第24話 帰ってこなくてもいい、なんて言わないよ絶対②

 住吉大社でお祈りした後、ボクたち家族は大阪観光した。


 今まで家族旅行をしなかった分を補うように、甲子園、大阪城、万国博覧会記念公園の太陽の塔、海遊館、遊園地、天王寺動物園、大阪市立自然史博物館などに有馬温泉に連泊しながら通った。

 旅行が目新しいとはいえボクらがもうお腹一杯、という頃に住吉三兄弟との約束の日が来た。

 最後の日はもう一度住吉大社に行きたいと言ったら、父は朝一で連れて行ってくれた。


 大社の駐車場で車から降りると、まだ寒さがこたえる。3月の終わりの早朝だから当然だろう。息を大きく吸い込むと、隣に父が立った。顔を見上げる角度が低くなったのに気が付いてボクは父が縮んだかと思いドキッとした。その表情を見て父は柔らかく笑った。


「違うぞ、お父さんが小さくなったんじゃなくておまえが大きくなったんだ。なぁ、隆。あの壺は残念だったな…伯父さんとの思い出の品だったのに、すまなかったよ」と父が申し訳なさそうにボクに謝った。

 父は壺が行方不明になったというボクらの言葉を信じていた。


『あれは神様に修理に預けてあるんだ』なんて言えないボクは騙してるような気分になり、「いいんだ、またひょいと出てくるかもしれないし」と慌てて答えた。


 父は困った顔をした。


(そりゃそうだ、ぱっかり割れた壺などどこかで処分されている、と思っているのだろう。ボクも普通ならそう思う)


 父は「そうだな」と言ってボクの背を優しく撫た。




 家族で石鳥居をくぐった瞬間、世界が色の違う絵の具を混ぜた時のようにぐにゃりと歪み、ボクら兄弟だけが異界に立っていた。


「着いたよ、兄ちゃんっ!」


 もう入れないかと心配していたボクが大声を出すと、兄も同じようにホッとした様子で「良かった…」とつぶやいた。おばさんの妨害はなかったようだ。


 ボクはふいにドキドキしてきた。


(もし、ユンジュンがこっちの世界に残りたそうならどうしよう…帰ってこなくてもいいよ、なんて嘘を言わないといけないのだろうか?嫌だ、ユンジュンがいなくなるなんて絶対嫌だ!でもそれはボクの我がままで、本当にユンジュンが好きなら坂上さかのうえ家から自由にすべきなのかも…)


 迷っていたら、兄がボクの手をぎゅっと握って引っ張った。


「行こう」


(そうだ、ボクには家族も美樹もいる。なのにユンジュンまで欲しいなんて欲張りだ)


 前を見つめる兄の手をぎゅっと握り返した。同じことを考えている気がする。

 ボクらは黙って二度目の反橋を渡った。

 



「あり、ガキンチョ。よく来たり、早かったじゃり。ユンジュンはもうすぐに帰ってくるに、待ちゃあ。…ねい、相談じゃりがおまえらユンジュンを手放さんかの?おまえらがゆうたらあの美男はきっとこっちの世界におるり。そのほうがユンジュンが幸せじゃりよ…わらわという美しいおなごと過ごせばいいり」


 どうもこのおばさんに言われると下心丸出しで笑えてくる。隠す気もないらしいし、自分の事を「美しいおなご」などと堂々と言うのだ。

 彼女の言い草に僕らが呆れて笑うと、犬のとんがりたちがとてとてとそばに寄ってきて大きい狛犬になった。


「よく来たねい。ほら、さっさと行くだに」


 狛犬の後ろからちょっと照れながら出てきたのはユンジュンだった。


「ユンジュン!!大丈夫?」「ユンジュン、おばさんに変なことされてない?」


 ボクらはいつもの偉そうなユンジュンがしおらしいので思わずあのおばさんに襲われたのかと心配して駆け寄った。


「な、なんてこと言うりか、まだ手を出しておらぬ!失礼なガキンチョじゃり」


 怒るおばさんを狛犬の一匹がなだめる。


「まあまあぬ。怒るとますますおばさんぬ」


「うっさいわっ!」


 ボクは神様同志のけんかを無視して兄を見て頷いてから、ユンジュンに聞いた。


「ねえ、ユンジュンはきっとこっちの世界のにいる方が自然で居心地がいいんだよね。ボクらの世界にいると体力がすぐに失われるんだろ?だからいつも壺で休んでいるってわかっちゃったんだ。もう坂上家に縛られることないよ。心配だろうけどボクらはもう大丈夫だから。ユンジュンにはこっちの世界でも中国でも好きなところで自由にしていて欲しいんだ。中国の子孫にも会えたんだろ?」


