクを飲む。


「そう」

「ん」


 甘蜜から聞いといてその素っ気ない返事はなんなんですかね?

 やっぱり女心はわからないなぁと思っていると、またしても甘蜜から突拍子もなく質問が飛んできた。


「仁神君はさ、好きな人……いたことある?」


 依然として缶コーヒーに視線を注ぐ甘蜜。

 あの二人に問い詰められたことが原因だろうか。まぁ二人に挟まれてたし、甘蜜もピンクになったのかもしれない。

 

 いや、オセロかよ。


「さぁ」

「……答えて」

「知らんなぁ」

「……お願い、答えて」


 今度は俺に視線が向く。

 どこまでもまっすぐに、俺を突き抜けて遠い彼方までも見据えているような、そんな眼差し。


 はぁ、とため息をつく。

 急にそんな目で見られたら、答えるしかないだろ……。


「あるよ。一度だけ」

「……誰?」

「これ以上俺の恥ずかしい話を赤裸々に語らせないでくれ。恥ずか死ぬ」

「じゃあ恥ずか死んで」

「迷わず死ねと言えることがすごい。前世軍人さんか何か?」


 話をそらすための軽いジョークを沈黙で撃破。

 その後は言葉は使わず、沈黙と視線でじりじりと追い込まれていった。

 

 どうせ甘蜜は俺の好きな人を知らない。

 だから言ってもいいと思った。



「はぁ……その幼馴染だよ。これで満足か?」


 

 そう言った瞬間、体のどこかを銃弾で突如貫かれたような、そんな表情を浮かべた。

 手に持っていた缶コーヒーはポップな音を立て、地面をコロコロと転がっていく。


「そ、そうなんだ……ありがとう」


 無表情でそう言う甘蜜。

 甘蜜が今抱く感情が、俺には全く分からなかった。

 なぜなら、甘蜜の表情が嬉しいようにも見えるし、悲しいようにも見えたから。いや、ちょっと怒ってるようにも見える。


 一体甘蜜の抱く感情はどれなのか。

 そのことを考えていると、甘蜜はばっと立った。


「か、帰るわ!」

「……は?」


 俺が続いてベンチを立ったのは甘蜜の背中が米粒くらいの大きさになった時。

 一人半分くらい残ったいちごミルクのパックを片手に、もう一度ベンチに腰を掛ける。


「ほんと、どういうことだよ……」


 女心という以前に、甘蜜の心が分かる気がしないかった。

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