第7話 走れタカシ①
11月の模試の結果が12月初めに出た。
8月の模試が散々だったボクは勉強に励んだ。その甲斐あって希望の中高一貫校の受験ができそうな点数が取れた。
「おいおい、マナブが行ってた男子校じゃないか?!ミキと一緒のところに行かないのかよ?」
希望校の願書を目前にしながら机の上の手が動かないボクに、手痛い一撃を喰らわせたのはユンジュンだった。
彼はボクの部屋にある壺に住む自称軍師だ。いつの間にかそばにいて美貌にぎょっとさせられた。
「実はミキちゃんは新設の私立校を受けるんだ。その理由がさ…偏差値がそこそこ高くて授業数が少ないからだって…」
「ぷっ…まじか!ははっ」
兄が横でそれを聞いて笑い転げた。ミキがピアノを習い始めたので、兄も知るようになっていた。確かに彼女らしい選択だ。
「で、どうすんだ。ミキはおまえと一緒の学校に行きたいと思うぞ。っていうかおまえが一緒に行きたいんだろう?」
ユンジュンが言うとおりでボクはぐぅと喉を鳴らして返す言葉がない。
ボクが行きたい中高一貫校はここいらで一番優秀な学校だ。学校を変えると偏差値が落ちる。
でも一緒の学校に行きたい。
ボクは悩みのきっかけの事件を思い出した。
先日、ピアノ教室のクリスマス会にミキが来てボクだけにこっそりプレゼントをくれたのだ。
緑の袋には、書きやすいシャーペンと鉛筆、マークシート用の消しゴム、デニムの筆入れと手作りのアイシングされたクリスマス柄クッキーが入っていた。
そして外国のクリスマスカード。
ミキっぽいサラダボウル感が嬉しかった。
ボクはそのイギリス製のゴージャスなカードを二人に渡した。
クッキーは大切にちびちびと食べている。
『一緒の中学にいきたいな。きっとすごく楽しいよ!』
「ねえ、それどういう意味だろう」とボクが聞くと、ユンジュンと兄が目を見合わせた。
「おいおい、これっていつもらったんだ?まさか…20日のクリスマス会?」と恐る恐る兄が聞いた。
「そうだよ」とボクが答えると、ユンジュンはわざとらしく天井を仰いで目を抑えた。
何をしても様になる。彼は自分の男前効果をわかっているのだ。
「おまえさ、もうクリスマスイブの夜だよ?4日も経ってるじゃないか。お返しのプレゼントと返事をしなきゃ!好きなんだろ?!
兄が「オレもかよ」といって笑う。しかしボクはそれどころじゃなかった。
(でも…)
時計を見たらもう7時だ。もちろんカーテンの外は真っ暗で、子供が今から外に出歩ける時間ではない。
「もう遅いし」
しょんぼりするボクの背中を兄がバチンと叩いた。
「こんだけ大きいくせに何やってんだ、今すぐ行くぞ!」
痛いより兄の提案に驚いて僕は飛び上がった。こんな遅い時間に家を出るなんて、見つかったらただじゃ済まないだろう。以前は母のヒステリックな怒りがひたすら怖かったが、今は心配をかけたくない。
「大丈夫、間に合う!プレゼントを買って届けるんだ。さ、手紙を書け。お金は俺が用意するよ、タカシへのクリスマスプレゼントだ」
「兄ちゃん…」
ボクが泣きそうな顔で見上げると、照れたように兄は、「早く書けよ。店が閉まるぞ」と言ったので、ボクは慌てて無骨な真っ白の便せんと封筒を引き出しから出した。
「こっちだ…」
ボクは兄が開けて待っててくれる玄関ドアからのそりと外に出た。冷気が肺に入って身体の中から冷える。
「さ、行こう」
兄が続いてするりと出、ドアを静かに閉めた。
今日はクリスマス・イブだが、父が仕事の都合で明日の金曜が坂上家のクリスマスだ。
以前のボクなら浮気かと疑ったが、今は違う。
最近父の仕事の話を聞いた。恥ずかしいが、ボクは父が会社で何をしているのかさえ知らなかった。父は会社が何でお金を儲けているのかや自分の業務内容を教えてくれた。
ボクが学校を選んでいられるのは父が頑張ってるおかげなのだ。
前と同じ家族なのに、全く違う。そしてそれは間違いなくユンジュンが現れてからの変化だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます