第6話【剣術無双】


 チャリアのおかげで、ニールのもとへ駆けつけるのは簡単だった。

 屋根の上に隠れて、ユマは人だかりの中心にいるニールとハオランを見つける。が、二人のもとへ向かおうとするとチャリアに止められた。

 チャリアの指差す先、そちらを見ると車から警官たちが出てくるところだった。あれよあれよという間に二人は手錠をかけられ、車に入れられた。


「……あれ、どうしたらいいの?」

「うーん。釈放されるのを待つしかないんじゃないですか?」

「それは困るんだけど……」

「じゃあ、やっちゃいますか?」

「……やっちゃう?」

「…………キミたち、すぐそういう短絡的な手段とろうとすんのはどうなの?」


 公権力に害をなそうとする二人を冷ややかな目で見ているのは、二人の猫島だった。泣き腫らしたあとの赤い目もとのまま、半目で二人を見ている。

 猫島はあのあと、いったんユマ達と行動を共にすることに決めたと二人に告げた。母親を人質にとられているも同然の状況なので、すぐにユマ達の側につくわけにはいかなかったが、心はもうユマ達の側についていた。


「……む。分かってるって。そんなことはしない。しないよ」

 ユマは首を横に振る。

「はい。やるなら拘置所に着いてからですよね」

「だからしないって言ってるでしょ!」

「あ、車出ますよ」

「……じゃ、とりあえず追いかけようか」


 4人は屋根の上を伝い、車を尾ける。


「でも、どう報告すればいいんだろうこれ……まさかアダムが負けたどころか警察に一緒に捕まるなんて…………ボクがどう言いつくろっても任務は失敗したってことにされるんじゃ……」

「…………それは、うん」


 顔を青くする猫島にユマが言葉をかけようとした、その時だ。

 追っていた警察車両が真っ二つにされていた。2つに断たれたうちの前方は近くの建物に突っ込んで煙を上げ、もう一方、ニールとハオランの乗る後方に目をやれば、


「何者だっ――、ガハッ!?」


 襲撃者に抗しようとした警官が袈裟斬りにされていた。

 その剣さばきをユマは知っている。記憶に、そして身体に染み付いたその動きで、剣を振るう者が誰か、これ以上ないくらい明瞭に理解できた。同時にすっと、腑に落ちる感覚を覚える。

(そうか、そういうことだったんだ……)

 ニールが隠そうとした事実、それをユマは一瞬のうちに悟り、杖をとった。即座にそれを日本刀にして、


「行ってくる」

「それなら私は、ここから援護を」

「駄目。横槍は入れないで……これは、私の、私だけの戦いだから」


 目を閉じて、それからからりとした明るい声をユマは出す。


「大丈夫! ちょっと話をしてくるだけだから!」


 そう、これから行われるのは戦闘であると同時に会話でもあるのだ。ユマは糺さなくてはならない。何故、【勇者連合】の側につくのかと。

 剣の振るい手の名をユマは知っている。20年前、ニールと共に異世界に飛ばされて行方不明となっていたその老人の名はシャルマ。ユマの剣術の師であり、かつては世界最強、剣術無双の二つ名さえ掴んでみせた剣鬼だ。

 ユマは背中の両翼で加速し、ニールたちとシャルマとの間に割って入るようにして着地した。


「――っ。どういうことなの? シャルマおじいちゃん」

「見ての通りだ。ユマ。私は、お前たちとは別の道をゆく」

「なんで」

「聞き出したくば、刀を振るえい!」


シャルマの攻撃をユマはすんでのところで受け止める。

 そこからはもう、言葉を発する余裕のない打ち合いだった。

 打ち合うこと7度。呼吸さえも忘れそうな緊迫感の中で剣と剣を叩き付け合う音が響く。

 実力差は最初の一合で歴然としていた。それが第三者の目にも明らかになりだした7度目でようやく、シャルマは攻撃の手を緩め、一言。


「未熟なり」


 再び、打ち合いが始まる。ユマはもう刀を握り続けるだけで精一杯の状況だ。ピリピリと痺れる手の感覚はほとんど残っていない。それでも、必死に食らいつく。


「研鑽を怠ったな、ユマ。お前の剣はさながら投薬治療で辛うじて生き長らえる末期ガン患者の如し。早々に逝かせてやった方が、幸せというものだ」

「何言ってるかっ、分かんない……よっ!」

「そこのニールにでも説明してもらうといい。尤も、説明をきく余裕が、あるのならなァ!」

「――っ!」


(だめだ……! 私はさっきから全力で応戦してる! これ以上ないくらい必死になって神経を張り詰めているのに、向こうは、おじいちゃんはまだ、本気を出してない! ……手加減、されてるんだ。私の実力を、真価を見極めるために打ち合いを長引かせている!)


