第19話 心臓を貫かれて②
「で、なんでここにいるの?」
ミキの自称父は母娘に
楽しみにしていたランチを邪魔されたと言うミキの剣幕に、ボクは同じくビビった。ボクが怒られてないのに。
ボクの隣に座る母は心配、もとい面白そうに成り行きを見守っている。絶対に後で父に言うつもりだ。
彼がこわもての刑事役だったドラマ特番を年末に見たせいか、目の前の茶髪の男性のあまりのひ弱さに違和感しか感じない。
(これ、哀れを誘うための演技?)
学校の校門で会ったときはスポーツカーと花束効果でかなりチャラく感じた。
ぱっと見は美樹とはあまり似てない。しかしよく観察すると彼女とオガハルは同じ綺麗な耳をしているのに気が付いた。ボクは美樹の耳の形がとても好きだ。
「だって、美樹の私立中学の合格写真を偶然ネットで見て直感した。俺の子だろ?」と言った瞬間、由樹とミキが同時に、
「あんたの子供じゃない」「あんたは父親じゃない」と冷たく言い放った。
ユニゾン…恐ろしさが2倍、いや、4倍になってボクを襲った。隣の母は笑うのを我慢している。
ミキはボクの様子に気付き、一瞬で優しい表情になった。そのあまりの変化も、怖い。
「ごめんね、タカシ君。邪魔者を追い払うね。オガイサン、見たらわかると思いますが今から彼氏の家族とランチなの。いなくなって頂けません?」
(ミキちゃん…丁寧なのに怖いよっ!)
腹の底から冷えたボクは母をちらりと見て助け舟を出した。
「あの、オガハルさんは上手い役者さんだなって…」
「タカシ君、気を使わなくていいよ。この人は他人」
ミキはボクの言葉にかぶせてそう冷たく言ってから、
「私は絶対に認めません。10秒で出て行かないと店から蹴り出します。騒ぎにしたくないでしょう」と今にも蹴りそうな勢いで立ち上がって警告した。
さすがに娘に元夫を蹴らせられないと思ったのか、由樹が彼の襟をむんずと掴んで立ち上がらせた。
「ごめんね、先食べてて」とボクらに謝ってカフェの出口に向かった。残されたコーヒーが悲しい。
「一人で美樹ちゃんを育てただけあるわね、カッコいい」と母が彼女の背筋の伸びた美しい後姿を見ながらつぶやいた。
「…母は私を一人で育てて強くなったんです。いまさら、父ですぅ、なんてへらへらのこのこ出てきても、ねえ、タカシ君?」
(ど、同意を求められても…)
「うん…ミキちゃんの気持ちもわかるよ。由樹さんの苦労をそばでずっと見てきたんだものね。でも彼はいい人そうだったし、何か事情があるのかも…」
彼女に怒られるかもだけど、勇気を出して言ってみた。母もうんうんとボクの援護射撃で頷いてくれている。どうしても悪い人には見えない。
「…母から父の話を聞いたら、二人ともそんな
3人で話しながら前菜とスープまで進んだ頃、由樹が苦笑いで戻ってきて席についた。
「ごめんなさいね、彼意外としつこくて。あれは美樹の生物学上の父なんだけど、まったく子育てに関与してないから父親とは言えないでしょ?これからも言わす気はないけど」と由樹はあっさり彼の事を切り捨て、前菜をパクパクと小気味よく食べながら
「
でもね、美樹を妊娠して相談したら『どうする気?』って。ショックだった。産むのは私の中で決まってたのにね。で、問い詰めたら彼もその日に事務所から大きな仕事を打診されて私に相談しようと思ってたって言うの。ま、要するに彼は私よりも仕事を取ったってこと。で、もちろん籍も入ってなかったし、早くに亡くなった両親の遺産がなくなるまでは俳優を目指すつもりだったから、きっぱり夢を諦めて母の実家に身を寄せたの。
亡くなった母は一人娘だったから祖父母には歓迎してもらえた。で、愛知の稲沢の植木屋家業を手伝いながら子供を育てたの。でもね、美樹が5歳になるころに保育園の先生が私のストーカーになって。でも狭い地域でしょ、彼はいいとこのおぼっちゃんで私はシングルマザーだったから、私が彼をたぶらかしたって話になって…」と憎々し気に言った。
「そう、お母さん綺麗だったから毎日お迎えが楽しみだったなー!そのサトウ先生、お母さん狙いだったからすごく私に優しくてキモかったの。下手なくせに髪の毛とか編んだりしてきて嫌だったなー」と美樹が説明する。それを受けて「だった、は余計だけど」と由樹は笑った。
ボクはわかる気がした。だって由樹が25歳くらいの時だ、今でも綺麗だからどれほどだったかは想像に難くない。
「そんな時に劇団をしてた時の裏方の仲間からイギリスのヨークに来ないかと誘われて。両親の遺産がまだ残っていたから、それが尽きるまで勉強がてらあっちにいることにしたの。ストーカー被害を受けなかったらそんな話に乗らなかったと思うと感慨深いわね。
で、イギリスで英語を勉強しながら友人の紹介でチョイ役をもらえるようになったわ。久しぶりに演劇に触れて、すごく刺激的だった。シングルマザーに理解があるから住みやすかったしね。そのうちに仕事が増えてロンドンに住むようになって、イギリス生活が7年近くなってたの。大変だったけど本当に楽しかった。
でも、
伯父の名前がふいに出てきてボクは驚いた。
「なんで伯父さん?」とボクが聞くとミキは嬉しそうに、
「学おじさんはママの幼馴染で、何度もイギリスに来てくれたの。私と遊んでくれたりママの素敵な記事を書いたりして、本当に大好きだったんだ」と伯父と遊んだり二人で旅行した話をした。由樹が長期で仕事の時には面倒を見ていたそうだ。フリーライターだからどこでも仕事が出来たのだろう。
(そっか…ボクは伯父さんに似てるって言われるから、ミキちゃんはボクを気に入ってくれたんだ…彼女は気が付いてないかもしれないけど、それなら納得…)
ボクみたいなデブスが女子に好かれるなんてありえないに近いってわかってた。でも理由がわかってほっとした。
「でも困ったわね、美樹の事をあいつに知られるなんて…恋人役の学もいないし」
「え、学さんは由樹さんの恋人じゃなかったんですか?」と母が驚いて聞いた。
ボクもそう思っていた。
「やだ、違うわよ。学は親友だしたくさん彼女がいたもの。私そういう人を恋人にしたくないの」
母とボクは顔を見合わせた。あのぼんやりの伯父に恋人がたくさん?と母の目が言ってる。ボクも前はそう思っていたが、ユンジュンも兄も由樹と同じようなことを言ってた。
「人は見かけによらないのね…」と母がぼそりと言った。
「あら、
「そうですね、夫の兄として見てたけど、とてもいい人だとしか思ってなかったの。隆がとても学さんに懐いていたから、お父さんってば嫉妬してたのよ」
ボクは首を振った。
「…知らなかった」
ミキはもう
本当は初めて会う父親が怖かったのかもしれない。ボクは彼女をすごく強くて眩しいと感じてるけど、弱い部分だってある。
そしてミキと由樹から聞く意外な伯父の一面に、ボクと母は笑ったり驚いたりした。真面目な父は兄の自由な生き方に嫉妬していたかもしれない。
(なんだろう、ボクが見ていた世界が伯父さんが亡くなってからひっくり返ったオセロのように白黒反転してる。ボクだけがまだ自分の世界に追いついてないみたいだ)
それは心地よい戸惑いだった。
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