第7話【邂逅】(2)
## 003
サテルニア島の中心、噴水広場はいつも外部からの客や聖流院の学園生で賑わっていた。周囲に並ぶ飲食店は互いに鎬を削り合い、それゆえに入れ替わりが激しい。いわゆる激戦区だ。中でも特に人気のある飲食店には、いつ来ても行列ができているような有様である。
だが、今、この時ばかりは違った。誰も食事のことなど考えてはいない。思考の大半を占めるのは恐怖で、残りは現実逃避だ。
もはや身体の震えすらなく、静かな絶望に浸り切った聴衆へ向け、噴水広場の中央で男――ユダは演説を繰り広げる。絶対的恐怖を強いながら語るのは、絶対的安寧を与えるという希望の話だ。
「世界は不条理で悲劇に満ち溢れている。自ら死を願う者が現れてしまうほどに、世界は残酷だ。無慈悲だ。救いの手を差し伸べる神などありはしない。――ゆえに、私が造る。私が最も敬虔なる神の使徒となりて、絶対的な安寧を約束させる」
「いかにして? もっともな疑問だ。神など到底造れるものではない。よしんば造れたとしても、たかだか人造の神などにそのような奇跡が起こせるのか? 答えは是だ。可能なのだ。魔術という法則を用いたならば」
「魔術の原理の一つに、類感というものがある。似ている二つのものは、互いに影響を与え合うという法則だ。例えば音と力。まるで別物のように思えるこの二者は、しかし方向を持つという点において共通している。両者、始点の概念の支配下にある。ゆえにこそ、類感を働かせることが可能となる。
音もまた重みを持つ。
優れた魔術の使い手ならば、音の支配によって狙った場所に重みを集めることすら可能となるだろう」
「類感の原理に基づくならば、世界を変えるには世界と相似の関係にあるものに干渉すれば良い。この、世界と相似の関係にあるものこそが、私の求める神だ」
## 004
「はっ。バカバカしい戯言を繰りおって。素人めが」
学園地下、密かに学園のすべてを監視するその部屋の中で誰に向けるでもなく、老人は悪態をついた。
ひげのたくましい老人である。外見年齢は70か80といったところだろうか。しかしその瞳に宿る尋常ならざるものは、彼が只の老人でないことを雄弁に語っている。
漆黒の法衣の裾はためかせ、老人は監視映像から視線を外して通信機を手に取った。
「
ディスプレイの中でユダは今なお聴衆に向け演説をしている。字幕表示されたユダの言葉を読み、老人は眉間のしわを深くした。
それはひとえに、どうしようもなく拭い去りがたい懸念によるものである。
竜砲とは、この聖流院学園が保有する攻撃術式のなかでも最上級のものだ。その力はメイグラーヤと呼ばれる無名の竜と同等。すなわち、尋常の手段では到底防ぎえぬほどの威力を誇る。本来ならばたかだか人間一人に使うようなものではない。
老人とてそれは重々承知している。
それでも老人が竜砲の使用を進言したのは、それだけ彼がユダを脅威に感じているためだ。はっきりとした理由はない。しかし彼の勘が告げている。
――あの男は、生かしておいてはならぬ、と。
## 005
果たして、竜砲は放たれた。
聖流院学園の中心、カミスカラ島より立ち昇る翠の光が雲を裂き、天を貫く。澄んだ蒼の遥か上空、きらりと瞬きが起こったかと思うとそれが天より返ってくる。
ユダの方へ向けて。
まっすぐに。
はじめ太かった光は魔術的処置により絞りがかけられる。より細く、より鋭く。たった一人の人間を殺すためだけにその光は走りゆく。
次の瞬間には、竜砲がユダの脳天を貫くという――その時だった。
ごうん。
穴が開いた。
それは空間の裂け目、とでも呼ぶべきものだった。
半径30センチほどの円形。厚みはない。ぽっかりと口を開けた穴の内部は完全な闇だ。不気味なまでに真っ黒。光をわずかも反射しない。
その穴に、竜砲は吸い込まれて消えた。
ユダは何事もなかったかのように、話を締めに入る。
「――さて、今までずっとぼかしてきた我が神。平和と安寧を築くための存在をいかにして得るか? その問いの答えを提示しよう」
ユダは指さした。方向は竜砲の立ち昇った方――すなわち、カミスカラ島である。
「あそこに、その鍵がある。完成した神竜の巫女がいる」
## 006
ユマは驚愕とともにユダの言葉を聞いていた。
(「完成した」って、どういうこと? あの人は、なにを知ってるの――?)
傍らのシャルマがユマの肩に手を置いた。
「…………」
言葉はなかったが、言いたいことは分かる気がした。
きっと、この先の言葉を聞き逃してはならないのだ。何らかの核心があの男から語られようとしている――。
湧き上がる疑問符を今は抑えて、ユマは続く言葉を待った。
「……先日、不慮の事故により滅びた村がある。
「神竜の加護を受け続けるため、神竜に愛想を尽かされぬように、神竜の無聊を慰め、神竜に村を護ってもらい続けるために生贄を捧げようというわけである」
「だが、妙なのだ。奇妙だ。かの神竜は、そのようなことを要求する存在なおか、と。私が話してみた限り、かの神竜はひどくお人好しな性格をしていた。治水だけとはいえ、直接関係のないオオカワの街の守護さえするほどに」
ひと呼吸おいて、ユダは言った。
「――理屈が、通らない」
たしかに、とユマは心の中で肯定する。
神竜の巫女として役目に殉じてきた彼女だが、心の奥底では不可思議に思っていたのだ。建前と実情の食い違いを。
「答えは簡単だ。それが、コスカルメア村の者との約定であったからだ」
そうしてユダが語るのは、ユマの知らない村の歴史だった。
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