神竜機関~異世界から異能持ちのロクでもない連中が来てるので戦います~

砂塔ろうか

神竜機関

第1話【神竜略奪】・前

## 00


「そんな……どうして!」


 空に満点の星々が瞬く夜のことだった。

 森の民エルフの少女、ユマの故郷は炎と灰と生き物の焼け焦げた臭いに満ちていた。

 村の建物はそのすべてが焼け落ち、そこかしこに真っ黒な塊が転がっている。その塊の正体がいつも、ユマと他愛ない会話を交わしてくれていた人々の成れの果てであると気付くのに、そう時間はかからなかった。

 生存者はいないかと、ユマは焼け落ちた建物の下を確認してみようともする。しかし焼けた柱はまだ熱を持っていて、手に火傷を負っただけだった。

 そして、理解させられる。崩壊した建物の下に生存者など、いるはずがないと。


「……え、でも。なんで、ど、どうして」


 まるで、わけがわからなかった。


 村が興ってからおよそ1000年。この間に多くの人間の国が勃興し、そして滅びていった。その大きなうねりからずっと無関係であり続けられたわけではない。

 村が滅びていたかもしてない、という出来事は歴史上、何度かあったとユマの祖母はかつて語った。そしてこうも言った。

 それでも村が存続したのは、ひとえに神竜の加護によるところである――と。

 この世界に7体しかいないとされる自然の権化、神竜。その一体がこの村を護っている。

 ゆえに、村に危害を加えようとする怖い者知らずなどいるはずがない。もし居たとしても、彼ないし彼女は身をもって神竜の恐しさを体験するだけの話であって、村に危害が加えられることは、決してありえない。


 しかし、現に村は滅んだ。ユマただ一人を残して。


「なん、で、で……な、なにが……」


 くずおれたユマの脳裏に今日一日の出来事が回想されはじめる。

 現実逃避か、あるいは村の滅びの原因を探るためか。

 きっとその、両方なのだろう。


「――! ユマ!」


 自分の名を呼ぶ声がする。

 その声に誘われるように、ユマは記憶の海へと飛び込んだ。


## 01


「ユマ! そろそろ時間だろ! なにボケっとしてるんだ!」


 その日の朝、ユマは祖母の叱責の声で目を覚ました。


「わっ。あ、ご、ごめんなさいっ!」

「お前の双肩には村のすべてがかかってつもりでいろといつも行ってるだろ! もっと自覚をお持ち!」


 寝台から飛び起きたユマが駆け足で向かうのは私室とは別に設けられている巫女部屋だ。そこで、神竜の巫女は諸々の準備をすることになっている。


「ご、ごめんなさい! 寝坊しちゃって!」


 ユマが巫女部屋に向かうと、女中(ユマの家では、主に巫女の着替えや化粧の手伝いを仕事としている)が待っていた。普段、姉御肌で饒舌のきらいがある女中はにっこりと微笑んで、

「慣れてますから」

 とだけ言って準備にとりかかった。


 ユマは申し訳なさと恥ずかしさから、顔を赤くして準備を終えた。


 そうして家を出ると、ユマは村人らの視線を一身に集めてゆっくりと歩き始めた。歩くたび、手首に付けた鈴が


りん、りん


と清らかな音を発する。


 普段は気兼ねなく話しかけてくる親戚のおじさんも、ユマへの恋心をまるで隠せていない年下の少年も、この時ばかりは話しかけない。ただじっと、ユマが森に入っていくのを見るだけだ。それが、この村の掟だから。


 いつもの活気が嘘のように静まり返った村の中で響くのは、家畜の鳴き声と鈴の音だけ。


 赤と青と白と黄色、この四色から構成される色鮮やかな祭祀衣装を着て歩くとは、そういうことだった。


 ユマの歩く先、そこにある森は村人たちからグラーヤの森と呼ばれる。その森の中心部には「偉大なるものメイグラーヤ」が棲むからだ。


 森の中の、舗装された道を往く。鈴の音は変わらず、りん、りん、と鳴り続ける。すると、道の先で何か大きなものが動く気配があった。


 新緑の鱗に覆われた、凛々しい印象の気高き竜。

 神竜メイグラーヤである。


 森の中心部。やけに開けたその神域と呼ばれる場所には大きな川が流れている。その川辺でメイグラーヤは巨躯を丸くして、座り込んでいた。


『――やあ。久しいね。ユマ。待っていたよ』

「申し訳ありません。メイグラーヤ様にお待たせするような事態になってしまい……」


 神妙に、ユマは頭を下げて謝罪する。その動きはただ頭を下げるだけに留まらず、膝を折り、地面に手をついて、色鮮やかな祭祀衣装が土に汚れることも些事と割り切って、額を地面に擦りつける。

