第12話 喜怒哀楽。それから

 逃げ出してしまった。

 取り乱してしまった。


 普段の私だったら絶対にあんな風にはならなかったと思う。

 だって私は甘蜜苺。どんな人からも尊敬と憧れの視線を向けられる甘蜜苺なのだから。


 でも、きっとそんな私が変わってしまったのは、間違いなく仁神君との出会いがあったからだと思う。

 ほんと仁神君のせい。


 私がどんなに愚痴を吐いても軽く受け流すだけだし、なんだかんだ言って礼儀正しくて律儀だし。

 仁神って名前のくせに私を甘やかしたのが悪い。


 どんなに唐突に呼び出しても必ず来てくれる。

 いや、もしかしたら用事が何一つないのかもしれない。そっちの方がリアリティがあるわね。


 昨日、今までに見せたことがないような温かい微笑みで好きだ、だなんて言うのが悪い。

 あれは絶対に気づいてない顔をしてた。遠いところを見ていた。

 そんなそんな、仁神君が悪い。


 私はとにかく走った。

 運よく教室の近くに階段があって、誰にも遭遇しないで階段を駆け上がる。

 確かもう一個上の階には空き教室がたくさんあったはずだ。


 今はとにかく一人になりたい。

 昨日からざわめきっぱなしの心をどうにか落ち着かせたい。

 私はそう思って、一番階段から遠くの空き教室に入った。


 そういえばここ、告白の場所として有名だったっけ。

 今はそんなこと、どうでもいいけど。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 予想通り、空き教室には誰もいなかった。

 沈黙が横たわっているだけ。今の私には絶好の場所だった。


 体育座りをして、俯く。


 今の私の頭の中は、仁神君で溢れていた。

 その周りを、喜怒哀楽の感情たちが渦巻いている。

 でも一際目立つ、この気持ち。






「私、仁神君のこと好きだ」






 今も、昔も抱いたこの感情。

 私はこの本心を呟いたとき、同時に涙までも出してしまった。

 だけど止まる様子はない。


 やっぱり仁神君のせいだ。


 高校に入学した日、私はすぐに仁神君が夜君だと気づいた。

 中学校は東北だったのに、いつの間にか帰ってきていたのだ。

 ほんと連絡くらいしてほしかった。


 だけど仁神君は、私のことに気づいていなかった。

 すごく悲しかった。裏切られたような気分だった。


 でも私たちはいつも一緒に遊んでいたあの場所で再会を果たした。

 あれは間違いなく運命だ。だってあの場所で、私たちをもう一度出会わせてくれたんだから。


 だけどまたしても、仁神君は私が苺であることに気がつかなかった。

 確かにいろんなところが変わったと思う。

 だって私は女の子だから。三年経てば当たり前のように変わる。


 でもどこか気づいてくれるんじゃないかと、そう思っていた。 

 だけどあいつは全く気が付かなかった。ほんとムカつく。

 だから私は、仁神君に毒を吐いてやることにした。


 私のささやかな仕返しだった。


 だけどそんな日々も楽しくて、楽しくて……。

 また涙が、頬を伝っていく。


「もう私、ダメだな……」


 そう呟いたとき、教室のドアがガラッと開いた。


「はぁ、はぁ……」


 そこには息を切らした仁神君がいて、言葉が出てこなくなる。


「ほんと、ダメな奴だよ。お前は」


 そしてにやりと笑って、仁神君はそう言うのだった。

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