殺人に見せかける

 帰りのホームルームが終わってチャイムが鳴っても、俺はまだはるのことを考えていた。もちろんどうやって死なせるかではなく、どうやって自殺を思い止まらせるか、である。

 そんな俺の心中も知らず、放課後になった途端に陽がズカズカとこちらにやってきて、「オイオイオイ」と言いながら俺の肩をドカドカと叩いた。

「いてーな! 何だよ」

「オイ直己なおみ、俺ええこと思いついてんけど」

「何?」

「事故が無理なら、殺人に見せかけたらええんちゃう?」

 陽はキラキラした笑顔でそう言った。

「はぁ……」

「事故って自然に起きるもんやろ」

「あぁ、まぁ……」

「せやから装うのが難しいねん。その点殺人なら人為的なモンやし、事故より簡単に真似できるんちゃうかな!?」

 そういえば陽は、俺あんま頭よくないやんと自己申告していたっけ……あのときはそんなこともないんじゃないかと思ったけれど、やっぱり申告通りかもしれない。

「で、具体的には?」

「それを今から考えるんやろ! お前が!」

 申告通りだった。しかも他人任せだ。

「ほんで、何かないか? 殺人に見せかける方法」

 元々地声のでかい陽が、興奮してますますでかい声で話すので、「殺人に見せかけた自殺計画」が周囲に漏れまくっている。まぁどうせ皆「また神田が変なこと言ってるな」としか思わないだろうが、問題は俺まで変な奴扱いされることだ。

 俺は「人のいない場所で話そう」と言った。陽の見た目ほど突き抜けた取り柄を持たない俺には、こういう気遣いが必要だ。

「それやったら、うちの部室やな」

 陽の提案に従い、俺たちは高校の敷地の隅っこにある旧部室棟の、そのまた隅っこにある「銃剣道部」の部室にやってきた。俺たちの通う高校は原則として、全員なんらかの部活に入らなければならないが、銃剣道部は元々の競技人口が少ないせいか、ほとんど「籍を置くだけ」の部と化していた。俺が所属している「忍者生活研究会」と似たようなものだ。

 陽が睨んだ通り、銃剣道部の部室は無人だった。壁際に並んだ背の高いロッカーに木剣がいくつも立てかけられ、中央にはテーブルが置かれている。

「で、どうする?」

 パイプ椅子に腰かけた陽が、テーブルを挟んで俺に問いかける。窓から入る傾きかけた日が彼の顔を照らし、俺は(やっぱ造形ハンパねぇな)と思う。この顔が遠からぬうちにこの世から消え失せるなんて、そんなことあるわけないという気がしてしまう。

「そうだなぁ」と俺も陽の対面に腰かけ、腕を組んだ。「そういえば、床に刃物を立てておいて、その上に背中から倒れ込むっていうトリックがあったな。普通自分で背中は刺せないから、他殺のように見えるってわけ」

「あ?」

 眉をしかめた陽を見て、俺は「今のはダメだったな」と直感した。同じ市内に引っ越してきたこいつと、親の仕事繋がりで出会ってから、もう7年ほどの付き合いになるからわかるが、この顔は俺がスベった時の顔だ。

「で、現実にできると思うん? それ」

 意地の悪い面接官のような口調で陽が言う。

「た、たぶん……」

「まずそれ、室内でやるんか? 俺んち階段とか登れるとことかないけど、でっかい脚立かなんか使つこたらええか?」

「そ、そうだな」

「じゃあその脚立はどないするんや? 部屋入って俺死んどるやんか。ほんで脚立がそこにデーンとあったら、何やねんこれってならへん?」

「なるかもなぁ」

「なるわ。不自然すぎるんじゃアホ。あと包丁床に立てるってのも難しいやろ。紙粘土で土台作るんか?」

「いや、そういうんじゃなくて……ああ、そうだ! 氷だよ! 氷で台を作って、そこに刃物の柄を固定するんだよ!」

「は? で?」

「で、氷が溶けたら台があった痕跡はなくなるから……」

「ごっつ滑るんちゃうか、その台」

「タオルかなんか敷けば……」

「なんで床にタオル落ちてんねん。しかも濡れてへん?」

「えーとえーと、じゃあ外でやれば!? 土に刃物の柄を差しておいて……」

「柄がごっつ長ないとガッツリ固定でけへんのと違う? それ。言っとくけど、ここにホンマもんの銃剣はないぞ」

 陽は顎をしゃくって、何本も並んだ木剣を見た。競技用の銃剣の先っぽには、衝撃を吸収するようゴムがついている。これでは確かに人は殺せない。いや、殺せたら困るのだが。

「つーか直己よ、下にセットした刃物に高いところから、しかも背中の方から落ちてザクーッとか、無理やろ。そんな器用に急所が狙えるかいな。フィクションなら目ぇつむるけど……」

「れ、練習したら?」

「そんなもんドッタンバッタン、えらい音がして怪しまれるわ、アホ!」

 陽は机越しに俺に詰め寄った。「自殺ってばれたらアカンねん。ここ大事。わかる?」

「わ、わかりました」俺は陽の剣幕に押されて、つい敬語になってしまった。

「はー、殺人に見せかけんのも難儀やな」

 陽はそう言いながら椅子にそっくり返った。俺も「そうだな」と同意した。

「いっそ本当に殺人事件が起こらへんかな。俺、心当たりがなくはないし」

「何の心当たりだよ」

「怨恨に決まってるやんか。俺、高校入ってからもう10人はフッたで」

「スゲーな。俺に分けてほしいよ、お前のモテ力を」

「顔やで、顔」

 正直な奴だ。

「いやー、誰かいきなりパカーンと俺の脳天割りに来ーへんかな。トンカチかなんか持ってさ。ボディーをグサーとかやったらすぐ死ねへん気がするし、頭ガツーンと行くんがええわ。むしろ脳死くらいがちょうどええわ」

 ずいぶん物騒なことを言い始めたものだ。

「そんな通り魔みたいなやつ、そうそういたら困るよ」

「誰か殺したかったら俺が殺されたるのに。誰かおらんかなぁ」

「おらんぞ」

「どうせやったら美人がええな。1組の長谷部はせべさんみたいな清楚系がええわ」

「長谷部さんを巻き込むな」

 結局名案は出ず、俺たちの話し合いは美人の同級生を勝手に巻き込んだだけで終わった。もっとも、陽が納得するような案が出なかったことに、俺は安堵していた。

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