第5話【学園島の戦い】 - III(前)
## 01
サテルニア島中央部の街路には人だかりができていた。
がやがやと騒ぐ野次馬の中心にいるのは三人の転移者だ。
一人は、気絶して地面に突っ伏している筋骨隆々とした男、アダム。
一人は、そのアダムの上に腰掛けて聖流院魔術学園の女子制服を着た細目の男、ハオラン。
そして最後の一人は、そんなハオランと会話するローブを纏った女、ニールだった。
「助かったぜ、着るもの持ってきてくれて」
「単なる偶然だったんだけどねぇ。まあ、お気に召したなら幸いだよ」
「しっかし、お前、どうやってこの筋肉ダルマに勝ったんだ? お前の能力、戦闘には使えないだろ」
「ああ、それはね……」
## 02
「……さて、とりあえず聖流院に来てみたはいいけど、どうしたものかな」
ハオランはチャリアの寮の部屋を見回しながら呟いた。
ユマとハオランのもとにチャリアの連絡術符が届いたのが5分前のこと。
『師匠が襲撃されてピンチっぽいです。あとあと、私も場合によっては危ないかもしれないのでとりあえずその大砲使ってこっちに合流してください』
――との知らせを受けて、ユマはすぐさま変身すると人間砲弾になってサテルニア島へと飛んでいった。
そこで「さて」とハオランは考えた。
このまま自分はなにもしないで良いのか、と。
考えた結果、ハオランは壁の術式陣に入ってみることにした。術式陣は聖流院魔術学園の学生寮に直通しているので普通に走っていくよりもずっと速いショートカットになる。
で、来てみたはいいがどうしたものかとハオランは考える。どうやらチャリアの寮の部屋は二人部屋のようだ。術式陣が二段ベッドの下の段に繋ってるとはつゆ知らず、ぶつけた額をさすりながらハオランは部屋の中を物色する。
「どっかで敵に遭遇するかもしれないんだし、金属バットでも転がってるといいんだけど……」
そんなものはなかった。
「お、術符みたいなのがわんさかある。この手帳は……説明書みたいなものかあ。うん、助かる」
ハオランは机の引き出しの中にあった術符の束と手帳を鞄の中に仕舞う。緊急事態だ。事後承諾になるのは仕方ない。
「あと……ここってたぶん女子寮だよねぇ。一応、変装を……っと」
ハオランはおもむろにクローゼットを開けた。制服を拝借して、着てみる。ハオランは鏡の前で一回転してみると、満足げにうなずきを一つ。
ハオランは自分の骨格と体格、そして自分と同程度の身長の少女が偶然にもこの部屋で暮らしていたことに感謝しながら部屋を出た。
「………………」
「………………」
同程度の身長の少女に遭遇した。
「ヘ――」
なにか言われる前にハオランはすぐに口を塞いだ。鞄に入れた術符を3枚消費して簡易的な結界を作る。
が、それが間違いだった。
ピシィン!と結界の壊れる音がした。少女が顔を青くしてハオランの手を無理やり離す。
「バカ! 学生寮の廊下で魔術を使うのは禁止なの! …………ほら、来た」
少女の視線の先からは円盤状の機械がふよふよと飛んできていた。全自動掃除機のようだ――と暢気に考えるハオランだったが、そんな状況でないことは少女の態度から一目瞭然だった。
「逃げるよ!」
少女がハオランの手を引いて廊下を駆け出す。
「あれは?」
「学生寮の管理術機! なんか昔、廊下で決闘することが流行ってたらしくて、それで、廊下で魔術を使うとあれが飛んでくるようになったの! 拘束されると折檻されるから、全力で!」
「ご教授どうも! ……ところで、なんで僕を助けてくれるの?」
「…………いくらルームメイトとはいえ、チャリアの巻き添えくらって退学にはなりたくないのよ」
「なるほどね」
「とりあえずあそこの窓から外に出る! 管理術機も、寮の外までは追っかけてこないから!」
少女の示す窓の向こうには、雲一つない青空が広がっていた。
「……ところで、ここって何階なの?」
「地上7階! 大丈夫、あたしの手さえ離さなければね!」
どうやら本気で言ってるらしい。
ハオランは覚悟を決めて、少女と共に窓の外、地上7階の中空へと飛び出した。
落下の最中、少女は制服のポケットから卵型の小さな機械を取り出す。防犯ブザーだ。少女が持ち手部分を引くと、けたたましい警報音が鳴り響いた。
「――音は重みを散らす」
少女が唱えた瞬間、ふっ、と落下速度が緩むのをハオランは感じた。そのまま、タンポポの種が風に流され跳ぶようにして、二人は学生寮の隣の建物の屋上へ降り立つ。
防犯ブザーを止めて、少女は笑みをこぼした。
「ほら、大丈夫だったでしょ?」
「うん……ところでそれは、」
ハオランが防犯ブザーを指差すと、少女は「おっとそうだった、」と言い、
