#14 生きてるって感じがする





 宿題をこなした後の夜の乗り越え方といえば、SNSを開いて、テニス部のみんなにいいねをして回ることくらいだったのだけれど。自分でも驚いている。テニスの動画をかれこれ1時間近くも視聴していることに。


 同じ年の子が、父親とソフトテニスをひたすら特訓する動画なんかもあって、為になった。その子が綺麗にカットサーブを打つので、動画を止めてはラケットを握り、素振りを繰り返す。ビュンビュン、部屋はやけにラケットを空ぶった音が響く。広くはない部屋なので全力で振れないけれど。


 それで実際、次の日なんかに練習でカットサーブをすると、少しは進歩していても、動画の中みたいな切れ味鋭いカットサーブは打てない。試合でも付け焼き刃のカットサーブを打っていたけれど、生き物のようにあっちへ飛んだりこっちへ飛んだり、生きてるって感じがする。練習で出来ないことはきっと本番でも出来ないのでやるしかないんだけど……。


 カットサーブ研究会、名誉会長のたま子ちゃんは「どうよ」とピースサインをしながらガンガンカットサーブを入れている。才能の差に愕然とするけど、やっぱりみんなすごいなぁって嬉しい気持ちが勝った。私の方が誇らしくなってきて、全然できていないのに胸を張りたい気分。……お胸成長しないな。そこはシンプルにたま子ちゃんが羨ましい。


 たま子ちゃんのお胸のお山の後ろ、隣のコートで、走り込んでロブ、の練習を繰り返す後衛チームの姿をみとめた。まふっちゃんも懸命に練習している。夏の個人戦でアピールできたらいいね。その足の速さは絶対武器だよ、って今朝の登校の際も彼女に言ったら照れていた。かわいい。


「なに見てるん?センセ?」

「ちーがーいーまーすー。まふっちゃんだよ」

「たま子も可愛い可愛い弥生っちを見ますかぁ。あぁ〜眼福眼福」

「たま子ちゃんは、弥生ちゃんのプレーを意識しながらやってる?」

「え、何それ。割とテキトーだよ」


 でも、と小悪魔みたいな笑みになって、たま子ちゃんは言う。


「弥生っちのストロークが綺麗に決まったり、それを起点にチャンスボールがきて、たま子がスマッシュを綺麗に決めたりしたら、生きてる!って感じがするけどね」


 生きてる!ってなにそれ、面白い。私のカットサーブみたい。

 でも分かる。ペアごとにポイントの取り方や作戦はある。太田さんとじょほちゃんのところは、たま子ちゃん弥生ちゃんのペアに似た形だと思うし、逆に後衛が繋いで繋いで前衛が決めるイッチー深雪ちゃんペアなんかもいたりする。私は、まふっちゃんが得点に絡めばそれだけで嬉しいけど、やっぱり無理そうなボールを繋ぐまふっちゃんを見る瞬間が一番嬉しい。


 まふっちゃんは足が速い。コートカバーリング技術において、2年でも1.2位を争うほどだと思う。典型的な繋ぐ後衛だ。ちなみにまふっちゃんは前に出されてもボレーは私より上手いし、地味にポーチボレーに出たりもする。


 カットサーブが終わったら、こんなまふっちゃんの特性を生かしたテニスを考えなきゃだ。


「宮田さん、ちょっといい?」


 先生に呼ばれたので、カットサーブを中断して向かう。「レインカップのことなんだけどね」と言われて全てを察した。


 レインカップとは、夏大会前に繰り広げられる前哨戦のような試合のことだ。市内の中学校がいくつか呼ばれて練習試合を行う。ここで手の内を見せたり見せなかったり相手の選手を確認したりしなかったりするのだそう。恐らくこれの説明をしてくれ、ということなのだろう。と身構えていた。


「レインカップ、8人の登録メンバーには入れられないけどサポートとして宮田さんも来てくれない?色々確認したいこともあるし」

「えっ、私ですか?無理です無理です。サポートするのはいいですけど、実戦確認するのはイッチーとかのレギュラー候補がやった方が」

「宮田さんも秋からは立派なレギュラー候補だよ」

「またまたご冗談をー」


 本当なんだけどな、とぽりぽり頭をかく先生は放っておいて、まあ試合に出ないならいいかなぁと思ってしぶしぶ了承した。隣で眺めていたイッチーが「お気に入り枠……!」と頬を赤らめるので「も〜違うから絶対」と反論しておいた。太田さんと先生の熱愛の噂が止んでから、急速に私と先生のカップリングへと噂がシフトしつつあるので、本当にやめてほしい。先生と話しづらくなる。



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