他の誰かが代わりに死ぬ
「おい
屋上で昼食を食べながら、俺は陽を問い詰めた。「今日はやけに元気だな。いい死に方でも思いついたか?」
「あ? いや、死なんでええねん。もう」
陽はそう言いながら、購買のカツサンドをモリモリ食っている。こいつ、ダイエットも止めたらしい。
「何があったんだよ」
「ふへへ」
気味の悪い笑い方をしながら陽は、「いや、あんまり喜んだらあかんけども」と言った。
「何がだよ。めちゃくちゃ嬉しそうじゃん。もうピークはどうでもいいのか?」
「あー、全然どうでもええ。よく考えたら、俺ってジジイになってもイケメンと違う? と思って」
「それでいいのかよ……」
なんだか嘘くさい。いや、こいつが「ピークで死にたい」なんて、元々本気にするのがバカバカしいような理由だったのだ。なのに、いつの間にか流されていた自分が情けない。
陽は憮然とする俺の顔を見ると、カツサンドを食いながら「ひはほにほはーみふはっては」と言った。
「全然わかんね」
「うん、実は
「は?」
「いや、あいつ体弱かったやんか。いよいよ心臓移植せんとアカンねん」
心臓移植と言うとき、陽の声がちょっぴり震えた。「順番待ちしてたんやけど、提供してくれる人がいたんや。見つからんかったら、俺のをやろうと思っとったんやけど」
「お前の心臓を?」
「うん。だからピーク云々は嘘やねん。ごめんな」
さほど悪いとは思っていなさそうな声色で、陽は俺に詫びた。俺は開いた口をふさぐのに苦労した。
「マジか……お前が? そんな美しい理由で死のうと?」
「おい、それ失礼ちゃうか」
「大体、何で嘘なんかついたんだよ」
「
「そ、そうか……」
悔しいけれど、仮にそうなったとしたら、確かに俺はしゃべってしまう気がする。まぁ、そういう状況にならなくてよかった。
陽はカツサンドを食みながら、「ひさしぶりに飯がうまい」と言った。
「ドナーには血液型が一緒とか色々条件があんねんけど、体重は寄せるの大変やったわ。あいつ細いから」
「それでダイエットか!」
俺は思わず手を打った。「じゃあ、他に色々やってたのは?」
「他かぁ……ドナーカードがすぐ見つかるように財布の整理したとかかな。あと電車通学はホラ、原付で事故って胸ぶつけたりしたらアカンやんけ。女の子の連絡先はフツーに断捨離やけど」
無事な心臓がほしかったから、転落死や轢死も却下されたというわけだ。
「あと、自殺したら親族への優先提供はでけへんねん。移植目的で自殺しようとする奴が出るからな。俺みたいに」
「それで、自殺に見えない死に方を探してたのか」
俺の言葉に、陽は黙ってうなずき、おもむろにふたつ目のカツサンドを開封し始めた。
俺はふと、あることを思い出した。
「さっきの『あんまり喜んだらアカン』って何だよ。ドナー見つかったなら、嬉しくて当然じゃねーの?」
「俺は嬉しいけど、よその誰かが死んだってことやんか。手放しに喜ぶんはよくないやろ」
陽はぶっきらぼうに答えて、カツサンドにかじりついた。
その日、陽が伊奈子ちゃんのお見舞いに行くというので、俺もついて行った。陽が不細工だと評する彼女は、総合病院の個室で静かに横になっていたが、相変わらず美少女だった。
「直己さん、お兄ちゃんが迷惑かけてませんか?」
「かけてへんで」
「お前が答えるな」
伊奈子ちゃんはつぶらな瞳を輝かせて、ベッド脇の椅子に腰かけている陽に話しかけた。
「お兄ちゃん、私手術がんばるで」
「うん」
陽がうなずく。
「絶対元気になるから、安心してな」
「うん」
「退院したら、学校行くで」
「うん」
「うちに友達連れてくるから、いらん口ききなや」
「うん」
「パパとママと一緒に旅行も行こ」
「うん」
「テーマパークとか行きたいねん。付き合ってな」
「うん」
「一緒にいっぱい写真撮ろな」
「……うん」
陽が膝の上でぎゅっとこぶしを握って、顔を伏せた。
俺はそっと病室を出た。陽は俺に、泣くところなんか絶対見せたくないに違いない。
バカバカしい嘘に振り回された俺でも、それくらいのことはわかっていた。
〈了〉
自殺に見えない自殺の仕方 尾八原ジュージ @zi-yon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます