第21話 かみさまに会いに②

「ぎゃあっ!?」「壺から声がっ!」


 真夜中に部屋の隅から声と『ゴン』という鈍い音がしてボクらは目が覚めた。


 兄が起きて電気をつけると、襖が開いていて廊下でおじさん夫婦が腰を抜かしていた。


「おじさん…」


 年月で歪んだ木目の廊下に、月の光を浴びた白地に極彩色の壺が転がっている。

 ボクはふとんから飛び出し、うずくまる邪魔なおじさんたちを飛び越え壺を見ると、見事に縦真っ二つに割れていた。


「兄ちゃん、壺がっ!」


 兄はボクの声で我に返り、そばに来て壺の乳白色な内側に触れて呆然としている。


たたりだっ」「だから私は嫌だって…」


 おじさん夫婦は頭を抑えてうずくまっている。

 

 ボクが怒りと軽蔑で見ていると、「どうしました?」と両親が隣の部屋からやってきた。


「父さん、壺が…」「割れた!」


 ボクらの必死な形相に父も眼が覚めた。



「坂上家に伝わる壺が一体いくらか知りたかったんだ」


「そんなこと知ってどうするつもりだったんですか?」


 客間で床に正座してうなだれるおじさんたちに父が厳しい顔で詰問した。

 父が怒るところを初めて見た。父にとっても大切な壺だったようで、怒鳴りはしないがかなり怒っている。母も珍しくむっとしていた。


「うっ…」


 おじさんたちは口ごもった。


『元はうちのものだ』とか言って売るつもりだったのだろう。子供だからうまく取り上げようとしていたのだろうが、そうはいかない。

 こっそり運ぶときに壺から声が聞こえ、驚いて落としたと白状した。


(ユンジュン…)


 ボクは呆れて何も言えなかったが、それよりユンジュンが心配で兄に目配せした。


 兄は「とにかくくっつけよう」と言って、おじさんに接着剤を持ってこさせた。

 

(ユンジュンは壺がないとどうなる?)


 考えただけで怖くて足がすくむ。

 彼が中国に帰ってもいいなんて嘘で、本当はずっとそばに居て欲しい。しかし、それ以前に壺がないとユンジュンは存在出来ないかもしれない。

 兄をちらりと見ると、同じことを心配しているようだ。


 とりあえず多目的ボンドでくっつけた。おじさんたちは警察沙汰にしたくないのか口数も少なく全く大人しい。

 この家に壺が残らなかったわけだ。




「もう寝なさい」「お休み」と両親が部屋を出て行った。


 ボンドでくっついたから、と父はその場を収めた。おじさんたちがホッとしていたのもムカつく。

 ふと後ろにユンジュンが立っていた。その表情は複雑で、この家が情けないのか、ボクらが壺を守れなかった体たらくに怒っているのかわからない。


「ユンジュン、壺を守れなかったっ…ごめん!」


 ボクが謝ると、兄も頭を下げた。


「違う、子孫が落ちぶれて泥棒みたいになってると思うと辛くてな。俺のことは心配するな、壺にはもう住めないがそれも運命だ。俺は長い時間不自然に存在し過ぎた。おまえらはもう大丈夫だ。最初あの家に来た時はどうなることかと心配だったが、自分たちでなんとかした。感心したぞ」


 ユンジュンはそう言ってボクらの髪をぐしゃぐしゃと撫でてから、かつての住まいである壺を愛し気に抱きしめて部屋の端っこに座った。どうも立っていられないくらいしんどいようで、一気にやつれ肌が心なしかくすんでいる。髪に艶がない。


「そんな!」「お別れみたいに言わないで!ボクらの子孫も助けてくれよ、軍師なんだろ?」

 

 それを聞いてユンジュンは弱弱しくにこりとした。そんな軍師殿の笑顔を見たくない。


「もう寝ろ。明日は家族で甲子園だろ?」


 彼は力尽きた様に壺に頬を付けるように寄りかかって眼を閉じた。少しでも壺からのパワーを貰おうとしているかのようだ。


 それを聞いてボクははっとした。疲れたユンジュンの邪魔にならないように兄に小声で相談した。


「ボク遣唐使について調べたんだ。遣唐使が住吉津すみのえのつから船出する際には、住吉神社で『開遣唐船居祭』が行われてた。住吉神社には住吉三神が祭られている。ユンジュンを壺に入れたのは多分海の神様の住吉三神だ。ユンジュンを助けてくれるかも…」


 兄はガバリとボクの肩を掴み、


「タカシ!空が明るくなる前に行こう、ユンジュンが心配だ」と部屋の隅で眼を閉じたユンジュンを涙目で見た。




 ボクらはまだ暗いうちにこっそり本家から出てタクシーを拾い、大阪市住吉区にある『住吉大社』に向かった。ユンジュンには無理を言って壺に入ってもらった。

 運転手は壺を持った二人の子供がお金を払えるのか心配そうだったが、兄が財布から万札を見せたら「行くでー」と元気になってタクシーを急進させた。


 ボクらがもたれ合ってうとうとしていたら目的地に着いた。

 おじさんにお金を払い、壺を抱えたボクらは早朝の人気のない住吉大社の前に降り立った。

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