 その証拠に、シャルマの攻撃は徐々に重く、受けづらいものになっていった。刀に載せられた重みは段違いで、振るう速度は体感で最初の1合の倍以上。もはや視覚などアテにならない領域に達しつつある。


 ――来る!


 ユマは半身になって身を逸らす。ちょうどそこに、まるで吸い込まれるようにシャルマの刀の切っ先が打ち込まれた。


「成程。恐ろしいものだ」

「――っ? なにが!」

「若さとは、未来さきがあるということだ。ユマ、私はお前が恐ろしい。これから先、綿飴のように加速的に大きく成長するお前が怖い」

「だから私に分かる比喩使って!?」

「ニール、後で綿飴を作る機械を作っておけ。簡単だろう」

「…………敵対してンなら敵らしくしろよな、じいさんよォ」


 ニールが渋面を作る前、シャルマとユマの打ち合いは決着の兆しを見せ始めていた。それはやはり、第三者にはかろうじて分かるといったものだったが、当人たちにとってはもう終わりにしてもよいくらい明瞭に、東の空が白んで夜の終わりを悟るように分かりきったことだった。


 すなわち、


(私の、負け…………っ)


 でも、だとしても。


 諦める理由を、ユマは持ち合わせていない。


 たとえ諦めたほうが楽なのだとしても、それが、膝を折る理由にはならないのだ。


(あの夜、兄さんは私を守ってくれた。私を信じて、戦う力を託してくれた)


 戦う力は、抗う力は、信じて託されたものは、今もこの手に握り続けている。ゆえにユマは刀を振るい続ける。自ら屈するくらいなら、戦いのさなかに首を切り落とされた方が遥かにマシだ。

 この信頼を裏切ってなお、生き続けるなんて、そんな真似は到底許容できない。ニールが許しても自分自身が許せない。

 なにより、そんなことをしてしまえば、ユマの「人を助けたい」という祈りはただの偽善に堕してしまう。命惜しさに降参するということはつまり、命をかけてでも助けたい――という、いつかの未来で抱くかもしれない祈りをただの妄言にすることに等しい行いだ。


(そんなのは、嫌だ!)


 打ち合いは一層の激しさを見せる。もはや余人の介入する余地はどこにもない。シャルマも、徐々に本気を出しつつあるのか口数が減ってきた。代わりに一撃一撃が必殺のものになったことが感覚的に理解できる。

 少しでも動きを誤れば、死ぬ。

 演算機械のごとく緻密に、相手の動きを読み取り、攻撃の本質を評価し、最善手を導出することが求められるのだ。

 すでにここまでの剣戟で疲労が蓄積している。意識は半ば朦朧としていて、一瞬でも気を抜けば眠りに落ちてしまいそうだ。

 ユマは舌を噛み切って眠気を飛ばす。どのみち、ここまでくれば言葉でさえノイズにしかならない。二人の意思は打ち重なる剣戟の響きに現れている。


(まだ! まだまだまだ! 終わらせないッッ!!)


 ユマは、無意識にあるリミッターをかけていた。すなわち、自分の、素の剣術のみで戦うという縛りを。

 シャルマとユマ、二人の関係は剣術の師匠と弟子にあたる。たとえどんな状況であれ、ユマにとってシャルマが剣術の師匠であることは未だに変わらないのだから、素の自分でできる精一杯の剣術だけで戦うのは、当然の発想だろう。

 誰も、剣道の試合にトンファーやスタンガンを持ち込みはしない。

 しかし、この極限の状況下でユマの、無意識の縛りが解けつつある。

 ひたすらに、負けないために使えるものは何でも使うようになっていく。


「――っ!」


 不意に、ユマの刀の切っ先から熱光線が放たれた。シャルマはそれを最小限の動きで回避する。熱光線は建物を2、3貫いて空の果てに消えた。

 シャルマはそこで初めて笑みを見せた。普段の老紳士然とした様子からは想像ができない、獣のような笑みだ。


「シィィィッッ!」


 吐く息と共に刀が振り下ろされる。動きはユマの右腕を切り落とさんとするもの。ユマは刀を天に投げる。そして、避けるどころかむしろ、つま先で跳躍して自分から受けに行った。

