第11話 心に決めた人がいる

 休日が終わり、月曜日。

 俺は大きなあくびをして、目を擦りながら昨日のことを考えていた。


 途中に甘蜜が帰ってしまったこと。

 俺が何か言ったのかもしれないが、全く見当がつかない。

 結局いくら考えても答えは出ず、教室に到着した。


 もちろん友達なんていない俺は空気のように教室を通り抜ける――はずだった。


「……?」


 教室に入ると、多数の視線を向けられた。

 こんなこと普段はありえない。

 

 ただ、普段と違うことはもう一つあって。


「で、苺ちゃんはあの男の人と付き合ってるの?」


 まるで甘蜜が異質な存在のように、クラスで浮いていたのだ。

 いや、正確に言えば俺のような浮き方はしていない。


 いつものような、憧れと好意を含んだ視線ではなく、嫉妬と怒りと好奇心を含んだ視線が多数甘蜜に向けられていた。


「あの男の人って誰?」

「私見ちゃったんだよね。苺ちゃんが知らない男の人と歩いてるところを」


 ……それ、絶対俺じゃん。

 あの二人はさも当然のように気づいていたが、どうやらだいぶイメチェンしていたらしい。

  

 甘蜜の意図通りではあるが、この状況はきっと望んではいなかっただろう。


「で、どうなの? やっぱり付き合ってるんでしょ?」

「……」


 クラスの女子にはおそらく全く悪意はないだろう。

 ただの興味本位で、いつもの世間話のように恋バナを持ち出しているだけ。

 だからこそタチが悪い。


 でもこの女子は、甘蜜の恋愛に関する話を人前ですることがどれだけタブーなのかわかっていない。

 この状況を生み出したあの女子はなかなか重罪だ。


「私たち友達でしょ? それくらい教えてくれたっていいじゃん? ねっ?」


 それは友達とは言わない。

 ただ自分の価値観を他人に押し付けてるだけの、身勝手な行為でしかない。

 

 こんなまがいものが友達であるなら、一生友達なんていらない。

 

「まぁまぁ花もあんまり聞いちゃダメだって。苺も困ってるでしょ?」

「あと場所考えよ? 苺の恋バナは銀行の暗唱番号級に極秘なんだからね?」


 すかさずフォローする甘蜜と仲のいい那由多と榊。

 こういうのが友達ってものだと、友達のいない俺は思う。


「いやでも~、二人も気になるでしょ?」

「まっ、まぁそれはそうだけど……」

「だったら聞いてもいいと私は思うんだけどなぁ」


 この女、なかなかに自分勝手で反吐が出る。

 全身から嫌悪感が溢れ出てきて、全身で「この女が嫌だ」と叫んでいた。


「こっそりでいいからさぁ、ね?」


 そう言って甘蜜に近づく女。

 真の友人である二人はなかなかに気まずそうな表情を浮かべながら、どうすることもできないでいた。


 これは見てられない。


 クラスで元々認識すらされていない俺だ。

 とっくのとうに誰かから好かれよう何ぞ思っていない。

 そんな俺だけができる技で、クラスの注目を俺に――


 そう思って、バッグの持ち手を握った瞬間だった。



「わ、私に彼氏はいないから! だって……心に決めてる人がいるから!」



 甘蜜はそう言い放って、勢いよく教室の外に出ていった。

 ぽかんとするクラスメイト達。


 中には思わず「可愛い……」なんて呟いている人もいて。

 でも俺はあの甘蜜があんなにも取り乱したことに驚きを隠せないでいた。


 だけど自然に動いた足。

 気づけば俺は、甘蜜の背中を追っていた。

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