 土下座である。


「……すべての咎はこのわたくしめ一人にあります。ですから、何卒――」

『ん? なんのことかな?』

「……?」


 ユマが顔を上げる。

 メイグラーヤは、顔を傾げて困ったような雰囲気を出していた。


『いや、僕はまた君が来てくれる日はまだかな、と前回の時からずっと待っていたって話をしてたんだけど……もしかして、寝坊でもしたの?』

「――――」

『図星なんだ』

 メイグラーヤは優しく笑った。

「~~~~~~~っ」


 ユマがまた顔を赤くしたのは、言うまでもない。


## 02


 森の中に、祈りの言葉が響く――。


「――いと偉大なるmejgraajaものよgras我らは汝をTelap永久に崇め奉るsedjuu――」


 毎月、満月の日になると村の巫女は森へ行って神竜の無聊を慰めることになっている。

 舞や演武を披露して神竜の目を楽しませ、その清らかな歌声で神竜の耳を楽しませ、そして村の内外での出来事や物語を語って聞かせることによって神竜の心を楽しませるのだ。

 そして多くの場合、演武や歌を披露したそのあと、つまり語り聞かせの際、ユマは極めてラフになる。


 有り体に言ってしまえば、それは語り聞かせなどではなく雑談に他ならなかった。


「……でさあ、今日もおばあちゃんに怒られちゃったんだよね」

『それは流石にユマが悪いよ』

「いや、分かってる。分かってるんだけどね。分かってるんだけどこう……もうちょっと、言い方ってモンがあるんじゃないかと」

『それ、本人に直接言ったことはあるの?』

「ないに決まってるでしょ」


 メイグラーヤの身体にもたれかかった姿勢のまま、ユマは不満げな顔で釣りをしている。ユマの祖母が見たら卒倒しそうな光景だ。おそらく、村人の誰一人として、ユマが愚痴を吐きながら神竜の脚を背もたれにして釣りをしてるなどとは想像すらしていないだろう。

「お、食いついた」

 ユマが釣竿を振り上げる。見ると小魚が一匹、釣竿の先でぴちぴちと跳ねていた。

 ちなみに、釣竿などの遊び道具は、演武に使う竹刀などと一緒に神域の道具小屋に入れられている。神域に来ることが許されるのは巫女だけなので、このことを知る者はメイグラーヤとユマのほかに誰もいない。


