第12話 偶然の恋人②
「こっ、こ…恋人?!」
「そうだよ」
(いやいや、ボクらまだ小学生だよ?ボクはフトシだし…ミキちゃんの冗談かな)
おののいたボクは、平然と答えた彼女に試しに言ってみた。
「親には内緒、だよね?」
『冗談だよー!』と返ってくると思ったら、
「えー、もうママに『付き合う』って報告しちゃった」と言って、由樹とのSNSのやり取りをボクに見せた。『良かったネ』の文字が入ったネコスタンプが由樹から送られてきている。
(親公認?!ってことはボクの母さんにも…?うわーっ、気まずいっ!どこから恋人なんて話に…あ、もしやあれか?)
ボクの脳裏に先ほどの会話が浮かんだ。
(間違いない、あのモゴモゴ言ってたのが告白だったんだ!)
聞き逃したのはもったいないが、この幸運をふいにするわけにはいかなかった。なんせフトシなボクだ、ハレー彗星のごとくまれな出来事はこの先に起こらない。
「ミキちゃん!これから宜しくお願いしますっ。悪いところがあったら直すから」
「ん…ねえ、タカシ君にもちゃんと言って欲しいナ」
ミキは恥ずかしそうに頬を赤く染めて珍しく少し甘えるように言った。これはまさにドラマとかで女性が恋人にお願いするときと同じだ。
ボクなんかにそんな事態が訪れようとは思ってもみなかったので酷く動揺した。
「ちゃ、ちゃんと?」
「うん。ちゃんと」
ミキの真っ直ぐな黒い瞳にボクは負けそうだったが、なんとか持ちこたえた。6年間いじめに耐えてきたのは、今日この時の為だと言える。
「す…」
ボクが今まで生きてきた12年分の勇気を体中からかき集めて出して告白しようとしたら、塾生に囲まれていた。皆ニヤニヤしている。ボクらが塾への入り口を塞いでいたのだ。
そんな中でボクが「好きだ」なんて言えるわけもなく、ボクら二人は何事もなかったようにすんと建物に入って行った。クスクス声が背後から聞こえるのは気のせいではない。
もちろん教室ではからかわれまくったが、ミキは堂々としたもので、誰もちょっかいをかけもしない。天晴と言うべき態度だ。
それに比べてボクは友人の言うことにいちいち反応してしまい、恥ずかしかった。
「綾子さんが週末に遊びに来てねって言ってくれたの。日曜日の午後に母と行ってもいい?もうすぐ受験なのに焦らないのね、品があるわ」
ミキがボクの母と連絡しているのにもびっくりしたが、母を品があるとは誤解も甚だしい。彼女は息子たちの成績やら学校生活に興味がないだけだ。ボクが小学校を通してフトシと呼ばれていじめ状態にあったことを彼女は知らない。
中学受験日もカレンダーに書かないと忘れてしまうだろうから、ボクが記入しておいた。志望校を変えたのに「どこにあるの?」とだけ聞かれた。志望校の偏差値も下がったが、そもそも『偏差値』を理解しているか謎だ。
しかしミキを不安にするようなそんな情報を垂れ流すことはせず、
「うん、もちろん。楽しみにしてる」とボクは答えた。
「ミキちゃんと付き合う?」
「…タカシとは思えない早業だな。まあ、最近のタカシの変化を見てたらミキのあせる気持ちもわからんでもないが…」
ボクが兄とユンジュンに偶然で付き合うことになったと報告すると、二人はかなり驚いた。ボクだって驚いている。
「そうなんだ。で、日曜に由樹さんと来るんだけど、どうしたらいいのかな?」
来てもらっても何をしたらいいのかわからない。
兄は先日ピアノのコンクールが終わり、そこそこの成績を出すことが出来た。不安定なクリスマスの時とうって変わって面白そうに答えた。
「そりゃあ、部屋でアルバム見たりゲームとか?」
「でも相手はミキだぞ、予測が難しいな。勉強道具を持ってくるかもしれないし」
ユンジュンが冗談を言って3人で笑ったが、さすが軍師だった。
「お邪魔します!わあ、タカシ君の部屋綺麗!!」
