第5話【学園島の戦い】 - I(前)

## 02


 サテルニア島の裏路地、密かに張られた隠蔽結界の中には二つの、徹底的に頭部を破壊された死体とその死体を作り出した二人の姿があった。二人のうちの片方、猫耳姿の少女はニールと共に死体にされて倒れているはず猫島ねこじま紗衣さえその人である。


 違うのは着ている服と、こちらの猫島は無傷であるという二点のみ。

 そんな猫島は無傷であるにも関わらず、痛みを堪えるように頭を抑えていた。そしてとうとう、我慢できなくなって叫ぶ。


「がー!!!! 痛い! 痛い! 死ぬ! 死ぬってこれぇ! あ゛ーーーーーっ!!! なんで耳を撃つかなあ!」


 猫島の隣に立つ男が、むきだしの大胸筋の上に翻訳術符入りペンダントを揺らし、呆れたふうに言う。


「無理を言うな。この銃でそのような精密な操作はできん。頭部を優先的に破壊しろと言ったのはお前だったと記憶しているが」

「そう! だけど!! さぁ!!! み゛ゃ゛ぁぁぁぁぁぁぁ…………脳ミソ優先でやっても顔を貫通する痛みとかが来るのは想定外だったなぁ……うぅ」

「ネコジマ、貴様も男だろう。ならばそのような女々しい声はやめろ。吐き気がする」

「ああもう、わぁったよアダム。人間戦車マン・タンクサン――結界を張ったのもターゲットを惹きつけておいたのもボクだってのに」

「何か言ったか?」

「別に」

「俺はメアリを回収する。貴様は生き残りの娘のところへ行け」

「りょーかい」


 不貞腐れた声で返事して、猫島は街中を駆け出してゆく。いつも通りに人通りの少ない朝の街中を。

 手頃な足場を見つけ、上ったり跳んだりしてあっという間に屋根の上へ。

 一定の、小気味良いリズムでタンタンタンタンと駆け抜け、最短でサテルニア島からの脱出を図る。しかし、


「――そうは問屋が、下ろしませんよ」


 眼前、年代物の杖を持った少女が立ち塞がる。彼女はつばの広いとんがり帽子を深く被っており、その顔は見えない。

 制服は聖流院学園高等部のもの。ウエストの少し下からふわりと広がるスカートの印象的な、黒のワンピースだ。

 風にふわりと銀髪揺らし、少女は宣言する。


「聖流院魔術学園高等部、術式研究部副部長、チャリア・カルロッツァ。師匠の異変を察知し、ここに参上しました」


 指先を猫島に向けて、宣言する。


「逃がしませんよ、転生能力者」


## 03


 ――なにも特別なことは、してこなかった。


 聖流院魔術学園が誇る若き才穎、チャリア・カルロッツァはそう述懐する。そこに驕りも謙遜もありはしない。空が青いように、海が独特の匂いを持つように、彼女はただあるがままに稀代の天才の称号を得た。


 では、彼女が生まれついての天才なのかと言えば、そうではない。


 生まれは一般家庭。曾祖母は転移者だったそうだが、特別な技能を持っていたわけでも、異能に覚醒していたわけでもない。そもそも、転移者の血が流れている者など、この国ではそこら中にいる。

 両親は平々凡々とした普通の善人で、彼女もきっと、本来ならばそのような人生を歩んだのかもしれない。ありふれていて、しかしそれゆえに尊い人生を。


 だが、そんな彼女の平凡な人生は7歳のある夏の日、一人の転移者によって終わりを迎えることとなる。


 何かをされたわけではない。ただ、見てしまっただけだ。何もない空から突然、転移者が生まれてくるのを。


 それは、彼女の人生の中で最大の不思議だった。


 何もなかった空に突然、人の身体が作られて、服が作られて、しかもそれが質量を持って自分の上に落ちてきたのだから。転移者の女子高生の言葉はまったく理解できなかったが、彼女はその姿を見て、その身体に触れて、肌の柔らかさや温もりを知って、空から生まれたその少女が、自分や他の人と何も変わらない普通の人間なのだと悟った。


 彼女のほんの少しの常識で考えてみても、それが魔術的な現象であることは明白だった。


 以来、彼女は魔術に傾倒した。


 小説を読み漁るように魔術所を読みふけり、料理をするように術符を作成し、息を吸うように魔術を行使した。辛さはなかった。恐しいことに、彼女は魔術に関するあらゆることに楽しみを見出していた。


 かくして、稀代の天才と称される怪物が誕生した。長年に渡る研鑽も、艱難辛苦の果ての発見も、臥薪嘗胆の末に掴んだ成功も、なにもかもを「楽しい」という感情一つで軽々飛び越してゆくバケモノが。


 そんな彼女の姿勢から与えられた二つ名は【愉楽術姫】。楽しんでいるだけで、そんなところまで上りつめてしまった彼女の有り様を示す名だ。


 だが、それでも人々は噂する。


「チャリア・カルロッツァは実は名門魔術師の子だ」

「チャリア・カルロッツァは名のある魔術師が転生した姿だ」

「チャリア・カルロッツァは神から叡智を授かった」

「チャリア・カルロッツァは他人の功績を盗んでいるにすぎない」

「チャリア・カルロッツァは魔術の進んだ異世界で暮らしていた」


 心無い噂も中にはある。それでもなお、止まらなかった。


 チャリア・カルロッツァの「楽しい」という感情だけは、もはや誰にも止められなかった。そう、チャリア本人さえ。


 チャリアは普通の少女だった。それゆえに彼女は、10年経った今でさえ、己の「楽しい」という感情に振り回され続けている。


## 04


 オオカワの街に密かに張った陣の効果で、街中で交わされた魔術関連の会話は全てがチャリアの被る帽子に集められる。

 その日もチャリアは、寮の部屋に戻るとすぐに帽子に貯め込んでおいたそれを聞いていた。感覚としては、ラジオを聞いているようなものだ。

 術式によって情報情報処理を強化しつつ、椅子に座ってこれを聞くのが、チャリアの密かな日課であり、楽しみだった。聖流院魔術学園内の講義やサテルニア島の魔術関連店の人々の会話も拾っているので、情報の量は尋常ではない。しかし、そんな膨大な量の情報の処理も、彼女の術式、【秘匿祭祀場カミスカラ私室版カルロッツァ】があればほんの1分で十分こと足りた。


 それによって、彼女は聞いた。


 転生能力者の話を、ニールの作り出した転生機のことを。コスカルメア村は滅び、神竜メイグラーヤが消えたことも知った。無論、【勇者連合】という組織についても。


「面白い……!」


 全てを聞いた彼女の第一声は、それだった。


 すぐさま、チャリアは使い魔を放ってコスカルメア村の状況を確認した。村は一面の焼け野原になっており、黒焦げの焼死体がそこら中に転がっているような有様だった。


「良かった、本当だったんだ……!」


 不謹慎な言葉だとは、理解していた。それでも彼女のわくわくは止まらなかった。

 チャリアはすぐさまニールの所在地を調べ、折を見て会いに行くことにした。


「私、昔から転移者のことは色々調べたいと思ってたんです! 是非に協力させて下さい! というか弟子になります! 師匠!」


 と、勢いに任せて弟子になることをニールに承諾させたチャリアだったが、彼女には一つ不安があった。


(……そもそも、弟子って何をするんだろう?)


 とりあえず師匠の言動をそばで見て、成長することが弟子の一番の仕事だと判断したチャリアは寮とサイカの家を繋ぐ術式陣を作り、なるべく長い時間、ニールのそばにいられるようにした。それから、自分のいないところで面白い話をされるのは嫌だったのでニールの言動とサイカの家での会話は一つも逃さぬよう、ほぼ常に盗聴し続けることにした。


 罪悪感はないではなかった。それでも、盗聴を止めるという選択肢を、感情に振り回され続ける彼女にとれるはずもなく――今日に至る。

 朝、寮から高等部の校舎へ向かう途中で、チャリアはニールが何者かに襲撃されたことを知った。どういうわけか、ニールに掛けておいた盗聴術式が機能しない。ただごとではないと判断し、向かうことにした。


 美人局めいた真似ができるのは無計画な建築によって人目の届かぬ裏路地が数多あるサテルニア島だけだ。


 彼女は鳥の目を借りつつ、サテルニア島に不審な人物はいないか探し――街を走り、屋根のに上った猫島紗衣を見つけた。方向から考えて、聖流院魔術学園群島からの脱出を図っているのは明らかだ。チャリアは即席で大砲を作り出し、自分を砲弾としてサテルニア島北部へ向けて――猫島の行く手を阻める位置へ――飛んだ。


 かくして、彼女は猫島の前に現れた。

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