第13話 蘇る昔の記憶

 走った。

 とにかく走った。


 たぶん体育の授業でもこんなに走らないと思う。

 もしかしたら一生の中で一番走る出来事になるのかもしれない。

 動くことを嫌う俺なら全然あり得る話だ。


 甘蜜が階段を上がっていく。

 だが俺の速度はどんどん落ちていって、一度ゼロになった。


「はぁ、はぁ……あいつ早すぎだろ。ジャングル育ちか?」


 そんなバカげた冗談に誰もツッコんでくれない。

 当たり前のことだが、もしあいつがいたらきっと一刀両断するんだろうなと思う。


「ふぅー……よし」


 俺はもう一度走り出した。

 そんなに距離はない。

 

 階段を駆け上がっていく。

 階段を登り切ったのだがもうすでに甘蜜の姿はなかった。


「マジかよ……あいつどこ行った?」

 

 この階には空き教室が結構な数ある。

 当然甘蜜が選びそうな教室なんて推理できるわけなくて、というかそんなのめんどくさくて。


「これは一つずつ全部見ていくしかないな」


 俺は全部の教室を確認することにした。 

 その単純な繰り返し作業の中で、思考に余念が生まれる。


 俺はいま探している、甘蜜のことを考えていた。


 甘蜜が珍しく取り乱して、こうして教室から逃げ出したこと。

 甘蜜がよくわからない質問をしてきて、逃げ出したこと。

 クラスメイトにあって俺たちの関係は幼馴染だと言ったこと。

 女の子らしく目を輝かせて服を選んでたこと。口論したこと。

 行きつけの喫茶店に行って、とんでもなく愚痴を吐かれたこと。

 授業中にメールしてきたこと。


 甘蜜とあの公園で、出会ったこと。


 今から昔へと遡っていった記憶は、それを超えてさらに昔へ。

 今まで思い出してこなかった、懐かしい記憶が蘇った。




   ***




「こっからの眺めいいでしょ? 偶然見つけたんだ」

「だね。すっごくきれい」


 隣で俺の手を握る子は、目をキラキラと輝かせて、この秘境の公園から見える景色をじっと眺めていた。

 俺は景色を横目に、その子を見ていたけど。


「ここはきっと、思い出の場所だね」

「思い出の場所?」

「そう! きっと大きくなっても、たくさんのことを忘れても、この場所だけは忘れないと思うんだ」

「……そうだね。きっとそうだね! 私たちが大きくなったら、またこうして一緒にこの景色を見たいな」


 そんなことを言う〇はやっぱり可愛くて、正直どこでも〇がいればいいやと思った。 

 そういえばこういう感情を『恋』って言うんだと、誰かが言ってたっけ。


「きっと見れるよ! 約束する」


 繋いでいた右手をぎゅっと握る。

 すると〇もぎゅっと握り返してきた。


「うん! 約束だよ!」




   ***




 なんで今のタイミングで、この記憶が蘇ったんだろう。

 それを考えたら、俺はあることに気が付いた。


「もしかしたら、あいつは……」


 ぼんやりとモヤがかかった記憶。

 そんな記憶だから確証はない。けど、その可能性は、きっと高い。


「はっ、マジかよ……」


 笑わざる負えない。

 だって俺は、本人に言ってしまったんだから。


 全部のパズルがすっとハマるような、そんな感覚があった。

 やっぱり、そうなんだな。


 俺は一心不乱に教室を見て回った。

 だけどだんだんとどこにいるのかが分かってきて、それでもあえて順番に確認していく。


 そして残すところあと一つの教室になった。


「私、もうダメだな……」


 甘蜜の声がする。

 俺はすぐに、ドアを開けた。


「はぁ、はぁ」


「……」


「ほんと、ダメな奴だよ。お前は」


 そして、開口一番にそう言い放った。

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