#6 粒揃い
ゲームが終わって、試合をしていた4人と審判がネットぎわに集まる。審判が「ただいまの試合は3-0で城・太田ペアの勝ちです」と言う際に、じょほちゃんが、
「今の試合……テニスをした」
という感じがしない……とぶつぶつ言った気がする。試合後には1人でコートの隅でストローク練習を始めて、終わったら一切の邪気が払われたといったスッキリした顔で、水をちびちび飲んでいた。じょほちゃんはあんなに速い球を打つわりにそこまで体格が良いわけでもなく、どちらかといえば体格は可愛い。なんなら顔も可愛い。とっても。クラスの男子が魔女の子ども!とかあだ名をつけていたけれど、じょほちゃんの可愛さに気づかない時点で、まだまだ幼稚だ。
というか、見惚れてる場合じゃなかった。先生に向けて、手をひらひらする。「え〜」と言いながら、近づいてくる先生。「動くの面倒」なんて言う。思わず笑ってしまった。中学生のガキが、大人に向かってその呼び方はなんだ!無礼だなんだと怒るような素振りすらない。普通、そっちに対して文句を言うのが普通なんじゃないかと思うと、本当に笑えてきてしまって、先生が「笑ってないでさ。何の用事」と口を尖らせるまで、呼んだ用事も忘れてクスクスと体を震わせていた。
「ふふっ、すみません先生。アドバイス通りにやったのに勝てなかった罰ってことで」
今すぐ勝つのは難しいって言ったじゃん、と呆れ顔になる。
「……城さん、こだわりすぎてるよね。どんな返球も速く綺麗に!って意図が見えたから、カットサーブとか、浅いボールってほら、見てる感じ、速いストロークで返してる人いないなって思ったから、案外コロッと崩れてくれるんじゃないかなって」
ようはストロークさえ打たせなければ、脅威でもないんじゃないかということだった。
「でも、やっぱり城さんたちは間違いなくうちで一番強いんだろうね」
とも先生は言った。でしょ!?だから散々、と続けようとすると、
「というか太田さんが強すぎる……」
と遮った。確かに、太田さんは強い。男子並みの体格も、テニスに関する技術も、落ち着きも、女子中学生の域を出ているのかも。
「不思議に思ったんだよ。城さんだけなら上手く揺さぶっていけば、ミスはあるし、絶対勝てないこともなさそうだと思ったんだけど。太田さんが前衛守ってるから、どこのペアも自由に打てなくて、結果的に後衛と勝負させられて城さんにやられてるってことなのかな」
「意識して見たことなかったです」
勝てそうとも思ったことないし。
でも、確かにそうなのかも。打倒じょほちゃんペアに燃える深雪ちゃん・イッチーペアは毎度負けて悔しそうにしているし。同じくらい強い尚田さん・須藤ちゃんペアも勝ったことないって言ってたなぁ。
部内戦やるといつも全勝だし、なんなら3年生も勝てない。3年生はそもそもあんまり上手くないっていうのもあるけれど。
「でもいいね。最強の2年生エースに、粒揃いの3年生。3年生も後衛前衛のバランスいい気がする」
「粒揃い……」
ですかね?
3年の部内戦の様子を眺める。
3年生のプレイは退屈だ。淡々と返して、淡々と繋いで、たまにボレーを決めたり決めなかったりする、普遍的な感じ。特に目立つ人もいない。
隣のコートでは2年の尚田・須藤ペアと白石・市川ペアが試合をおこなっていた。まさしくあの試合なんか3年より全然面白い。
尚田ちゃんは、普段は全てを柔らかく包み込んでくれそうなやさしさを感じるのに、テニスの時はぐっと眉をひそめて、負けたくない!ってオーラがすごい。取れなさそうなボールにもしがみつくように飛び込んで返す。とにかく粘り強い。点を決めた時の「よっしゃー!」の声が、普段のぼそぼそっとした声とのギャップがあって、いつも驚いてしまうくらいだ。
ペアの須藤ちゃんは普段もテニスの時も変わらず太陽みたいに明るくて、ペアがミスをしても「どんまーい!」って明るくハイタッチしてくれるタイプ。みんなペアを組みやすいって口々に言ってる。でもプレースタイルは割と堅実で、一つ一つが丁寧な印象だ。
深雪ちゃんはギャルっぽいのに、テニスは須藤ちゃんみたく丁寧……どころかこの部で一番堅実かも。綺麗にコントロールされたロブとかストロークで相手を崩していくテニスは、地味だけど後衛として大事なことだ。
そして崩したところをイッチーがスマッシュ!とか、ボレー!で攻撃的に決めにいくのが、白石・市川ペア。2人のコンビネーションは部でナンバーワンだ。
一点一点が楽しいペアのぶつかり合い。
先輩たちには申し訳ないけど、2年生の方が面白いテニスしてるし、粒揃いだと思うんですよね。
という内容を先生に興奮気味に語ると、先生は「まぁね……」という軽い同意の後、こちらをしばらく見つめるので、困って目を逸らす。
「なんでそんな見るんですか?」
「あ、いや、ごめんごめん。考え事してた。でも3年生も面白いよ」
「具体的にどういうところがですか?」
「例えば合田さん」
とキャプテンの名前を出して、レシーブの際の細かいフェイントによるコース撹乱がーーと語ってもらったけど、でもなぁ、やっぱり2年の方が面白いんじゃないかと思うんですよ、先生。
「ともかく夏の団体戦は3年生が中心だし、素人なりに戦略を練ろうと思うんだけど、例えば合田はキャプテンシーあって気持ちが強いから、勝負が決まる3番手に抜擢しやすいよなーとか考えるのが楽しくてさ」
「あっ、それはわかります。プレイヤーの性格とか特徴で、団体戦の順番やら、ペアの組み合わせとか、考えるの楽しいです」
「だろ?」
と瞳をキラキラさせる先生。
「俺、こういうチーム戦大好きなんだよな」
「なるほど……」
私も好きかも。これから先輩たちが引退して、私たちの代になって、団体戦のレギュラーになったみんなは何番手で出るのが良いんだろう?
団体戦はお互いのチームが3ペア出して、先に2ペア勝ったチームの勝ち。だから各チームのエースは1番手次第では負けられない2番手に置かれることが多い。じゃあじょほちゃんたちは2番手かな。イッチーたちは勝負強そうだし3番手?でも尚田ちゃんもメンタル強いからなぁ……。妄想が膨らむ。
「そういえば先生は、なんでチーム戦好きなんですか?運動部の経験もないって確か言ってましたよね?」
「ああ、それはね……」
「さおー!!」
「うわっ」
びっくりして背筋が伸びた。振り向くと、イッチーが「次試合だよー!」と叫んでいる。もう回ってきたのか。
「宮田さん、勝ちに行きなよ」
先生の言葉に無理して頷いて、私はコートへと戻っていく。
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