第5話【学園島の戦い】 - III(後)

## 04


 転生時に望んだ異能は筋肉増強――人間戦車マン・タンク、アダム・エイクリーは己の筋肉のみを信じている男だ。魔術をあてにすることは屈辱とすら思っている。


 毎日のトレーニングに加え、薬物使用や異能の力によって、常人では何年かかっても到達できないほどの筋力を獲得するに至った彼は、細身の男というものを何よりも嫌っている。


 せっかく男に生まれたというのに、その才能を放棄するとは許しがたい――と彼は常々言っていている。女装する男など、もってのほかだし、性転換などは論外だと考えている。率直に言って、度し難い愚か者だ。


「……クソ。なにをしているのだネコジマは」


 ゆえに、転生によって女になった猫島紗衣のために待たされるなどということはアダムの生涯でも3本の指に入るほどの屈辱だった。速く戻ってくるよう急かそうにも、通信機はうっかり握りしめて破壊してしまった。連絡手段はない。


(……移動時間を考慮しても少し遅いのではないか? 娘一人、殺して戻ってくるというだけのことがなぜできん)


 あわや怒髪天を衝く――というところで、アダムに声をかけてくる少女がいた。黒いローブに黒の制服。ここの学生だろう。


「あのー……すみません、ちょっといいですか?」


「なんだ」


「いえ、課題でこの島に来る人にインタビューしなくちゃいけないんです」


「そうか」


「ですので、お名前と年齢、それと職業を伺ってもよろしいでしょうかー?」


「アダム・エイクリー。28歳。職業は……軍人だ」


「ふむふむ。では、こちらにご記入をお願いします」


「こちらの世界の文字は分からんのだが」


「問題ありませんよ……はい、ありがとうございましたー」


 ペンと紙を回収すると、少女はそそくさと立ち去っていった。


「……? あれだけで良かったのか?」


 アダムは首をかしげ、それからすぐに目をつむった。


「まあいい。それよりネコジマを待つ間、どう暇を潰すかでも考えるとしよう」


 ふう、とアダムが嘆息した時だ。また、声をかけてくる者がいた。今度は男だった。それも、女装をした。


「すみませーん」


「なんだ?」


 アダムは射殺すような視線で男を刺す。しかし、眼前の男はわずかに驚いたような素振りも見せず、


「いえね、道について少々伺いたいことがありまして」


「俺は外部の人間だ。ここの道など知らぬ」


「大丈夫ですよーあなたも知ってるはずの道ですから」


「?」


「いえ、空薬莢と流血の夥しい裏路地、あれはどうやってできたのかを伺おうと思いまして」


「……そうか」


 アダムは視線をケースに向ける。目の前の男はこのケースに閉じ込めたニールの仲間なのだろう。ならば、やることは一つだ。


 殺す。


 アダムは拳を握り締めた。


 瞬間、アダムの体の中からけたたましい警報音が鳴り響いた。


「!?」


 アダムは思わずケースを落とし、膝をつく。


「ぐああああああああああ」


 なんだ、なんなのだこれは。


 耳を抑えても鼓膜を叩き破っても音は止まない。こんなことがあるのか?


 正気を失いそうだった。


 だが、ここで倒れるわけにはいかない。人間戦車とまで渾名されたアダム・エイクリーにそんなあっさりとした決着が許されてはならない。


 握った拳で左腕を叩き折る。


「――っフ、ヌ!」


 痛みで辛うじて正気を保ち、アダムは相対する敵を見る。


(……あれは、術符でなにかをしようとしている……? 一体、なにを…………いや、考えることなど無駄! なにかする前に、この筋肉で殺してしまえば良いのだ――!)


 アダムは立ち上がり、小細工する男に蹴りを放たんとする。が、それは体の内部から響く警報音に阻害された。


(……っ!? なん、だ……蹴りが、出せ、ない……? なんだ、この、脚に音が集まっているとしか言いようのない感覚は…………)


 男がアダムの体に触れる。抵抗しようとするが、そのたびに音が阻害して上手く力を入れることができない。アダムはされるがままに、術符を口と鼻に巻き付けられてしまう。


 ほどなくして術符が発動すると、密集した魔力でアダムの口と鼻は塞がれた。呼吸ができなくなり、アダムはなすすべもなく気絶した。


## 05


「魔術に多少でも知識があるなら、この手は使えないのですが――」


 そんな言葉から切り出した飯野の案は、名によって行動を縛るというものだった。


「魔術に使う特殊な紙とインクを使えば、記述された名前と紙によって存在を照応させることができるんです。簡単に言えば、名前を書かれた紙と本人は同じものだと見なせるってわけですね。紙の方を傷つければ本人も傷つき、紙を折れば本人の骨も折れる――というのが基本的な理論の上での話です」


「理論、ということは実際は違うと?」


「さすがに危険極まりないので。市販品にはある程度の制限がかかってます。一応、違法なんですけど制限を一部解除する方法もあります。でも、それでも完全な照応は不可能なんですが……けれど、できることもあります」


「防犯ブザー?」


「これに制限解除紙を巻きつければ、対象者は体の内側からブザーが鳴り響いているような感覚に襲われるでしょう」


「……なるほど。それは辛い。でも、」


「はい。それじゃ不十分なのでこれを使います」


 そう言ってハオランの鞄から飯野は一枚の術符を取り出す。


「それは?」


「貼ったところの穴を魔力で埋め塞ぐ術符です。本来は割れた窓の応急処置なんかに使うんですけど……今回はこれを人間の口と鼻に使おうかと」


「なるほど。窒息死の心配は?」


「……ありますけど、ほかに手段がないので」


「じゃ、その辺見計らうのは僕がやるよ。もし死んでも、君に責任はない」


「……すみません。それで、作戦としてはこういう流れです。


 まず、私が行って、この紙に名前を書いてもらう。名前を書いてもらう際にも色々注意しなくちゃいけないことがあるので、これは私にしかできません。


 次に、ブザー音を体内で響かせるための下準備。それと、周囲を巻き込まないための結界。準備は私がやるので、結界の方はハオランさんにお願いします。ハオランさんにはほかにもやってもらうことがあるので」


「というと?」


「さっきはああ言いましたが、ブザー音を体内から鳴り響いてるように感じさせるのも簡単じゃないんですよ。ざっくり言うと、本来の役割に準じさせないといけない」


「つまり、防犯ブザーを使用されて然るべき状況であるべきだと?」


「まあ、そんなところです。つまり、ハオランさんにはあの男の人に敵意を抱かせてほしいんです。殺意ならもっといいですね」


「敵だと認識させて、挑発すればいいんだね。了解」


「囮みたいなことさせといて申し訳ないんですが、ついでにこの術符を巻く作業もお願いします。私はブザー音に術式を付与してないといけないので」


「おーけー。どうせ殺さないように時間を計るのは僕の役目だしね、問題ないよ」


 ――という具合に作戦会議は終わり、二人の想定よりもあっさりと作戦は成功した。


## 06


「――というわけなんだ」


「ふうん。なるほどな」


 ハオランの説明を聞き、ニールは納得したように頷く。


「……ところで、その話に出てた協力者ってのは?」


「君にってそのローブを僕に預けてから、すぐにどこかに行ったよ。……今にして思えば、分かってたんだろうね、こうなるって」


「ふっ。うかつだったな……まさかオレ達が」


 ニールは自分たちを拘束し、車に乗せてどこかへと運んでいく警官たちを見て言う。


「…………まさか、警察のご厄介になるとはな」


 その表情は、どこか穏やかなものだった。


 ――【勇者連合】に捕まったなら全力で抵抗を試みただろう。だが、捕まったのが治安維持機関である以上、ニールとて大人しくしていることについてはやぶさかでない。


「……僕には女子寮不法侵入の疑いもかかってるってさ」


「そりゃ、そんな格好してたらなあ」


 そんな、妙に穏やか過ぎて二人が警官から不審に思われていた時だ。


 ――ザンッッ。


 車両が、前と後ろで二つに両断された。


「!? な、なにが――あぐっ」


 同行していた警官の一人が袈裟切りにされる。そうして一人、二人と倒されていき、残すはハオランとニール、そして最後部の座席に寝かされたアダムのみとなった。


(な、なんだ……何者なんだ、あの、エルフの老人は……)


 ハオランの視線の先、そこには日本刀を携えたエルフの老人が立っていた。車両を両断したのも、警官たちを一切の抵抗さえ許さずに倒したのも、全て彼だ。


 ただ者ではないことは明らか。


(エルフってことは、【勇者連合】じゃないのか……? いや、でも今、この状況でこの車を襲う理由があるのなんて……ん?)


 そこではじめて、ハオランは右隣に座るニールの様子に気付いた。下唇を噛み、並々ならぬ思いの籠もったような視線で老人を見るニールの姿に。


 ニールは悔しさと憎しみの入り混じった声で言った。


「……なあ、アンタの剣は、人を守るためのモンじゃ、なかったのか…………?」


「…………この世は、あまりに平和に過ぎる」


 老人はただ、そう答えた。


「だから【勇者連合】に味方するってか? そりゃ随分と優秀な弟子だなァ。……なあ、シャルマの爺さん?」


「……知り合いなのか?」


 ハオランの問いに、ニールは首肯する。


「お前には話してなかったな。あの人はオレの村の出身で、オレと一緒に日本に来た人だ……お前に言って伝わるか分からんが、どうも昔こっちに来てた江戸の剣術師範、柳生宗矩から剣術を習ったそうでな、柳生新陰流を独自発展させた剣術、コスカルメア柳生の使い手だ……!」

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