『……ユマ』

「ん?」

『僕は君達のことを1000年に渡って見守ってきた。だから、君達のわだかまりの解消方法についても詳しいつもりだ』

「うん」

『ユマ。君は直接、おばあさんにぶつかるべきだと思うよ。たとえどんなに怖くてもね。僕にそうしてるように、自然体で接するべきなんだ』

「……かも、ね」


 どこか遠くを見る目でユマは返答する。それから欠伸をした。釣り上げた魚は川に放流して、再び釣り糸を垂らす。

 穏やかな日射しが、一人と一体を照らしていた。


「……でもまあ、やっぱり平和が一番だよ。平和が」

『それで、取り返しのつかないことになることだってあるんだよ。衝突を回避した結果、最悪の未来に至ってしまうことだって。君にも、覚えがないわけじゃないだろ?』

「それは、そうだけどさぁ。……そんな人間みたいなこと言わないでよ……私たちには、時間があるんだから……むにゃ」

『寝不足なのかい? だったら、少しだけ眠るといい。もうお話も、十分聞いたしね』

「ん。そうみたい。朝、叩き起こされたから…………おやすみなさい……」


 ユマは流れるように眠りについた。午後、暖かな空気が森一帯に満ちていた。


## 03


 グラーヤの森には、一つの伝承がある。


 曰く、夜になると"魔"が現れる。


 "魔"が一体なんなのか、知る者はいない。神竜メイグラーヤですら、その姿を見たことはないと言う。

 だが、魔はいる。それだけは疑いようのない事実である。

 なぜならば、夜の森に入った者はそのことごとくが帰って来ないからだ。血も骨も、痕跡の一切を残さずに彼らは消えてしまう。

 勇猛果敢なレストールも、冷静沈着なゲルスも、好奇心の獣ニールと老兵シャルマの二人組でさえ、帰ってはこなかった。それが事実だ。


 ――だからユマは、全力で疾走していた。行きと違って、手首の鈴は乱雑に振られてうるさく喚き散らしている。


「私のばかー! なんでこんな時間まで寝ちゃんだよーっ!」


 叫びながら、ユマは森の中、舗装されていない道なき道を祭祀衣装の袖振って全力で駆け抜ける。木々の間から、今まさに沈まんとする西日が由真の姿を照らしている。


 少し前。名前を呼ばれた気がして、ユマは目を覚ました。

『ああ、やっと起きた』

 メイグラーヤが言う。

「ん……いま、何時?」

『空を見なよ』

 言われるがままに空を見る。紫がかった空の色に気付いて、ユマははっとした。

「や、やば! 急いで帰んないと!」

『ああ、そうだね。そうした方がいい。あっちから行くと近道だよ』

「あ、ありがとうございます! で、ではまた、満月の日に!」

『…………なんでいつも、別れぎわになると畏まるんだろ』

 メイグラーヤはため息をつく。

 そしてユマの姿が見えなくなったのを確認すると、メイグラーヤは言った。

『ねえ、君達もそう思うだろ?』


 もうこの時、日常の終わりはとっくに始まっていたのだ。それはもう、取り返しのつかないほどに。


 だが、ユマは何も知らないまま走っていた。森の魔に怯えながら。もし魔に食われたら、兄に会えるだろうかと少し後ろ向きなことを考えながら。


「――見えたっ!」


 やがて西日が沈み、空の端にほんのりと橙色が残るのみになった頃。ユマはとうとう森の外に出ようとしていた。

 その、間際。


「あだっ」


 転倒する。一瞬だけ空中を滑空して、地面の上をうつ伏せになって滑る。土にまみれて祭祀衣装が汚れる。


(あーあ。また怒られるな、これ)


 そんなことを考えながら、口に入った土をぺっとする。

 起き上がったユマが見たのは、お腹を抑えて苦悶の声を上げる少女だった。

 黒髪の、白衣を着た少女。耳が丸いことから、人間であるとわかる。背中にはリュックサックを背負っていた。

 明らかに、この近辺の者ではない。


(この人、たぶん転移者だ。フジワラだ)


 時折、この世界には異世界から転移してくる者がいる。彼らを称して、人々は転移者、あるいはフジワラと呼んでいた。こういったことは珍しくなく、ユマの村の近くには転移者たちの街の一つ、オオカワがある。

 さて、困ったことになったとユマは思う。


(フジワラの言葉はあんまり得意じゃないんだよね……かと言って翻訳術符なんて家にはないし…………まあ、でも)


 ユマは周囲を見る。夜の闇は、すでに大地に満ちつつあった。


「見捨てるのだけは、駄目だ」


 転移者の少女を、ユマは背負う。思いのほか軽くて、ユマは安堵する。これなら走れそうだ、と。

 森の外まで、距離はおよそ50メートル程度。それを、全力で駆け抜ける。

 果たして、ユマは無事に森を脱出した。


「……ふぅ。さて、と」


 背負った少女を下ろして、リュックサックを外してから地面の上に寝かせる。


(気付いてなかったとはいえ、思い切り蹴っちゃったからなあ……)


 失敗ばかりのユマとて、最低限の治癒術は心得ている。簡易的にでも治療をすべく、ユマは少女の服をまくって蹴った場所がアザになっていないか調べた。


「……あれ?」


 結論から言えば、なかった。蹴られた痕も、アザも、少女の身体のどこにも見られなかった。


(あんなに痛そうにしてたのに……)


 顔を見れば、その表情はもう穏やかなものだ。うめき声をあげて、苦しんでいたのが嘘のような穏やかな。


(まあ、それならいいか)


