#5 浅め
「先生ー、やっぱり無理なんですよー」
「いや、ごめん。前衛アタックに関しては、太田さんの実力を見くびってたよ」
と先生はニンマリする。ほんと、太田さんってものすごーく強いんですからねって自慢してやりたい。
「まあでも、太田さんのアタックは決まらなくてもいいって話してたでしょ、大丈夫。2ゲーム目の作戦は覚えてる?」
「覚えてますけど……」
「ならよし」
そしてコートをチェンジして2ゲーム目。
サーブはそれぞれのレシーバーに2回ずつ打って、ペアと交代するので、最初の2点分はまふっちゃんだ。
まふっちゃんは普段、上から素直なサーブを打つけれど、今日の作戦は違う。
ーーじょほちゃんがレシーブの時だけ、カットサーブを打つ。
「ゲームカウント、0-1!」
を言い終わった瞬間、ほぼノーモーションで、下からカットサーブを打つまふっちゃん。普段から試合をしているので、上からのサーブが来ることを予測していただろうじょほちゃんは、若干下がった位置にいたので、浅めにくるカットに距離を詰めて、その勢いのまま
パゴッ!!
という気持ちの良い打球音の後、パサッと消え入るような音がした。
ーーネットだ。
レシーブミス!え、一点取れた。
「ラッキー」
とまふっちゃんが言うのに遅れて「ラ、ラッキー」と言いながらまふっちゃんとハイタッチ。流石のじょほちゃんも意表を突かれたかな。じょほちゃんは、何度かフォームの確認をするように素振りをして、ポジションに戻る。
「1-0!」
と審判がコールして、次は太田さんレシーブなのでまふっちゃんは上からサーブを打つ。太田さんの前衛アタック仕返しにビビってサイドを固めたら、レシーブを真ん中に返球してきた。抜け目ない。まふっちゃんがなんとか拾ったボールはふわっと宙で丸い弧を描き、吸い寄せられるように太田さんの元へ。
パゴンッ!!
と爽快な音を立てたスマッシュに私たちは反応できず。1-1。
次は私がサーブ。レシーブはじょほちゃんなのでカットサーブの構えをする。金魚すくいの構えみたいだなぁといつも思う。今度はじょほちゃんも最初から前に出ていて、こちらの作戦を理解したっぽい。
ーー城さんは綺麗な球を打つことにこだわりすぎてるから、揺さぶればミスも増えるはずだよ。
という先生の言葉を半信半疑に、下からカットサーブを打つ。
擦りすぎた!
ボールは大きく風に乗ってコート外へ。
フォルトのコールがかかって、2球目。ダブルフォルトは勿体無いけれど、作戦はカットサーブだし、入る自信ないなぁ、でも入れなきゃ、と慎重に、丁寧に、金魚すくいのように、とボールを擦ると、今度は弱すぎてネット前で打球は落ちて弾んだ。ダブルフォルトだ……。
「どんまいどんまい」
「……ごめんほんと」
次の太田さんのレシーブは綺麗に決まってなす術なく、これに動揺したのか、まふっちゃんもダブルフォルトで、またゲームを取られた。これでゲームカウントは2-0になって、次のゲームを取られると負けだ。
しかも3ゲーム目は相手がサーブ側。結構詰んでる気もするけれど、やれるだけのことはやってみるか……。
じょほちゃんがサーブを打つ前に、まふっちゃんを呼んで、小声で呟く。
「先生が言ってた通り、どうしようもなくなったときの浅め浅め作戦で攻めてみる?」
作戦名そのままに、基本全ての返球を浅くするだけの作戦である。……先生、そんなので点取れるんですか。と思わず言ってしまった作戦だ。
「うん、やってみよ」
じょほちゃんがサーブを打つ。じょほちゃんは確かに綺麗な球を打つことにこだわっているきらいはあるけど、サーブはそんなにこだわっていない。
「サーブレシーブは儀式みたいなもの」
とじょほちゃんが言ったのを聞いたことがあるくらいには。
まふっちゃんはレシーブを当たり損ないのような打球で返す。少し浅めのボールがいったので、私もボレーに備えて、多少身構える。
ポゴッ!
打球に追いついたじょほちゃんは、またも強打の返球をネットへ。
ラ、ラッキー……。
でもそんなに強打する必要もないのに……とも思う。
次は私のレシーブで、まふっちゃんと同じように浅めを心がけて打ったら、そもそもレシーブが当たり損ないで、さらに浅くなって奇跡的に超浅い斜めのコースへ。じょほちゃんは追いついたけれど、ふわっと上がったボールが私の頭上に。
ーースマッシュのチャンスだ。
ーーミスっちゃだめだ。
とまで考える余裕があるのが、スマッシュの嫌なところだ。ミスを考えると身体が引き締まるように萎縮して、入れなきゃ。と強く打たなきゃ。という相反する命令動作が、私の動きを中途半端にして、ほら、結局スマッシュを思い切りアウトにしてしまう。パンッと音だけは一丁前に無情にもラインを越えていくスマッシュの打球を何度見送ったことか。
私のスマッシュミスで、結局1-1。
でも、そっか。
浅いボールは追いつけば返球の選択肢は多くなるけど、速いストロークが打ちづらいんだ。
じょほちゃんの良さが封印できるって算段ってわけか……。
しかも、前衛の太田さんが2球連続で、浅いボールへの反応すらしなかったあたり、1ゲーム目の前衛アタックも効いてたりして……。
次のサーブ権は太田さん。ファーストを外してセカンド。ふわっとしたサーブなのに、まふっちゃんは強打することなく中途半端な打球をじょほちゃんへ。今度は、一早く反応して高い打点でストロークを打たれてしまい、私とまふっちゃんの間、センターのコースに速球が飛んで、私たちは触ることもできず1-2。
私はそのじょほちゃんの前のめりな動きとポジションを見て、次は深めにじょほちゃんへとレシーブを返球。予期していなかったのか、微妙に体勢を崩しながらもパゴッ!と速球がいく。まふっちゃんがなんとか返球したふわっとしたボールを、待ってましたと言わんばかりの溜めから、強烈なストロークをじょほちゃんが返した時の
ポゴッ!!
という音と打球が、ボレー体勢に入った私の左横を嘲笑うように抜けて、左耳に打球音の残響がこびりつく。
球はやっ……男子より速いんじゃ……。怖すぎる。
1-3。4点目を取られたら負けだけど、次はじょほちゃんのサーブ。また、まふっちゃんの返球は浅めに落ちるーー前に、パコッと乾いた音がして、反応した時にはもう、私の右横を打球が通過していた。
ーー太田さんが、ポーチボレーをしたんだ。
ゲームセット。0-3で、ストレートで負けだ。
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