「私は飯野ゆみ。お察しの通り転移者。――で、そっちは私の制服勝手に着て、一体なにをしてるの?」
「……変装、かな?」
## 03
「ふうん。なるほどね、あの子がいなかったのはそれが原因か」
学生寮のあるツギクラ島からサテルニア島へかかる橋を渡りながら、飯野とハオランはそれぞれの情報を共有していた。
ハオランが制服を着ていたためか、守衛に呼び止められることはなかった。
「まだ寝てるのかと思って寮に戻ってみれば変態がいるし、何があったのかと思えば、そういうことかあ……」
「変態って……いやまあ言い訳はできないけど……」
「とりあえず事情は分かったので許してあげますけど、返すときはクリーニング、忘れないでくださいね」
「そりゃあもちろん。……で、なんできみもこっちに?」
「今日の授業、全部魔術絡みなのよ」
「うん」
「私のルームメイト、あの子って天才とか言われてるけど実際はただ、尋常じゃないだけの魔術マニアだってことは知ってるでしょ?」
「そうらしいね」
「でまあ、あの子の話をあれこれ聞いてるうちにね、私もなんか自然と魔術の知識が増えてったというか……いつの間にか、授業を聞いても寝ることしかやることなくなっちゃって」
「うーん、ある意味典型的な学生だねぇ」
「それに、あの子が危ないことしてるのを、黙って見過すこともできないし」
妙に落ち着いた飯野の横顔をハオランは見る。これから向かう先が、死地にならないとは限らないのに彼女が平気そうにしているのは、それだけ自信があるのか、あるいは。
「たしか、ここ、サテルニア島だったよね。あの子の師匠が襲われたのって」
「ああ。それで、ニールは図書館に向かっていたはず……」
「ポルフェウ島? てことは、秘密の抜け道を使うつもりだったみたいね」
「抜け道?」
「地下にそういう道があるの。それを使えば複雑に入り組んだポルフェウ島の街並みを無視して、図書館近くに出られるから、たぶんそれを使うつもりだったんだと思う」
「なるほど。つまり、外部からの入口から抜け道までの間のどこかでニールは襲われた」
「……この静けさから考えるに、敵は結界か何かを張って、その中でやったってことだと思う。たぶん、どこか、人のいない裏路地を利用してね」
そこまで分かれば突き止めるのは容易だった。
「条件に合致する裏路地で、ホームレスや流れ術師がいないのは、ここしかないわ」
「けど、すでに敵は去ったようだね」
現場の夥しい量の血と散乱する空薬莢を指差し、ハオランが言った。
これほどの異状が広がっていながら、街の人に気付いている様子がないのは、なんらかの隠蔽結界が張られていたことの証拠だろうとハオランは推測する。
飯野が呟くように尋ねた。
「……敵、異能を使うんですよね?」
「おそらく」
ハオランの肯定の言葉を聞くと、飯野は現場の裏路地、そしてその入口のあたりを凝視する。
「ハオランさん。防音系の結界を張っていただけますか。たぶん鞄の中の術符を4枚使えば十分なので」
「う、うん? でも、何を」
飯野は防犯ブザーを見せて言う。
「音は波です。魔術に使う魔力も、実のところ似たようなもので……魔力的性質を帯びた音を使えば、魔力の質や量を峻別できるんですよ」
「アクティブ・ソナーみたいなもの?」
「……たぶん、そういうことじゃないですか? ごめんなさい、私、転移者とは言ってもこっちでの生活のが長くて……」
「ああ、いや。僕の方こそ申し訳ない。ともあれ追跡ができるってことだね」
「あ、はい。要するにそういうことです」
「じゃあ、やろうか」
ハオランが結界を張ると、飯野は防犯ブザーを鳴らした。そして、追跡のための術式を発動させる。
「音は反響する。音は波である。魔力もまた波である。波は衝突する。波の干渉は光を生む。光は可視化される。――よし、これなら追えそうです」
「本当?」
「防音結界のせいで結界の外までは追えてませんが……まだ敵の一人は近くにいるっぽいですね。だいたいの方向も分かります」
「おーけー。助かるよ」
それから魔力の追跡と少しの聞き込みを経て、二人はその男の姿を発見した。
「あの、ケースを持った上半身裸の男で間違いないんだね?」
「ええ。間違いないかと」
待ち合わせでもしているのか、男はすこし退屈そうにしている。
「……で、どうします?」
「最低限、あのケースは奪いたいかな」
(ニールがいるとしたら、それはあの中だろうし)
「とは言え、銃火器をどこかに隠しているのかもしれないし、相手の武器を把握しないことには動けないな……」
「――なら、私にいい考えがあります」
「?」
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