第25話 春よ、恋①
「もう!なんでアンタがここにいるのよっ!」
大阪旅行から帰ってきた次の日、美樹母娘と
どうもボクの父が漏らしたようだが、黙っていた。間違いなく美樹の怒りを買いそうだ。だってすでに美樹はオガハルに暴言を吐いてからむっつりと黙り込んでいる。
オガハルは、父と由樹の間で大きな身体を出来るだけ小さくした。
(なんだか大人のくせにカワイらしいんだよな…そういえば伯父さんもちょとそんなとこあったけど)
そう思うと余計に
デブで不細工なボクをかばった八木は、申し訳ないことに小学校の6年間一緒にハブられてしまった。
オガハルにはすまないが女性の怒りを買ったらこうなるのだ…それに、どんな事情があるとはいえ美樹母娘を結果的に見捨てたのだから仕方ない。
ボクはコーヒーやココアを皆に出す手伝いをしながら、ふと美樹の母である由樹を見た。
意外だが彼女は娘ほどはオガハルがここにいることをそれほど怒っていないように見える。いや、むしろ彼がここに来ることを知っていたのだろう、美樹に申し訳ないといった表情をしている。隣のオガハルを見る目もどこか優しい。
(まさかあの壊滅的だった関係が修復されてる?)
ボクは卒業式の日に今にも由樹にまでぶん殴られそうなオガハルを思い出しながら、奇跡を見るような目で二人を眺めた。
(もしや…父さんがとりもったりしたのかな?大人ってわからない…)
でも伯父さんならまだしも、不器用な父がそんなことをするのかなとぼんやり思っていると、
「で、大阪はどうだった?面白かった?」と美樹は毎晩電話でボクの話を聞いていたからわかっているくせにまた聞いた。
母親の由樹が仕事で忙しくて旅行など行けないから羨ましいのだろう。そんな彼女はどうも母親の微妙な変化には気が付いていないようだった。
ボクは知らないふりを通すことに決めた。
「うん、楽しかったよ。家族でどっか行くのは初めてだったしね。ね、兄ちゃん」とボクが答えると、
「そうだな、みんなで一緒の部屋で寝るとか今までなかったからな…最初はちょっと変な感じだったけど、だんだん慣れて楽しかったよ」と少し恥ずかしそうに兄が答えた。
「そこ?もう、二人はなんだかずれてるんだから!普通は遊園地がどうこうだったとか話すもんでしょ?」と美樹をはじめ皆がボクら兄弟を笑う。
しかし、ボクらの一番の家族の思い出がそこだったのは確かだ。一緒の部屋でカードゲームとか、最近まで絶対に考えられないことだった。
だから仕方ない。
ボクたち家族はずっとバラバラだったのだから同じ部屋で寝泊まりするとか小さなことがかなり衝撃的だったりする。
美樹に渡した大阪のお土産は住吉大社の真っ白の干支守りだ。
母の言う通り、遊園地の可愛いキャラクターストラップのほうが正解だったかもしれないが、あのおばさんの神様が「これを持っていきねい、本当に困ったときは助けるじゃりよ」と自らボクら兄弟にひとつずつくれたのだ。
ご利益がありそうだし美樹に渡した。
空手経験者とはいえ女性二人の家はボクなんかから見ても危ないと思うのだ。
まあ、あのユンジュンへの下心丸出しだったおばさんが念を込めたと思うとどうも信用ならないが、受け取った時の兄の顔を見たらそう思ったのはボクだけじゃあなさそうだった。
「隆君…ちょっといいかな」
次の週の月曜日、母が遊びに来た美樹を送っていくと、入れ替わりでオガハルこと小粥春が家に来た。
なるほど、いつもは美樹の母が迎えに来るのだが、今日はなぜか母が車で送ると言った理由がわかった。母はオガハルか父に頼まれてボクと二人で話す機会を作ったのだろう。
兄も今日はピアノのレッスンで不在だ。
ちなみに以前ボクが歩いて送っていくと言うと、「タカシ君は身体が弱いんだから絶対ダメ!」と美樹に吹っ飛ばされそうな勢いで一喝されてしまった。
