#2 雪之丞係
・市川一夏
持ち味は積極的なポーチボレー
ふむふむ。市川さんは積極的……。ノートに走り書きをする先生、走り書きのわりに綺麗な字をまじまじと見つめる私。
「あ、ポーチボレーってなに?」
「簡単に言えば、自分の今守ってるポジションの逆サイドに飛び出してボレーすることですね」
なるほど……アタッカー、防御捨ててる感じもするなぁ、インファイト……ぶつぶつ呪文を唱える先生。目の下にクマが出来ていて、なんだか雰囲気あるなぁ。ちょっと悪い意味で……。
この前のミーティングで、魔具中女子ソフトテニス部の今後の方針が決められた。
・これから仮入部に来る1年生には、2年生が指導すること。
・雪之丞先生の指導係を決めること。
後者は決められた1人がやる方がいいだろう。ということで私は名乗りをあげた。
「え、さお、マジ?」と爆笑する深雪に「なんか、あの先生実はすごい気がする」と真面目な顔して言うと全員に笑われた。
「いやあの、君たちさ、本人いるんだけど……」
と先生。
実際、私もなぜド素人の先生にこんなにも期待してしまうのか、わからないでいた。ただ、先生の輝いた瞳は好きだ。だからこそ、すぐ下のクマをなくしてほしいなぁと思ったり。
「でも多分、初心者のぼくは試合見ていくしかないんだろうなぁ。ルールにせよ、戦術云々にせよ。土日練習はちょっと部内戦多めで組みたいなぁ。だめかなぁ」
「いえ、みんな試合は好きなので喜びますよ」
というわけで日曜日も部内戦。
基本、先生は3年の試合を見届けて、空いてる2年(基本的には私!)が先生の付き添いと仮入部1年の指導にあたった。
ーーそして部内戦も最終戦を迎える頃。先生が、試合を終えた私を手をひらひらさせて呼ぶ。
「何かわからないことありました?」
「あの、この部で一番上手いのって……」
じょほちゃんです!と思わず顔を近づける。
「あ、じょうあゆみ、城歩実で、須藤ちゃんか誰かがジョウホミノルかと思ってたーって言ってて、それで……」
じょほちゃん。
「3年の先輩より上手いと思います、私的には」
「まじで?3年生の子しか今日見てないから見てみたいんだよね」
「2年の試合全部消化しちゃいましたよ」
というわけで、次の日の練習で先生はじょほちゃんの観察を始めた。
「宮田さんは練習しなくていいの?」
「私は先生の付き添いですから!わからないことあったら何でも聞いてください」
今日は単に疲れてたから、休みたかっただけだけど。
後衛は打ち込む練習をしていた。球出しの人がポーンと高く上げたボールが、ワンバウンドした際に一番高いところで打ち込む。の繰り返し。
コート周りに植えられた桜の匂いが、涼やかな風に乗せられてコートに降り注いでいる。
なんだか懐かしい匂い。
ズパンッッッ
という破壊音で、私のノスタルジーを消したのは、紛れもなくじょほちゃんの強烈なショットだった。
「……もう一球」
「じょほー! 連続で打とうとするなー! 並べー!」
と先輩に怒鳴られてしぶしぶ後ろに下がるのを見て、わがままガール! と先生はメモに記した。他に、ボール速すぎ、フォーム多分きれい、とも書いた。並んでる時も、フォームチェックのゆったりした素振りをやめない。「次はトトン、のリズムで打つ……その方が球すじが綺麗に……」などとぶつぶつ言いながら。
じょほちゃんに以前、楽しそうにテニスするよねって言ったら、
「春のゆるい風が吹いた時にラケットを振ると、春と混ざり合って一体になるような感覚がして」
と言いながらゆったりとスイングして、
「楽しいよ」
とニッコリされた。正直よくわからない。
「じょほー! あんたの番! 前見ろー!」
そして先輩に怒鳴られるまでがルーティーン化しつつある。
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