ミキはそう言いながら部屋にずかずか入ってきて、クッションに腰を降ろすとさっさとテキストを開いた。
「タカシ君、教えて欲しいところがあるんだ」
彼女が意図せずにしたあまりに可愛い上目遣いに、ボクは飛び上がった。
「はっ、はいっ!…これ?ああ、応用のひっかけ問題だ」
ボクらが隣合って勉強しているのだが、ユンジュンがニヤニヤとこっちを見ているから気になって仕方ない。
「ちょっと、トイレお借りします」
勉強がひと段落ついて彼女がトイレに行くと、ボクはユンジュンに集中できないから壺に戻るようお願いした。
「はいはい、仕方ないな。面白い場面を期待してたけどなさそうだからいいや。じゃあな」と言ってユンジュンがにゅるにゅると壺に入っていく時にミキが部屋に戻ってきた。
「きゃあっ!」
「なあんだ、タカシが何かしたのかと思って慌てちゃったわ」
母が部屋に入ってきてミキが床にすっ転んでいる状態を見て安心したように言った。
駆け付けた兄は母の言い草を聞いてぷっと吹き出した。ボクにそんな度胸はないと知っている。
しかし由樹は、
「もうっ!人様の家で転んでそんな大声…」とかなり恥ずかしそうだ。
誰もボクを疑ってないようで大層ホッとした。
「でも由樹もたいがいだったじゃないか。スカートなんてはいてられなかっただろ?」と遅れてきた父が笑って言うと、女性二人に失礼だと叱られて小さくなった。
「あの、ゴメンなさい…びっくりして、つい…」
まだミキは壺を見ながらぼんやりしている。それはそうだろう、異国の長髪の男性が壺に入っていくありえない光景を目撃したのだから。
「ミキちゃん、ずっとユンジュンが見えてたの?」
ボクは大人がいなくなってから聞いた。
「うん…でも、この家に住んでる霊か何かだと思ってたから無視してた。やたら住人みたいにリラックスした美形だなとは思ってたけど。タカシ君だけに見えるの?ずっと一緒に住んでるの?」と矢継ぎ早に質問する。
「えーっと、ユンジュン、悪いけど出てきてもらっていい?」
「仕方ないな。よいっしょ」
ぎゅるぎゅると絞り出した生クリームみたいに細くなってユンジュンが壺から出てきた。ミキが再び目を丸くするが今度は叫ばなかった。肝が据わっている。
「初めまして、綺麗なお嬢さん。わたくしは中国から来ました、
彼はボクらには見せたことのない華麗な挨拶を見せた。男のボクでもうっとりする美しさだ。ミキを見ると案の定ポヤンとしている。
(ちぇ、やっぱり!ユンジュンはカッコいいので見せたくなかったよ!)
「あの、私は酒井美樹といいます。タカシ君とお付き合いさせてもらってます!どうぞ宜しくお願いします」
彼女は怯えることなくユンジュンに近づき、触ってみたり、壺をのぞいたりした。
「へえ、触れるんだ?ここに来るたびに見えてたんだけど、悪い事しなそうだなって放っておいたの。良かった、タカシ君のしもべなのね」
「いや、そんないいものじゃなく、ただ見てるだけの中国人だよ」とボクが説明すると、ユンジュンが拗ねて口を尖らせたので、訂正した。
「いや、彼にいろいろ助けられてるんだ。でもしもべではなくて、信頼のおける家族で友達」とボクが言うと、ユンジュンがやたら照れて頬を赤くした。
そんな彼を見たことがなかったのでボクはどきりとした。
「ふーん。で、ユンジュンさんはなんで壺に住んでるの?」
「おお、やっと聞いてくれたか!この
「ぐうっ…確かに…」
身に覚えがあった。でも、伯父から聞いていたからそんなもんだと思って全く違和感がなかった。
「そいやなんで?ボクも聞きたい。教えてくれるなら兄ちゃんを呼んでもいいかな?」
階下にいる兄もきっと聞きたいはずだった。
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