第13話 百載無窮の友

「後漢霊帝の子孫・坂上さかのうえ家は、4世紀後半、応神天皇の御代に大陸から海を越えて日本にやってきた。彼らは朝廷で重用され、高い知識で日本を支えていたんだ。


 時代が下がって608年、遣隋使・小野妹子と共に留学生としてやってきた坂上家の先祖、高向玄理たかむこのくろまろは俺の友人だった。大使である小野妹子は日本に帰国したが、その後隋が滅び、唐が興った。

 玄理くろまろは32年間も大唐首都長安に滞在した。生真面目なたちで、帰国の見込みがなくとも腐らずに毎日遅くまで勉学に励んでいたよ。


 俺は唐のお気楽な貴族だったが、年が近い玄理と馬が合った。なにかと都でつるんだり、俺の地方の仕事に同行させたりして…楽しかった。並んで馬に乗り、果てしない草原を駆け回った。


 玄理は日本に妻子がおって、たまに東を向いては恋しそうにしていた。俺が離れがたくて帰国を勧めないのもあって長く大唐におったがな、とうとう倭国から呼び戻されたのだ。


『玄理、おまえは俺のただ一人の百載無窮ひゃくさいむきゅうの友だ。俺は死んだらおまえの国まで魂を飛ばして会いに行くことを誓う』と別れの時に俺が言うと、玄理は寂しそうに笑い、


『ユンジュン様は倭に土地勘がないので私を探すことは難しいでしょう。私がこちらに参るとします、必ず』と約束した。


 俺は玄理を待った。そして14年経った。


 倭で大化の改新があった後の654年に俺たちは再会した。魂ではなく本物の玄理に感激したよ。彼は遣唐使として長安に留まり、唐の3代目皇帝・高宗に謁見えっけんまでした。しかし流行り病であっけなく死んだんだ。


 俺は己を呪ったよ。玄理くろまろは弱った身体を隠して高宗でなく俺に会うためだけに唐に参ったのだ。日本の家族に二度と会えない覚悟で。


『俺のせいだ…っ!俺があんな約束をさせたから玄理は死んだ…ああ、何が百載無窮だ!こんな恥さらしな人間は生きていても仕方がない。そうだ、玄理の骨を家族に返せば少しでも償いになるやもしれぬ…神よ、それまでは生き永らえさせてくれ!』


 その時には俺も年老いていた。しかし高宗皇帝に頼み込み、俺は倭国への船に大使として潜り込んだ。しかし…」



「しかし?」


 あまりのスケールがでかい話に兄とボク、ミキは喉がカラカラだったが、なんとか初めての合いの手を挟んだ。


(高宗皇帝?小野妹子?)


 歴史上の人物が血肉をもって生きていたのだ。ユンジュンはその時代に生きていて、ボクらは彼の存在の不思議を再認識した。



「俺は倭に着く直前から病を得ていた。諦めきれない私は、死の床で住吉津の神々に懇願した。どうしても玄理くろまろの遺骨が家族に渡るのを見たいと。

 すると、海の神である住吉三神が威圧的な様相で枕元に立った。

『どうしても玄理と共にいたいのか』と一人目の神が問うた。俺は『もちろんだ』と答えた。

『どうしても玄理の家族に会いたいのか』と二人目の神が問うた。俺は『もちろんだ』と答えた。

『その為にはおまえは浮生若夢ふせいじゃくむの玄理の子孫と永永無窮えいえいむきゅうの時間を過ごすことになる。それでよいのか』と三人目の神が問うた。『望むところだ』と俺は答えた。


 そして肉体が滅んだ。


 気が付いたらあの壺を住処とし、壺の持ち主である玄理の子孫と共に時を過ごせるようになっていたのだ。住吉の神の御業でな。


 どうだ、わかったか?」


「ひええ…」と美樹があまりに突拍子な話におののいている。兄はあんぐりと口をあたままだ。


 ユンジュンが美しい顔で、固まっているボクの顔を覗き込んだ。


 その眼にはボクのご先祖である玄理への愛情と、ボク個人への愛情が混じっていた。そして、ボクの伯父さんなど今まで見守ってきた子孫への愛情も。

 ユンジュンはすぐに死んでしまう玄理の愛する子孫と長い時間を過ごしてきた。そう思うと涙が出てきた。


「…ユンジュンにも故郷に残してきた家族がいるんでしょ?なのにボクのご先祖を守って日本に…それでいいの?ボクは申し訳ない、君の子孫に顔向けができないじゃないか!ボクの先祖は何やってたんだよ!!」


 怒りと悲しみでごっちゃになったボクに、


「ああ、おまえの先祖は俺が壺にいる理由を聞かなかったからな。まあ、そういうとこが坂上家だ」とさらっとユンジュンは答えた。


(確かに、ボクもミキが聞かなければ…)


「うっ…悪かったよ。ユンジュンは帰りたくないかい?もしボクらを許してくれるならいつか一緒に里帰りするのはどうだろう。ボクたちはもう十分以上に君に助けられたから、今度はユンジュンの子孫を助けてあげて欲しい」


 ボクが真っ直ぐにユンジュンを見て言うと、なぜかミキが頬を赤らめていた。


(ヤバい、ミキちゃんの前で泣いてる!これは流石にキモイよね?)


「ご、ごめん、ミキちゃん!男が泣くなんて恥ずかしいよね…」


 ボクが洗面所に立ち上がろうとすると、


「ま、まって!違うよ、タカシ君が本当に素敵で、恋人なんだって思ったらすごく嬉しくて…っ」と感極まった様子でボクの身体に抱き着いて腕をまわした。

 結構な力で骨がきしむ。


「ミ、ミキちゃ…ぐるじ…」


「あ!ご、ごめんっ」と言って、彼女はぱっとボクを放したが、ボクは全身真っ赤だ。


 そんなボクを、ユンジュンと兄はニヤニヤしながら見守っていた。

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