第3話【懺悔】

## 01


 オオカワの中央北側、月見が島25番地にその家はあった。


 二階建ての庭付き一軒家。古びた木造家屋。部分的にリフォームされているせいか、全体的にちぐはぐな印象のつきまとうその家が、ニールとユマの叔母、サイカと転移者、小鳥遊たかなし斎賀さいかの暮らすところだった。


「斎賀、昼食の準備をしてくれ。簡単なもので構わないから。……構わないね?」


 一階のリビングにはサイカとニール、そして斎賀の三人がいた。サイカの確認に、ニールはうなずく。


「なんでもいいが、多めだとありがたい。朝、魚を一匹食っただけなんだ」


 ニールの言葉に、斎賀はただならぬものを感じつつ「了解しました」と返事した。早足で台所へと駆けてゆく。


 それを見届けたサイカは椅子に座って、テーブルの上の冷めたコーヒーをすすった。


「……キミがいなくなってから、色々なことがあったよ。この、コーヒーの普及もその一つだ。はるか西での、200年続いた戦争がようやく終結してね、豆がようやく一般に流通するようになったんだ。……もっとも、この飲料をコーヒーと呼ぶのは正しくないわけだが」


「……なんで今、そんなことを?」


「重要な話なら、みんなが揃ってる時にした方がいいだろ? それまで雑談でもしようじゃないか」


 サイカはにこにことした表情で、テーブルを叩いてニールに自分の反対側に座るよう勧める。


 ニールがそれに従うと、サイカは世間話をするような調子で言った。


「これは私の推測なんだが、メイグラーヤは負けたんだね? だから、村は滅んだ」


 その言葉にニールはぎょっとする。まるで見てきたかのような言い分に、表情を硬ばらせてしまった。それは言葉よりも強く、サイカの推測を肯定する。


「はっ」


 ニールの顔を見て、サイカは吹き出した。コップから飛び出たコーヒーが粒になってテーブルクロスに黒いしみを作る。


「待ってくれ。そんな演技するなよ。しばらく見ない間に性別だけでなく、性格まで変わったのか? なあ、そうだろ?」


「…………」


「ははっ……勘弁してくれ。こっちは最悪の展開を戯れで口にしただけなんだから、なあ。そんな顔をするなよ。演技なんだろ。アキナイに対して見せたような、演技じゃ…………ない、のか」