 右腕が落ちる瞬間、背中の翼が風を生んだ。

 羽ばたく。

 そこでユマが回収したのは、先程放り投げた刀だ。しかし形状が異なる。柄の部分が伸びて、義腕になっていた。


「…………っ」


 ユマは義腕を右腕の断面部に押し付け、杖の変形機能により無理矢理接合させる。

 竜の翼が羽ばたいた。

 急降下。

 掲げた義腕の右腕が巨大化する。もはや刀ではなく、巨大な鎚を振るうようなものだ。辺り一体が大きな揺れに包まれて、道路に大きな穴が空く。

 しかし、決着はまだつかない。

 シャルマが駆け上がるのは巨大化したユマの義腕だ。人の身ではなし得ぬほどの神速でゆく。ユマと同じ高さのところまで。

 ユマは義腕を外し、生身の右腕を生やした。同時、シャルマの足元からは切っ先を上に向けた剣を生やす。時間稼ぎにもならない程度のささいな妨害。血の一滴でも流してくれれば御の字のそれを、シャルマはいなすどころか利用した。

 踏み台にしたのだ。

 そうして放たれる一閃は踏み込みが不十分なため、比較的弱い一撃となる。

 けれど、ユマにとっては不意の一撃だ。

 とっさに両腕を胸の前で交差させて防ぐ。


「ガ、くっ、ァァアァ――――ッッッ!!!」


 翼を使うこともできぬまま、ユマは落とされた。シャルマの剣に乗ったエネルギーに押し負けたのだ。


「………………」

「………………」


 静寂が、訪れた。

 もはや剣戟の音は聞こえない。鳥肌の立つような静けさの中、最初に立ち上がったのはシャルマの方だった。

 彼は刀を腰の鞘に差すと、咳払いを一つ。


「いかなる手を使ってでも勝利を得んとする姿勢は悪くなかった。しかし、その玩具おもちゃいくさの邪魔にしかならぬ」


 シャルマは巨大化した義腕に登り、腕の付け根、肩の辺りに設えられた深紅の宝石を凝視して、刀を鞘が付いたまま、振りかぶる。


「下らぬ玩具は、早々に取り上げなくてはな」


 ――パキン!


 宝石にヒビが入る。同時、義腕が縮み、元の杖の形に戻っていく。

 倒れ伏すユマもまた、強制的に変身が解除されてもとの姿になる。背中にあった一対の竜の翼は、もうない。


「……刻限だ。ユマ、次に見える時、まだ玩具に頼るようであれば容赦はしない。その首、取らせてもらう」

「…………待って、どうして」


 立ち上がり、ユマが問う。変身が解除されたためか、ユマの体には痛みはおろか、疲労さえない。

 そんな体に違和感を覚えつつ、ユマはシャルマの腕を掴んだ。

 怯えからか、手が震えたままだ。まるで力なんて入っていない。振り解くことは造作もないだろう。

 だが、シャルマは立ち止まった。


「敗者に教えてやる義理はない」

「……村が、誰のせいで滅んだか、知ってるの?」

「知っている。だが、あれは仕方のないことだ。どんなに健康な人間にも癌細胞が生まれるように、どんなに優れた組織にもあのような致命的な愚か者は存在する。働きアリの法則を知っているか? 働きアリはその6割が――」

「聞きたくない」

「……そうか」

「私は、たとえどんな事情があろうと、村一個滅ぼしておいて、それを仕方ないの一言で済ませようとする組織は、間違ってると思う」

「…………青いな」

「おじいちゃん、昔は、この剣で村を護りたいって、言ってたんだよね?」

「お前の祖母か。いつまでたっても口の軽い……」

「それなのになんで」

「……全ては終わったことだ。語らせたいのならば、次こそは勝つことだな」


 シャルマが歩き去る。ユマはその場に留められずに、その背中を見送ることしかできない。

 失意に拳を握った。


(また、何もできない……)


 不意に、シャルマが立ち止まった。


「時にユマ。今、この島に、我らの首領が来ているようだ」

「え?」

「会ってゆくか? なに、取って食いはしまい。我らの首領は、無闇な殺戮を何よりも嫌う」

「……わかった。案内して」

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