 ユマは少女の服を元に戻し、リュックサックを背負わせてから再びおぶる。なんにせよ、放っておけないのは変わらないのでこのまま家まで担いでいくことにしたのだ。

 ユマの村は特別、外部の者に厳しいわけではない。絶対的な神竜に護られている余裕とでも言えるだろうか、むしろ部外者を歓迎する傾向にあった。


 だが、間もなくしてユマは知る。神竜が絶対ではないことを。この、コスカルメア村と言う名の揺籃は想像するよりもずっと容易く、壊れるものなのだと。


 ――はじめにユマが知覚したのは、異臭だった。


 ユマは全く明かりの灯っていない村の方を凝視して、その事実が信じられなくて――気付けば、少女をその場に下ろして村の方へと駆け出していた。


## 04


「――! ユマ!」


 これまでの出来事を回想し、現実に帰ってきたユマが見たのは、炎だった。明らかに、こちらへと迫ってきている炎。それが村を焼いた炎に違いないと、ユマは即座に諒解した。

 けれど、身体が動かない。走って、走り疲れて、生存者を探すことにも疲れて、気力のほとんどを喪失していた今のユマにはあまりにも、脚が重かった。


 きっとそれを理解していたのだろう。横からユマをかっさらい、炎から守る者がいた。


「……っえ?」


 それは転移者の少女だった。

 何故?と疑問に思うユマに、少女は白衣の下から取り出したステッキを握らせる。


「いいか、ユマ。これを使え。そして戦うんだ」

「え? へっ? た、たたかう……? ていうか名前……」


 そもそも、なぜ言葉が通じているのか。森の民エルフの言葉、「偉大なるものの舌メイグラーイコス」をなぜ彼女が話せるのか。

 謎は多いが、すべてをつまびらかにしている猶予がないことは何よりも明白だった。


「あァんれェ? 確かに燃えたと思ったんだがなァ」


 まるで村を侮辱するかのように、崩落した家々の上を歩いてユマたちの方へ来る男がいた。

 ツーブロックに刈り上げた髪、ジーパンにタンクトップ一枚だけというラフな出で立ち。転移者だ。だが、ユマがこれまでに見たことのある転移者とはどこか雰囲気が異なる。なぜそう思うのか、考える余裕が今のユマにはなかったが、あとになって思い返してみればすぐに分かる話であった。

 彼は、顔の掘りが深いのだ。


「F*CK YOU」


 伏せた姿勢から起き上がって、転移者の少女が悪態をつく。


「んあ? もしかしてお仲間か?」

「Do you say "F*CK YOU" to your fellows?(アンタは仲間にF*CK YOUなんて言うのかよ?)

Airbrain(脳味噌詰まってんのか?)」

「へっへへ。ああ、まったくその通りだな。クソ女」


 少女の言うことはユマにはよく分からない。だが、状況から察するに男の方は翻訳術符を使っているのだろう。

 翻訳術符を用いる場合、口の形と出力される音声の間にズレができる。それによって、ささいな、しかしはっきりとした違和感が生まれるのだ。

 男の方にはそれがあり、少女の側にはそれがない。ゆえにユマは、男が翻訳術符を使っていると判断した。

 それはつまり、こちらの言葉が相手に理解されるということである。


「あァ、あの、あなたはッ!」


 男の視線がこちらへ向く。ぎょろりとした三白眼。爬虫類のような瞳に睨まれ、ユマはびくりとする。


「な、なんなんです、か……?」


「なにかって? ンなコタそこのクソ女に訊けよ。……まァア? それはここで、じゃあなくて天国でやって貰うつもりだがなァ!」


 ユマに向けて、炎が放たれる。


(だめだ。もう、私は死ぬんだ)


 すべてを諦めて、ユマは目を閉じる。その時だった。


「諦めるな!」


 ユマと男の間に立ち、炎を遮る者がいた。転移者の少女だ。少女は炎に焼かれながら、ユマに言葉を送った。


「ユマ、そのステッキを握り、祈れ! 戦う力を、立ち向かう力を求めろッ! そして立ち向かうんだ! 運命に!」

「へ……で、でもッ!」

「っ、大丈夫だ。……このオレを、信じろ」


 その言葉をかけてくれる人が再び現れてくれるのを、ユマは待っていた。


「兄さん……?」


 火炎に包まれてなお、優しい眼差しでユマを見つめる。それはちょうど、ユマの中で兄の眼差しと重なった。


 いつの間にか、脚はもとの軽さを取り戻していた。


「――いと偉大なるMejgraajaものよgras


 ユマは立ち上がり、ステッキを握りしめた。


「――我らは汝をTelap永久に崇め奉るsedjuu


 紡ぐは祈りの言葉。神竜の巫女たる彼女にとって、それはただ一つ。


「――我らTelap竜の従者なりkoskalmea久遠の時をLepnaj横たえるhetesjaataそのdei御姿にuntlakkaf平伏jaatelanja契約をtoldea-堅守koskajanするがtelapin務めdjuuma


「――さもなくばJegan我ら、telap ,偉大なる呪術師のdelfajete門徒delfajeteにあらkojmelan-na


 祈りの一節が終わると、その言葉は自然と出てきた。なんの気負いもなく。なんの衒いもなく。あるがままに。告げる。


「変身」


 そして、ユマは光に包まれた。

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