#13 #カットサーブ研究会







「サーブ練習!」

 キャプテンの大声で、みんな一斉にコートの端へいき、各々のフォームでサーブを打ちまくる。ネット際でボレーをしていた私も、すぐさま走る。


 テニスのサーブをやってみてよと言われたら、ぽんぽんと地面にボールをついて、後ろに重心を置いてためを作り、トスをし、上からラケットを振り下ろす動作をするだろう。


 対してカットサーブは独特だ。ラケットはそもそも上から振らず、下振りだ。曲げた膝の前くらいにトスを落とし、ラケットでボールに回転をかける。上手くいけば、地面に跳ねた際、利き手方向に打球が曲がるしあまり跳ねないので取りづらい。


「そりゃあもうカットだよ、カットサーブ」

「え、カットサーブ?私苦手だよ」

「でもカットって、返すの難しいし武器になりそうじゃん」


 イッチーにそう勧められた昨日から、ひたすらカットサーブを練習している。


 私もカットサーブの処理は得意な方ではないし、カットサーブを習得できれば勝率は上がるのかもしれない。イッチーもカット処理が苦手だと言っていた。

 しかしこのカットサーブ、ひたすら入らない。ボールが伸びすぎたり、ネットにかかったり、うまくガットに当たらず転がっていったり。ポーチボレーより向いてなさそうな気しかしない。

 ただ、状況に左右されるポーチボレーよりも、打とうと思えば確実に打てるカットサーブを練習した方がいいのかもしれない。


「さおりんは器用ね〜」


 声のした方を振り向くと、日本人形みたいな黒くて短い髪と、10円玉みたいにくりくりした瞳がこちらを覗いていた。神楽たま子ちゃんだった。いつ見てもキラキラしていてカワイイ。汗くさい運動部にいるといい意味で浮いている感じもする。


「器用じゃないよー。全然入らないもん」

「出来てるだけですげーよ」


 とピースサインを送ってくる。「すげー」とか男っぽい口調なのがたま子ちゃんの特徴で、こんなアイドルみたいに愛嬌のある子の口から放たれるのが、ギャップがあってカワイイ。


「たま子ちゃんもやってみたらできるよ」

「できんできん。ほら、やる気ないじゃん、たま子」

「できんかぁ〜」


 確かにたま子ちゃんはやる気がないので練習もまあまあサボる。実際のところはどうなのか不明だが、彼氏が3人くらいいて、ローテーションで遊ぶために部活に来ないことも多い。前の先生にはよく呼び出されていたが、雪之丞先生は休んでも「まあプライベートですし」なんて言うので、最近は以前に増してレアキャラ化している。

 それでも試合の日はペアを組んでいる弥生ちゃんが可哀想だと言いながらコートに来るので、なんだかんだ優しい子なんだろうと思う。それに、こう見えてテニスオタクだ。ラケットとかの道具にも詳しい。お兄さんがスポーツショップで働いていると聞いたことがある。


「にしても、さおりん。結構熱入れてやってるんだね」

「うん、ちょっとね」

「わかった、雪之丞センセへのアピールでしょ」

「ちーがーいーまーすー」


 も〜。と牛みたいな声で呆れたら、もう一度集中する。ボールを擦りすぎないよう、回転量を抑えてもまずは入れることを目標に。高く跳ねるカットサーブでもいいからとにかく感覚を掴みたかった。でも打つたびに球筋は表情を変えて、あっちにいったりこっちにいったり、迷子のカットサーブだった。やっぱりセンスのない私には難しいのだろうか。まふっちゃんをカバーする力を付けるには、他のことを練習した方がいいのかも。でも何をやれば?


「さおりん、見てみ」


 後ろのたま子ちゃんがスマホを掲げている。スマホ持ち込みは禁止では……という気持ちを飲み込んで画面を見つめると、『カットサーブの極意を教えます』というタイトルのYouTube動画が流れていた。


「これ見ながらやろうぜ」

「確かに。見たほうがはやいよね」


 使えるものは使えた方がいい。動画内ではまずはボールに回転をかける感覚を養いましょうと解説していたので、動画を止めて、ラケットでカシュッと回転をかけてボールを上げることを繰り返してみた。たま子ちゃんもなぜかやっていた。分かっていたけど、たま子ちゃんの方がセンスありそう。


「あとさおりんのフォーム後ろから撮ったけど、見る?見たら分かるけど、動画のフォームと全然違ったら一旦丸パクリしてみるのはどうよ」

「いつの間に」


 確認したらおぼつかない動作でテニスをする私がいて本当に恥ずかしかった。この世界に鏡がなかったら、人類から恥がひとつ減っていた気がする。何も知らないって平和なんだな……。


「もうちょっとこう、ラケットの振りをこうかなぁ」

「あ、近いよさおりん、そんな感じ」

「うーん、でも、もう少しこうかなぁ。いや、こうかな?」

「……ね、たま子のも撮ってよ」

「よいよー」


 ポン、とマヌケな音で撮影が始まる。たま子ちゃんは「ふっ」と小さく声をもらし、カットを打つ。やっぱそれなりにできる。全然「できん」から程遠いんですけど。やっぱりみんなすごいなぁ。


「できてるっぽい?たま子」

「できてる!すごい!」


 よしゃー、手を上げて喜ぶたま子ちゃん。振り上げた手は徐々に降りてきて、私の袖口を掴んだ。くいくいっと引き寄せられたら、そのままたま子ちゃんのスマホを奪われ、素早い動作でパシャリ、ツーショットを撮られた。全然嬉しいけど、なぜ。


「#カットサーブ研究会で載せるねー」

「だ、だめだよ、先生に監視されてたらバレて怒られるよー!」


 大丈夫、鍵つけてるから。にぱっと笑うたま子ちゃんには敵わない。一応写真を確認させてもらったら顔面偏差値の差に愕然として、「やっぱ恥ずかしいよー」と言ったら「可愛いぜ、さおりん。この無理やり撮った感じがキュートじゃん」とピースされた。ピースが可愛すぎてどうでもよくなったので、もう何も言わなかった。


 写真を載せて満足げなたま子ちゃんがふと呟いた。


「さおりん、秋になったらレギュラーとるよ」

「いやいや、とれるわけ……」

「とーれーるー!兄貴が言ってた受け売りだけど。どんな理由であれ、向上心にセンスが勝ることはない。そう、たとえセンセへのアピールが理由だったとしても」

「ちーがーいーまーすー」


 たま子ちゃんはキラキラ笑った。高級そうなラケットが夕陽のオレンジに照らされて、キラキラと眩しかった。


「ちなみにたま子もとるよ、レギュラー。カットサーブとか極めて」


 いつの間にか、キラキラの中から、情熱が顔をのぞかせていた。そして微かな声で、でも確かに彼女はこう言った。




「練習は……行けるだけ行くことになるから、頑張らなきゃだけどね」



 行けるだけ行く、というフレーズが、喉に刺さった小骨のように引っかかって仕方なかった。





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