#7 チーム・フェニックス




「職業体験見学の班決めするぞー」

 という担任の言葉で目が覚めた。周りを見渡すと、いつもより落ち着かず、そわそわと視線をあちこちに飛ばすクラスメイトがうじゃうじゃいた。

 こういう時、私たちはテレパシーを使える。

(一緒の班になろうね)とか(〇〇と〇〇加えたらちょうど4人になるし後で誘おうぜ)とか、目と目を合わせてテレパシーを送り合う。

 学生生活において1人になるということは、どんな過酷な運動部の練習よりもきつい。私は1年の時ぼっちだったから分かる。こんな時に決まってみんなの視線が揺れるのも、ぼっちを何となく察してしまって俯くしかない子がいることも。

 私も視線を感じて斜め後ろをチラ見すると、尚田ちゃんと須藤ちゃんの2人がテレパシーを送ってきていた。班の定員は4人だから、私とまふっちゃんと尚田ちゃんと須藤ちゃん、この4人でピッタリだよねっていう意志の込められたテレパシー。私は笑顔で頷く。やっぱりぼっちは辛いから。

 ちなみにまふっちゃんは風邪で休み。

 昨日の部内戦で頑張ってたから、反動が来たのかもしれなかった。私もそんなまふっちゃんの勝ちたい気持ちに応えてあげたくて必死にやったけれど、町田・神楽ペアになんとか勝てて、あとは負け。結局4位という結果に終わってしまった。みんな強いから仕方ないんだけど、やっぱりまふっちゃんには申し訳ない。

「じゃあ、とりあえず4人ずつのグループ作ってー。喧嘩のないようにな」

 喧嘩のないようにな、ではなく、面倒ごとを起こさないようにな、が本音だろうと思いながら席を立って、「2人ともよろしくねー!」と笑顔で駆け寄る。

 それからなんとか4人ずつのグループを生成することが出来た2年3組一同は、班長決めやら目標やら見学の際に聞きたいことなんかを決定する話し合い……もとい4人で雑談するだけの時間が始まった。

 尚田ちゃんと須藤ちゃんの2人は眺めてるだけでも楽しい。2人とも育ちの良さそうな、ふわふわした雰囲気を纏っていて、なんだか上品だから、クラスメイトからはゆるふわコンビと言われている。

「班名考えよっか〜!」

 と私が言うと、はーい!と右手をあげる須藤ちゃん。はい、須藤ちゃん!と指す。

「ソフテニピースがいいと思いまーす!」

「ふふ、絵里のネーミング、アホ」

 出た、ブラック尚田ちゃんの毒舌。

「ひどい!結構真面目なのに〜」

 眉を八の字にさせる須藤ちゃんが可愛い。

 尚田ちゃんは意外と毒舌で、須藤ちゃんは意外とアホなので、私的にはゆるふわコンビってあだ名とのギャップが面白いけれど。いや、アホはゆるふわか。

「じゃあ〜ソフテニトリプル!」

「絵里、真舟さん休んでるから、班の人数は4人」

「あ、そうだった。……そう言う奈々は班名の案あるの?」

 コテッと首を傾げて尋ねる須藤ちゃんが可愛すぎて、気づいた時にはその傾けた頭を撫でていた。このままペットとして持ち帰りたい。なんなら須藤ちゃんは撫でられても「うー」と言うだけで抵抗しない。……なんだこの生物、可愛い。

「んー……チーム・フェニックス」

 なにゆえ?

「おお、かっこいい!」

 どこが?

 ということで、チーム・フェニックスがここに爆誕した。まふっちゃんが聞いたら「フェッ、フェニックス……?」と本気で困惑しそうだけど、まあなんだかんだで受け入れそう。私と一緒で。

 チーム内での役職もすんなり決まって、黒板にチーム名と名前を書いていたら、

「フェニックスって、宮田のチームかよ」

 だせぇ、と男子が笑ってきた。確か、森本という名前のはず。こいつは1年の時も同じクラスだから嫌いだ。1年時のクラスメイトは問答無用で全員嫌い。

「え、なんてこと言うのー!奈々、この人最低じゃない?」

 須藤ちゃんが両手を腰に当てて、フンスと鼻を鳴らして森本くんをにらむ。

「うんうん、森本くんひどいなぁ。それに、フェニックスって付けたのは私なんだけどなぁ」

「あ、いや、」

 尚田ちゃんのじろりとにらんだ視線に気圧されたのか、森本はモゴモゴと口で言葉を転がして、そのうち逃げるように席へと戻っていった。

「圧倒されたか、私の怒りに!」

「いや多分、須藤ちゃんじゃないと思う……」

 こわー、と多分森本と同じチームの男子が引いている。尚田ちゃんは「ほんとだよー絵里。あんまりいじめちゃだめだよ」なんて言う。このペア、もしかしてツッコミ不在?

「つーか、森本がさっき気にしてたぜ。あいつら夏の大会出んのかなって。森本一応テニスのクラブチーム入ってるみたいだし」

 ニヤつきながら言うあたり、この男子は森本が尚田ちゃんを気にしていることを知っている。というか、このクラス全員が森本の気持ちに勘付いているらしく、よくからかわれている。森本の好意を認知している全員の中に、当人の尚田ちゃんも含む。

「この前の部内戦で負けたから出れないんだよー」

 しゅんとする須藤ちゃんの頭に尚田ちゃんは「ちょっぷ!」を落として、「団体戦は出れないけど、個人戦は出るよ」と微笑んだ。

 ーーそうだった。

 この前の部内戦は、順当に城・太田ペアが全勝で文句無しのメンバー入りを果たしたのだけれど、個人戦は2年生以上は全員エントリーだった。

 きっとペアを組むまふっちゃんは本気で勝ちに行くはず。

 まふっちゃんのためにも、頑張らなきゃだ。

「個人戦ってシングルス?ダブルス?」

「中学ソフテニはダブルスしかないみたい」

「おっけー。森本ー!尚田さん夏の大会出るらしいぞー!応援行けよー!」

 と大声で叫んでクラスが笑いに包まれる。ウェイ森本!弁当作っていけよ!なんてからかわれて頬を染めてやがる。きもちわるい。

「……尚田ちゃん、迷惑じゃないの?こういう噂的な」

「ん?別に。ちょっと楽しいくらいよ」

「まじか……尚田ちゃん、鋼メンタルすぎる」

「そういえばさおちゃん、奈々。噂といえば、太田さんの噂知ってるー?」

 私も尚田ちゃんも首を横に振る。

「あのね、太田さん、雪之丞先生と最近親密らしくて……車で一緒に帰るところを目撃されたとかなんとか」

「え、太田さんが?」

「うんうん。付き合ってるんじゃないかって噂されてる!」

 前のめりになって瞳をキラキラさせる須藤ちゃん。須藤ちゃんはこの手の話が好きだったりする。私が雪之丞係を希望した時も「もしかしてさおちゃん……!」なんて言ってたけど、次は太田さんの番か……。

 太田さんを一言で表すなら、武士。礼儀正しくて割と寡黙でクールでかっこいい。ここが女子校ならものすごくモテてそうなくらい。でもたしか……。

「太田さん、彼氏いたよね」

 と尚田ちゃん。そうだ、太田さんには2個上の高校生の彼氏がいると聞いたことがある。

「それが……最近別れたらしくて」

「ま、まじで?」

「……」

 こ、これは……と唾を呑んで見つめ合うチーム・フェニックス。

「さおちゃん、正妻でしょ?先生に問い詰めてみたらどう?」

「わ、私?というか正妻じゃない」

「さおりさん!共に戦いましょう」

 尚田ちゃんもノリノリだし……。ただ、フェニックス全員が太田さんには聞きづらいという意識だけは共有できている気がする。太田さんに先生と付き合ってるの?なんて聞いたら、下手したら無言で見つめ合う地獄の時間を味わうことになる。長い沈黙のあと「なんで?」なんて聞かれたらもう退散するしかないんだけど今後の部活に影響しかねない。

 でも先生ならからかい気味に聞いたら、普通に聞きやすい。

 ただ、先生の性格的にニッコリ笑って「どうかなぁ」なんて言いそうだし、軽くあしらわれて終わりそう。

 尚田ちゃんが「チーム・フェニックス始動ね」とぐっと握り拳を見せつけてきたけど、フェニックスは職業体験見学のチームである。色恋沙汰を調査する団体ではない。


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