運動の許可が医者から下りたので大丈夫なのに、美樹は過保護でこれからの中学生活が思いやられる。
まあ、ボクには身の程知らずといえる悩みだ。
「ええ、どうぞ…もうすぐ母も帰ってきますし」とボクが言って家に上がらせると、オガハルは恐縮しながら入ってきた。
どうも彼の大きな身体とその謙虚な様子がアンバランスでボクは思わず吹き出した。
「なに、変かな?」と彼が自分の服を見ながら聞いたので、居間のソファに座らせてボクも座った。
確かに、綿のシャツに紺のピーコートにジーンズだと丸眼鏡や熊男たちと同じ大学生みたいで、どう見ても30代には見えない。それは由樹も同じだが。
ボクの後ろにはユンジュンがいて、野次馬でソファにもたれかかり成り行きを見守っている。まちがいなくワクワクしている。
「いえ、小粥さんって見た目とのアンバランスが魅力的だなって…で、ボクに話ってなんですか?」
「うん…えっと…」
彼はもじもじして、ピアノや母のお気に入りのシャンデリアを見たりしている。
母が3年前にオペラ座の怪人を見て感動し、シャンデリアが欲しいと言い出した時は父も兄も冗談かと思ったが、ある日業者が来て特大のを付けていった時はびっくりしたものだ。
炎がリアルで、本物のろうそくの灯みたいに見える。しかし、夜にそのシャンデリアだけだと雰囲気が出過ぎてお化け屋敷のようになるので、結局室内灯をつけている。だからただの飾りだった。
彼はボクから何かを言って欲しかったようだが、それも違うなとボクが黙っていると、とうとうしびれを切らせて告白した。
もうすぐ中学生のボクに言わせようとするなんて、やはり気が小さい。これで俳優だなんて不思議だ。
「あのさ、美樹ちゃんを今の現場に連れてきてくれないかな?俺が頑張って俳優してるとこを見たら見直してもらえるかなって、…そう思うんだ」
「…は?」
ボクは思わず二度見した。
嫌だ、そんなの由樹さんに頼めばいいじゃないか。
ボクは人混みが苦手なのだ。それに、デブではなくなったとはいえブスなボクなんかが美しい美樹の隣にいると、あまりにもレベチなせいででみなにじろじろ見られるのも嫌だった。
そんなボクの気持ちを読み取ってユンジュンが後ろで笑っている。ボクはちらりと彼を睨みつけてからそう告げると、
「いやあ、何言ってるんだい?隆君は現場の子役の男の子に引けを取らないから大丈夫だって!それに美樹ちゃんはさ、隆君の言うことなら聞くだろ?そうだ、由樹さんが忘れ物をしたってことにして連絡するから、一緒に届けるってのはどうだい?今ちょうど同じ現場だからチャンスなんだよ」と強引に推しつけてきた。
どうも考えてきた筋書きのようだ。
彼の見え透いたお世辞も嫌だったが、確かに最近の美樹は母親に反抗的に見える。思春期、ってやつだろう。
「うーん、でも由樹さんは賛成なんですか?っていうか、この前思ったんですが、もしや復縁したんですか?」
兄も堂々とあの場にいたユンジュンもそうじゃないかって後で言っていたから間違いないだろう。
ボクの言葉を受けてオガハルは真っ赤になり、乙女のように頬を両手で挟んで首を縦に振った。
大男が赤くなってもじもじするところなどなかなか見れないのでボクはじろじろ見た。
もしや演技かと思ったのだが、そうでもなさそうだ。騙されるわけにはいかない。
「うん、実は先日隆君のお父さんの助けを借りてね、二人でゆっくり話す場を設けてもらったんだ。最初は騙したから由樹は怒ってたけど、ちゃんと話したらちょっとは怒りが解けたみたいでさ…」と、オガハルはボクがまだ12歳なのを忘れて話し出した。
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