 うなだれるサイカに、ニールは掛ける言葉がない。村の滅びに対して、何もできなかったという事実を受け入れるだけだ。


 重く沈んだ空気漂うリビングに、ユマが入ってきた。


「ありがとう、サイカおば……姉さん。ちゃんと着られたよ」


 ユマが着ているのは、サイカの私服だ。白のシャツに黒のパンツの組み合わせはユマの足の長さを際立たせていた。


「へ、へんじゃない……よね?」


「ああ。似合ってるよ、ユマ」


 ニールが言う。


「昼飯、用意してくれるらしいからそっちのテーブルで待っててくれ」


「兄さんは……?」


「オレはちょっと、こっちでサイカ姉さんと話をしてる」


 ユマはうなずいて、縁側近くのテーブルにぺたりと座った。


 ユマのおかげで空気が変わったのを好機と見て、ニールはサイカに一つ頼み事をする。


「さて。そういうわけだからオレたちには住む場所がない。そこで、オレたちをしばらくの間、この家に住ませてほしい」


「……ああ、そのことなら構わない。どうせ部屋も余ってるからね」


「村についての詳しい話は食事時にする。あの転移者……小鳥遊と言ったか……彼にもオレたちの事情は知っておいてもらいたいしな」


「了解した。まだ少し、心の整理がつくまでに時間はかかりそうだが……キミ達がそうやって前を向いている以上、私も嘆いていてはいけないよな」


 そう言って、サイカはコップに残ったコーヒーを飲み干した。


## 02


「お昼、できましたよー」


 エプロンをつけた斎賀が運んできたのは、大きなザルに入った麺だった。斎賀はザルを縁側のユマがいる方のテーブルに置いて、


「昨日のが残ってたのでお昼もこれにしました。このザルから適宜自分の分の麺を取ってください。今、お箸とお茶碗持って来ますから」


 再び、慌しい様子で台所へと戻っていく。


「……サイカ姉さん、もしかして、いつもあんな調子なのか?」


「あんな、とは?」


「いや。あの小鳥遊って17だか18だかの少年に家事を任せっきりにしてんのかと」


 サイカは腕を組んで不服そうに、答える。


「なにを言う。彼は19歳だ。我々森の民エルフとっては1年などそれほど大した違いにはならないが、彼は人間なんだから。そういうのは、良くないと思うぞ」


「家事を任せてる件は否定しないのかよ……」


 呆れながら、ニールはユマの隣に座った。


## 03


「……というのが、昨日、村で起きたことだ」


 ニールは昨晩の話をそう締めくくって、つゆに付けた麺をすすった。


 海鮮だしの濃いつゆに香辛料を練り込んだピリっと辛い麺がよく絡み、食欲をそそる味だ。サイカらしくないと思っていたら、どうやら友人からの貰いものらしい。


 いくらでも食べられそうな味つけの虜になったのだろう、ユマは夢中になって麺をすすっていた。ニールが昨晩の出来事を話すうちに、6玉目に突入したほどだ。半分以上を一人で食べているような勢いだが、幸いにもそれが迷惑にならないような状況だった。


 端的に言って、昼食をまともに食べているのはユマだけなのだ。


 ニールは話をしなくてはならないので、必然的に食べ物を口に入れられる時間は短くなる。それに、現在の身体は胃が小さいので、小食気味だ。2玉も食べられれば、十分満足できる。


「そんなことが……」


 また、斎賀にとって、人の死や村の滅びという出来事はあまりに縁遠く、それゆえに衝撃が強い。ニールの話が始まってからこっち、斎賀の箸は止まったままだった。


「……」


 サイカにいたっては、一口たりとも食べていない。箸も持たないでずっと、頬杖をついて庭を眺めていた。


「だから、オレたちをしばらくの間、この家に住まわせてもらうことになった。サイカ姉さんに話は通してある。小鳥遊斎賀、お前も、それで構わないか?」


「え、ええ……そりゃあもちろん……断れるわけないじゃないですか」


「助かるよ。ありがとう。オレもなるべく、家事とか手伝うからさ、これからよろしくな」


 斎賀はサイカに拾われてから、家の家事のほぼ全てを任されてきた。家事を手伝うという申し出は、非常にありがたいものだ。


「あ、それはこちらこそ助かります」


 全員がユマとニールの二人がこの家で暮らすことに同意したところで、サイカがニールの方を見て言った。


「ニール。色々疑問はあるが、優先して2、3聞かせて欲しいことがある。20年前、森で何があったのか。キミはなぜ、人間の女の子の姿になっているのか。その点、聞かせてくれ」


 すると、ユマがつゆまで空になった茶碗を置いて、挙手した。


「ふぁ。それ、私も聞きたい」


「なんだ、ユマにも話してなかったのか?」


「……まあ、聞かれなかったから」


「あと魔法少女って何?」


「それはそこの、小鳥遊にでも聞いてくれ」


 突然、自分に御鉢が回ってきて斎賀は驚いた。


「ええっ! なんで僕なんですか!?」


「だってあそこに飾ってあるの、『魔法少女☆キラメキインフィニティ』のマスコット、オストヴァルトのぬいぐるみだろ?」


ニールはリビングの壁際に設置された棚の上を指差す。そこには丸い耳をした小動物のようなキャラクターのストラップがあった。


「――え、なんで分かるんですか?」


「オレも見てたからな」


「――。ニールさん」


 斎賀は、ずっと孤独だった。ネットではいくらでも語れたが、リアルでは『魔法少女☆キラメキ∞』――略して『キライン』――についてついぞ語れぬままだった。寂しく一人でバイトして買ったブルーレイ・ディスクを再生するのが日常だった。


 そんな彼が今日始めて、同士とリアルで出会うことができたのだ。


 言葉にできない感情が満ち満ちて、斎賀はぎゅっと手を握り締めた。


「オレ、1期の23話が好きなんだ。お前は?」


「僕は、……その、2期の7話が」


「あ? あの駄作の2期? しかも中弛みが酷くて無い方が良かったとまで言われるあの7話が?」


――なにかが壊れる音を、斎賀は聞いた。


「なっ…………ニールさん? それは聞き捨てならないっていうか……ちょっとそれはないんじゃないですか? そういう声があるのも知ってますけどぉ」


 斎賀は思い出す。かつてtwi○terで三日三晩に及ぶバトルを繰り広げた憎き敵のことを。最終的にブロックしたので名前までは覚えていないが、その相手もこのニールと同じようなことを言って2期7話ボロクソに叩いていた。


 そして、なんという巡り合わせか。それはニールの側も同じだったのだ。


「ああ、お前か。あの時、オレから逃げた奴――いい機会だ。今度決着を着けようぜ。幸いにもオレの持ってきた端末には『キライン』TVシリーズ1期~3期と劇場版2本が入ってる。鑑賞会と行こうじゃねえか」


