#9 恥と熱
「先生ー、生意気な子いるんですよ1年生にー。というか、私が後輩と絡まないからって任命したんでしょー仕分け係に」
職員室の隅で先生にブー垂れる私。他にも何人かの生徒が先生に勉強の質問で来ているのか、職員室では談笑ムードが漂っていたのでラフな話がしやすかった。
「生意気ねぇ……強気なタイプかぁ」
パラパラとメモをめくり出す先生。どうやらテニス部全員分のメモを書いているらしい。この前先生はデータ派だから、とかけてもないメガネをクイッとする仕草なんてしてたけど、メモは全部アナログなのが面白い。なんかアナログとデータ派って結びつかない気がして。
「うーん、もしかして井上巴乃さん?背が低い子?」
「多分その子です。ラケット赤です」
「あ、井上さんだな。あの子は我が強いけど、1年の中じゃ1番センスありそうだよ。結構上手い」
「えー、1年に上手い子いるんですか?」
「宮田さんが見てないだけだよ。井上さんは上手いと思う。チームの一員としても面白い存在なんじゃないかなぁ」
素人目だけどさ、と、くしゃっと笑う先生。でも私は知っている。最近はソフトテニスの勉強も進んだのか、練習メニューを先生が考案したり、知識もついてきていることも。そもそも私に戦術を指示できる時点で、普通にレベル高い。少なくとも素人ではないかもしれない。プレイヤーとしては素人だろうけど。
「あ、のっぽの子は優しかったです。ラケット黄色です」
「のっぽ……多分、真島風香さんだねー。ふわふわしてるけど、あの子もセンスありそう」
「井上のせいで真島って子、身長高いのに後衛になっちゃったんですよね……」
「まあ、いいんじゃない」
それからしばしの沈黙。用は済んだの?と言いたげに視線を迷わせた先生に「あの……」と切り出す。なぜだか頬が火照る感覚がある。なんだか恥ずかしい。先生に太田さんとどういう関係なんですか、なんて聞くのは。どうしようもなく恥ずかしい。
「それとですね先生……」
「ん?あ、太田さん、ごめんごめん」
え?と振り返ると太田さんがいた。少し困ったように視線を先生と交わらせる太田さん。あ、私、離れなきゃ……と思うも、体が動かない。頭だけがフル回転で動いて、フェニックスの2人は!?太田さん残ってたら時間稼ぐんじゃなかったの!?と職員室の外に目をやると、両手をこすり合わせてペコペコ頭を下げる須藤ちゃんがいた。……多分、口下手クールな太田さんと会話を保たせるのは至難の技なのだろう。
「先生、今日も来るんですよねうちに」
「そのつもりだけど、でももう時間が遅いよな……」
「そうですね、今日は……」
「つ、付き合ってるんですか?お二人は……」
言ってしまったー!
と思った束の間、雪之丞先生がどっと笑って、「ふはっ、はは、なんでっ、そんなわけないだろー、ね?太田さん」と前屈みになって震える。私は「え、え、」と困惑で狼狽えたら太田さんが「そんなわけない……」とため息をつきながら頬を染めたので「ごめんこれ勘違いのパターンだよねごめん!失礼しました!」とダッシュで職員室を後にした。
須藤ちゃんたちに呼びかけられた気がしたが、恥ずかしすぎて立ち止まれずに正門までダッシュして、一息ついて、また全力で腕を振って走る。
この恥ずかしさから逃げ切れたら時が戻らないかなって思ったけど、走って、帰って、家で夕食を食べて、風呂に入って、寝る前の諸々を済ませて、ベッドに潜り込んで、目を閉じても普通に朝が来た。
はぁ、と絶望しながらカーテンから差し込む光を眺める。この光がレーザーに変わって、私を焼き殺してくれ……。というか普通に考えて先生が中学生に手を出すわけない。そんな漫画みたいなことない。なんて私は幼稚なことを聞いてしまったのだろう。一晩越えても恥ずかしい。なんだか浮かれてた、バカみたい。
スマホを覗いたら須藤ちゃんからLINEが来ていた。
ーーー
ごめんさおちゃーん!勘違いだったみたい〜
ーーー
てへぺろ、の顔文字。続けて長文が送られてきていた。
ーーー
どうやら太田さんのお父さんがソフテニクラブのコーチをやってるらしくて、そこで勉強させてもらってるんだって。太田さんと先生は一緒に帰ってるっていうか、クラブチームの練習場に顔出してただけやね!
話し込んでたのは……これはテニス部だけの秘密にしてほしいって太田さん言ってたから守ってね。
太田さん転校するんだって。二学期から別の中学だってさ
ーーー
泣いてる顔文字。
え、と目一杯の三点リーダーを送信してスマホを置いた。
え?転校?太田さんが?
まだ寝ぼけてるのか。ベッドに沈む。隙間から入り込むあさのひざしで、髪が熱くなるくらいには二度寝して、結局学校に遅刻した。
しかしスマホをもう一度見ても確かにメッセージはきていて、どうやら夢ではないみたいだ。
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