自殺に見えない自殺の仕方

尾八原ジュージ

事故に見せかける

「俺、今がピークやと思うねん」

 ある日、友達の神田陽かんだ はるが言った。

「だから死にたいんやけど、どないしたらええかな?」

 突然そんな質問をしてこちらをじっと見つめる彼の、整いすぎた顔をポカンと見つめながら、俺は焼きそばパンの中の焼きそばをボタボタと落っことしていた。


 そういえば、最近の陽は変だった。

 元々痩せ型なのにダイエットを始めて痩せ過ぎ、保険医に叱られたり。

 パンパンだった財布の中のポイントカードを、なぜか一気に処分したり。

 隙あらば語っていた妹自慢をさっぱりしなくなったり。

 高校まで原付で通っていたのを、なぜかいきなり電車通学に切り替えたり。

 スマホに入れていた女の子たちの連絡先やアカウントを、「断捨離や」と言って片っ端から削除したり。

 そういう急な変化は全部この布石だったんじゃないかなんて考えながら、俺はまだ焼きそばの身投げに気付いていなかった。何しろ屋上から見る空は抜けるように青いし、さらさらの黒髪を初夏の風に吹かれる陽の顔は気味が悪いくらいの美形だったし、その彼に突然自殺願望をカミングアウトされるしで、それどころではなかった。

「オイ、直己なおみ

 陽の形の整った唇が動いて、俺の名前を呼んだ。

「お前、何ボサッとしてんねん。ヤキソバもったいないやん」

「あっ!」

 ようやく焼きそばパンに起きた悲劇に気付いて慌てる俺を、陽はガハガハと笑った。見た目は美少年だが笑い方はオッサンだ。きっと身中には、オッサンが棲んでいるに違いない。

「ほんで直己、俺は何したらええの?」

 幼い頃にあちこち引っ越したためにゴチャゴチャになったという怪しい関西弁でそう言いながら、陽はちっちゃな弁当箱を閉じた。ダイエットを始めてから、こいつは少食の女子みたいな弁当を持ってくるようになり、購買のランチを買わなくなった。

 俺は落ちた焼きそばを片付けながら、「何したらって?」と聞き返した。

「アホ」

 陽はさっそく俺を罵った。

「今まで何聞いとったんや。どうやって死ぬかに決まっとるやろ」

「え? お前マジで死にたいの? なんか辛いことあった?」

 だったら親友の俺が話聞くよ、と続けようとしたのだが、陽はその心遣いを吹き飛ばすように、例の理由を繰り返した。

「いや俺、今が見た目ピークやと思って。そしたら、一番いっちゃんええときに死にたいやん」

 俺は集めた焼きそばをもう一度落としそうになった。俺がイメージ可能な「死にたい理由」との次元が違いすぎる。ツッコミ待ちかと思って「なんでやねん」と言うと、陽は汚いものでも見るような目で俺を見た。

「直己は不細工やから、わからんやろな」

 こいつの失礼な態度は今に始まったことではないが、さすがの俺も少しムッとした。もっとも陽と比べたら、大抵の人間は不細工になる。こいつにはどう評価しても美少女な、伊奈子いなこちゃんという3つ下の妹がいるが、こいつは彼女のことすら「あいつ体弱い上に、顔もイマイチやからな」と言ってのける男である。冗談でけなすのではなく、「この先苦労せんやろか」と本気で心配しているのだ。

「仮に俺が不細工だから、お前の心境がわからないとしてもだ」

 俺は焼きそばを失ったコッペパンをかじりながら言った。「何で俺にわざわざ聞くんだ? その、死に方をさ」

「それが相談やねん。俺、自殺に見られるの絶対嫌やから」

「は? 何で?」

「何でもや」

 とりつく島もなかった。ここにも、陽にしかわからない美学があるのかもしれない。

「じゃあアレか。事故を装って、とか?」

 試しにそう尋ねると、陽は「せやな」とうなずいた。

「そんじゃ、たとえばだけど屋上からうっかり落ちるとか?」

 俺と陽は同時に後ろを見た。今まさに俺たちは学校の屋上で昼食をとっているが、屋上は高さ3メートルくらいあるフェンスに囲まれており、俺たちの背後にもそれが聳え立っている。設置されたのが去年だから、まだまだ劣化するような時期ではない。

「アホ。誰がここからうっかり落ちるねん」

「ゴメン」

「大体俺、そういうの嫌やで。屋上から下のコンクリに落ちたら、死体が滅茶苦茶になるやん。誰が掃除すんねんアホ。そういう迷惑になるようなんはナシや」

 いきなりワガママを言い出した。

「じゃあ、駅のホームから足を滑らせるのもナシ?」

「ナシナシ。ダイヤは乱れるしクッソ迷惑やんか。俺、あの人身事故とかで待たされるのごっつ腹立つねん。絶対イヤ」

「うっかり道路に飛び出して、車に轢かれるのは?」

「轢いた人が可哀そうやん。人生詰むぞ」

「えーっ、じゃあ首を吊る……」

「アホ! それやったらまんま自殺や。うっかり首吊るとかどんな状況やねん。そもそも自殺に見られたくないって話やぞ」

 怒られた。

 俺は今、ものすごい無理難題を言われているのではなかろうか。16歳になった今まで異性と付き合った経験のない俺だが、もしも美人でおっそろしくわがままな恋人ができたら、彼女とのデートはこういう感じになるのかもしれない。

「そんなこと言われても、急に思いつくかよ……つーか自分で考えろよ」

「俺あんま頭よくないやん」

 陽は堂々と言った。「考えたけど全然思いつかへんねん。直己はミステリ小説とか読むやろ? 何か考えて」

「何かって」

「だからぁ、自殺やけど自殺ってバレない方法!」

 陽は不機嫌そうな顔で俺を見つめた。俺はその顔を眺めながら(造形ハンパないな)と思った。そのくらいこいつは綺麗だったし、確かにこれはピークかもなという気がした。

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