 隣で兄も頷いた。


「おまえら…」


 ユンジュンが泣きそうな顔で俯いた。


「ユンジュン…」


 でも本当は一緒にいて欲しい、という言葉が喉元にせりあがってきたが必死で抑えていたら、彼が大声で笑いだした。


「ははっ、タカシってば嘘が下手過ぎ!」と言いながら腹を抑えて二つに身体を折った。


「ぷーーっ」「っぷっぷ」「ぷぷっ」と狛犬三兄弟が笑い、「ちぇ」とおばさんは舌打ちした。兄まで笑っている。


「…なっ、どうしたの?」とボクが不思議になって聞くと、


「ぷ…っ、タカシ、おまえ泣いてるし…説得力なさ過ぎ…」と兄が隣で涙を浮かべて笑っていた。あわてて手を目に持っていくといつのまにかだらだらと泣いていた。壊れた蛇口のようにずっと出てくる。


「バカだな、タカシもハヤテも。俺は坂上家に取り付いてる守護霊みたいなもんだ。おまえらが出て行けといってもずっといるさ。坂上家が俺の居場所なんだ。中国の子孫も見てきたが、俺がいなくても家族が団結してうまくやってた。坂上家よりずっと安心だから、心配するな」


 ユンジュンは玄理くろまろのまるっこくて優しい童顔を思い出しながら心の中で友に話しかけた。


『な、おまえの子孫はおまえそっくりで放っておけない。仕方ないからこれからも一緒にいてやるさ、百載無窮の友よ』


 ボクと兄はユンジュンにぎゅうっと抱き着いてしばらく離れなかった。お互い泣き顔を見せたくなかったのだ。




 ふいっと空間がゆがみ、ボクらはぽいっっと元の世界に放り出され地面に尻もちをついた。そこは石鳥居の下だった。


「あら、なんでふたりして何もないのに転がって…やあね、もう」と母は笑い転げたが、父はボクの手に握られたものを見て驚いた。


「た、隆…それ…あの壺じゃないか?でもなんか小さいな…違うのか…」


「あ…これ、さっき拾ったの。そこで」とボクは適当に参道の脇の藪を指さした。


 でも生真面目な父はそこをじっと見てから壺に視線を戻した。元の壺は1メートルの高さがあったのに30センチに縮んでいた。胴回りもスリムにもなっているが、柄はそのままだ。


「不思議なこともあるもんだ。これはきっと縁だ、大事にするんだぞ。今度こそ割らないようにな」


 ボクが絶対に手放さなさそうだと思ったのだろう、戻して来いとか汚いとか全く言わず、再び家族で参拝をした。

 ボクはどうもあのおばさんがユンジュンを諦めきれずにうらめしそうにしている顔が頭から離れなかった。




「そうだに、この壺も治しておいただに」

「前より小さくなって軽くなっただに。もう割れねい」

「良かったぬ」


 ボクらは狛犬から壺をもらった。それは狛犬たちの言うとおり小さくて軽く、割れない特殊な神界コーティング(つまりは狛犬の唾液だ)がしてあった。こんなに小さいとユンジュンが入れるのか不安だったが、よく考えたら最初からありえないのだ。


「あ、ありがとうございます!」「良かったな」


 なんのお礼も出来ないなと思っていたら、


「お礼はユンジュンをたまにここに連れてきてくれたらいいじゃり。それで我慢するり」とおばさんが言ったので皆で笑った。


(坂上家の子孫にはこの壺をたまにここに持ってくるように伝えないと!これはかみさまとの約束だ)


 ユンジュンをちらと見ると、彼はやはり少し照れくさそうにした。少しはあのおばさんに気があるのかもしれなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ボクは勉強しかできない 海野ぴゅう @monmorancy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画