「なんで話が合わない人と鑑賞会しなくちゃいけないんですか!」


斎賀にはまったく意味が分からなかった。ニールが何を考えているのか、まるで理解できる気がしない。


「はいはいはい。そこまで」


二人の間に仲裁に入ったのはサイカだった。


「そういうどうでもいい話は二人きりの時にしてくれ。まずは、20年前、キミとシャルマが消えた夜のことをだね……」


 斎賀にとってもニールにとっても、それはどうでも良くない話だったのだが、サイカの言うことはもっともなので両者、言葉を飲んで退き下がる。


 ニールは「そうだな」と小さく言い、話し始めた。


「あの日、オレはグラーヤの森に出る魔の正体を調べに行ったんだ。この国でも一二を争う剣術の使い手、シャルマの爺さんを連れて……」


## 04


 それは、月明かりのない夜のことだった。


 空一面が分厚い雲で覆われたその夜、闇に紛れてグラーヤの森に侵入する二人の姿がそこにはあった。


「悪いな、みんなに隠し事させて」


「なに、400年も生きれば人に言えぬ隠し事など、山ほど抱え込むものだ。今更1つや2つ、増えたところで気にはせぬよ」


 一人は、スラリとした背丈の美男子――ニール。


 そしてもう一人は、眼光鋭く、腰に刀を差してきびきびと歩く老人、シャルマである。


 無茶を承知の上で、彼らは夜の森に入ろうとしていた。


「ところで……良いのか、別れを告げなくて」


 シャルマが問う。


 ニールは平静を保ったまま、応えた。


「ああ。ユマを怖がらせて、巫女の務めに支障をきたしちゃいけないからな」


 奇しくも、翌日は満月の日。巫女が神竜のもとへ赴く日だった。


「明日では駄目だったのか?」


「ああ。ここら一帯の土地の性質と濃密な神竜の気、そして月光の魔力活性作用。この三つが合わさって引き起されるなんらかの現象――おそらくは、それが魔の正体だ。


 それがどんな現象かまでは分からないが……なんであれ、観測するならよりはっきりとした現象の方がいい。だから、神竜の気が最も濃く満ちる満月の前の日を選んだんだ」


 なぜか、巫女が訪れると神竜の気が薄れるみたいでな――と手に持った魔力計測器を見ながらニールは続けた。


「して、なぜ儂を同道させる?」


「念の為だ。もしその現象が、魔の正体が人を襲うたぐいのものだったら、その時はあんたに守ってもらおうと思ってな。その剣は、人を生かす剣なんだろ?」


 シャルマは静かにうなずいた。


「そっちこそ、なんで付いてきてくれたんだ?」


「……以前、お主は言っていただろう。もしかすると、『森の魔はこちらの者を転移者たちの世界に転移させる現象なのかもしれない』、と」


「根拠も何もないただの妄想だぜ?」


「しかし、確かめる価値のある話だ。……儂は、お主が誘ってくれるのを待っていたのかもしれん」


「そうか。ありがとな、爺さん」


 夜半も過ぎた頃、和やかに言葉交わす二人は一つの声を聞いた。


『――こんな時間にそんなところで、なにをしているのかな?』


ビリビリと肌をヒリつかせる威厳ある声。神竜メイグラーヤのものである。


「……はじめまして、メイグラーヤ。オレ達はこの森に出る魔の正体を調べに来たんだ」


『君達もか。まったく、それでどうなるのか、知らないわけじゃあるまいに』


「なら、アンタは消えた人達がどうなったか知ってるのか」


『それは言えない』


「? 言えない? つーことは、知ってるんだな?」


『僕に言えるのは、疾く去れということだ。道が出来てしまってからでは、遅いからね』


「道……?」


 メイグラーヤの不可解な言葉にニールは首を傾げた。その彼の髪を、一筋の風が揺らした。


『ああ……遅かったか』


メイグラーヤの悔恨の声を聞き、シャルマは問う。


「どういうことか、教えてはいただけぬか」


『空を見るといい。丁度、穴が開くところだ』


 吹き荒ぶ風、それは渦を巻いて空へと上っていくことがはっきり知覚できるほどに強く、強く二人の身体に叩きつけられる。


 そして、ニールは見た。満天の星の中央に座する夜空の支配者、丸い月へと続く道が光の粒子によって形作られるのを。そして、月の中にもう一つの夜空が広がっているのを。


「な、なんだりゃあ……」


 ニールは手元の計測器を確認する。メーターは振り切れていた。


(嘘だろ!? 神獣の生体調査にも使われる最新式だぞ! これが壊れるなんて……どんだけ高密度なんだ、ここの魔力は……)


「見ろ……ニール……」


 信じられないものを見た、という様子でシャルマが指を差していたのは、二人を囲む木々だった。


「……どういうことだ? こんなに風が吹いてるってのに、木々はちっとも揺れちゃいねェぞ……!?」


『ニール。君は好奇心ゆえに妹を、ユマを悲しませることになってしまった。向こうに着いたらそのことを、しっかりと悔いるべきだ』


「向こう……つーことはやっぱり……」


 ニールは月を睨む。その向こうに広がるのはもう一つの世界の夜空だ。


「なっ……ニール! 手が!」


 シャルマに指摘され、ニールは自身の左手を見た。手首から先が消えていた。よく見ると、先端から光の粒子になって身体が消えていっていることが分かった。不思議と、痛みはなかった。


 無論、それはニールだけに起きているのではない。


「あ、あんたこそ……」


 シャルマもまた、身体は光の粒子に変えられていた。服も、腰に差した刀も、なにもかもが削れるように消えていく。


「待て! 刀だけは、それだけは止めてくれ……!」


 シャルマの悲痛な叫びだけが虚しく響いた。


 光の粒子は道を通り月の中のもう一つの夜空へと運ばれてゆく。二人の意思に関係なく、無慈悲なまでに淡々と事態は進行していた。


 やがて、意識も失い、二人は全てを光の粒子に変えられてしまう。


 あとには、無人の森だけが残った。


## 05


「――で、気がついたらオレは向こうの世界、日本の山奥にいたんだ」


 そう言って話を締めると、ニールは茶碗に入った麺つゆを一口飲んだ。


 ニールに対し、サイカが言う。


「キミがニホンに行った、ということは察していたよ。斎賀と因縁があるようだったからね。それで? ニホンという国でキミはしばらく面白おかしく暮らしたんだろうが……それからどうやってこっちに帰って来た? まさか、自殺したと言うんじゃないだろうね」


「自殺?」


 疑問符を浮かべたのはユマだ。ユマに対し、サイカは端的に告げる。


「ここに居る斎賀もそうなんだけど、転移者はみんな、向こうの世界で死んでからこっちに来てるんだ」


「え……? え……?」


 ユマは斎賀を見て、ニールを見て、首をあっちこっちに向けて否定の言葉を求めた。


「大丈夫だ、ユマ。オレは死んだわけじゃない」


 ニールが言った。しかしそれは、逆説的に斎賀が死んだことを肯定している。


「……え、ほ、本当なの?」


「…………」


 斎賀はだまって頷いた。それでもユマは信じられない。目の前にいる、話して、動く人が、もう死んでるなんて。


「別に、幽霊ってワケじゃあない。ちゃんとこっちに来てる転移者は『一度死んだことがあるだけ』の生きた人間だよ」


「ど、どういうこと?」


「私も気になるな」


 ユマの疑問に乗っかったのはサイカだ。彼女はテーブルの上で手を組み、


「転移者は死んだのに生きてる……この状況をキミはどう説明する?」


 全員の視線が、ニールのもとに集まる。ニールは不敵な笑みでそれに応じた。


 ユマは知っている。その笑みは、ニールが答えを持っていることの証だと。


「簡単に言えば、グラーヤの森、あそこで起きた現象と近しいことが日本でも起こってる」


「……? それは、ニホンにも神竜がいるってことかい?」


「違う違う。日本にそういうのはいない。ただ、日本という国は少し特殊な場所にある。……ちょっと待っててくれ」


 ニールがリュックサックから取り出したのは、10インチの白いタブレット端末だった。


 タブレットを操作して一つの画像を表示させると、ニールは空っぽになったザルをどかして、それをテーブルの真ん中に置く。


「これは向こうの世界の世界地図だ。そして……」


 ニールは画面をスワイプして別の画像に切り替える。


「こっちは、さっきの地図にプレートの境界を書き入れたもの。プレートっていうのはまあ、惑星の表面を覆う殻みたいなモンだと思ってくれ。それはごくわずかにだが動いていて、大陸の移動や地震なんかを引き起こす。


 ……で、ニホンがここだ。プレートが4つ接しているのが分かると思う」


「そのプレートが、転移現象を引き起こしていると?」


「そこまでのモンじゃないよ。あくまで、魔力的な条件を整えるという程度のものだ。それに、プレートのせいってんならこっちの世界にメキシコや中東――こことかここだな――の人々が転移してきてもいいはずだろ? だが、こっちに来てんのはその大半が日本人だ。つまり、日本ならではの理由がそこにある」


 ごく、とサイカが唾を飲んだ。テーブルに身を乗り出して訊く。


「それは……?」


「それは……オレにも分からん」


 肩透かしな答えを食らい、サイカは勢い余ってテーブルに顔をぶつけた。


「ああでも、一応の仮説はある。話が逸れるから、その仮説についてはまた今度な」


「……もったいぶるのは気に食わないが、まあいい。それで、グラーヤの森と近しい現象が起きているとキミは言ったが……ということはつまり、同じじゃないんだね?」


「そうだ。グラーヤの森では肉体を魔力に変換して異世界に飛ばす……そういうことが起こっていたのだろうが、日本で起きているのは、肉体から抜け出た魂が異世界に飛ばされるというものだ。


 魂だけだから、グラーヤの森に出来たものよりもずっと小さい穴でも問題ないんだろう。ああいう穴の目撃譚はまったく聞かなかったからな。


 日本の特殊な事情により、自然発生的に生じた異世界への微小な穴、そこを通った魂がこっちにやって来るってわけだ」


「魂だけ? 肉体や服、持ち物は?」


「それらはこっちに来たとき、再構成される。人間の魂と、その引力に引き寄せられて出てきたモノの魂。両者にはそれぞれ自分自身についての情報がある。これらの情報を基に、魔力によって肉体が再構成されるんだ。


 オレが日本に行った時だって、オレの肉体や持ち物は余さず魔力に変換されて、向こうで再構成されていた。それと同じだな」


 一通りの話が終わったと見て、サイカがまとめに入る。


「つまり、こういうことか。


 1. グラーヤの森では、魔力に変換された肉体と魂が穴を通じて異世界へと行く。この時生じる穴は視認可能。


 2 .ニホンでは死した肉体から抜け出た魂、及びそれに不随して来たモノの魂が穴を通じて異世界へと行く。こちらの穴は視認不可能。


で、これらの情報から推理するに、


 3. 魔力は世界間転移ができる。


――とまあ、ざっくりとこんなことが言えるわけだね」


「概ね、その理解で合ってる。とりあえずこれで、転移者の中に特殊な能力が持つ者が現れる理由についても説明がつくはずだ」


「特殊な能力? そんな人いるの?」


首を傾げたのはユマだ。それに対してサイカは呆れた様子で、


「ユマ、コスカルメア村に時々引っ越してきて、何枚も何枚も絵を描いてたお爺さんのこと、覚えてないかい? もうキミが幼い頃から会ってきたはずだが」


 言われて、ユマは思い出す。腰は曲がって皮膚も弛んで、いつ死んでもおかしくないのにかれこれ100年以上生き続けている老人の姿を。


 彼のために用意された小屋はいつ越してきてもいいようにいつも綺麗に掃除されていて、それなのに彼が作業を始めると数日のうちに散らかってしまうのだ。


 ――畜生。描けねェ。描けねェ。


 口癖のようにそう言っているのが、強く印象に残っていた。


「……ああ、あの人」


「え、誰なんですか?」


 一人取り残されているサイカに、ニールは端的に説明する。


「要するに、葛飾北斎だよ。不死身になった葛飾北斎がこの世界にはいる。で、今も絵を描き続けてる」


「嘘でしょッッッ!!??? だ、騙されないぞ!」


「……信じないならそれで構わないが。まあとにかく、この世界にはそういう、元の世界では持ってなかった能力を手にした転移者がいるんだよ。


 で、オレはそういう人々をって呼ぶことにした。厳密に言えば死んでるわけだから『転生』な」


「話を戻そうか。それで? ニール、その転生能力者が発生する理由は?」


「ある種の、バグみたいなモンだ。本来想定されない挙動、起こるはずのない現象。ヒトのあまりに強すぎる意思や偶然が魂を変質させて、そういう異能持ちの肉体を再構成させているんだ。


 だからオレはこの現象を、利用しようと考えた」


 その時、ユマの脳裏に昨晩戦った男の姿が思い起こされた。炎を手から出し、自在に操っていた転移者の男。


「兄さん、まさか……」


小さく呟いた声はニールに届かない。


「再構成後の肉体、そして能力をデザインする。魂に付随して再構成する肉体のデータを異世界に送ることで、望んだ通りの肉体を再構成させることができる。


我ながら、素晴しい発想だと思ったよ。そして、それを実現できた時には全能感に浸ってすらいたね。なにせ、これがあれば不老不死だって実現可能だ。治療法のない難病患者の治療だってできるだろう。


 だけどそんなこと、オレはやるべきじゃなかったんだ。


 …………まあ、何が言いたいかっていうとつまりさ、」


 ニールはあまりにも穏やかな、能面のような顔で告げた。


「村が滅んだのは、オレのせいなんだ」

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