#12 変わりはじめた意識







 6月の練習は、雨続きで室内トレーニングが増える。と言っても、ミーティングの後、軽い筋トレなんかをやって1時間くらいで終わることがほとんどだ。


 だから今日みたいにカラッと晴れた日は貴重だ。去年の私は、天気予報の降水確率をやたら気にして、6時間目の授業で雨が降ったら心の中でガッツポーズしていたけれど、今年は逆だ。てるてる坊主を作ってやってもいいくらい。


 隣のコートで、太田さんとじょほちゃん含む団体メンバーが練習をしている。ポーチボレーの駆け引きの練習で、前衛は飛び出すかポジションを守るかの判断練習、後衛は前衛の動きを見ながらボレーを打たれないようにする練習だ。


 私たちのコートでも同じ練習をしている。


 上の公園で太田さんのパパからの指導は断った。でも代わりに、「太田さんから教わりたい」と言ったら快諾してくれた。

「私がじょほの前衛をするときに考えてることなら何でも教える」


 じょほちゃんの長所はストローク。短所はショートボールの処理とか、とにかくストローク以外だ。だから太田さんは、相手が体勢不十分な時だけポーチボレーに出るようにしているらしい。体勢が悪いと浅いボールやロブがいきやすい。浅いボールはなるべく太田さんが処理したくて、甘いロブはスマッシュをもしうてなくてもじょほちゃんが打ち込めるからいいのだそうだ。

 じゃあ、私のペア。まふっちゃんの長所と、私がカバーすべきところは?


「さおー!またぼーっとしてる!」


「あ、ごめん」


 イッチーに言われてハッとした。次は私の番。打ってくる相手は弥生ちゃんだ。ネット近くから私はボールをふわっと投げて、ワンバウンドして、弥生ちゃんがぐわっとラケットを引く。対角線上に打ってくるボールなら飛び出してボレー。私の方なら動かないのが正解。この練習ではロブは打ってこない。なんとなく、こっちには来なさそうで飛び出してみる。


 パンッ


 の打球音に続いて、私が動いたのと逆方向へボールがいく。あっと思ったときには私の左横をボールが抜けていく。綺麗に抜かれてしまった。「えっ、やった!」向こうで弥生ちゃんがラケットを小さく振って喜んでいる。


 ポーチボレーって難しい。


 思い切って飛び出さないと、そもそもボレーが届かない。でも早く飛び出しすぎると今みたいに抜かれる。


 次は前衛イッチーVSまふっちゃん。まふまふこーい!とボールを出すイッチー。まふっちゃんはコンパクトなフォームでボールを叩く。クロスに飛んだボールを、イッチーは飛び出して逃さない。しっかり叩いて、ボレーを決める。「よっし」と小さく握り拳を作るイッチー。まふっちゃんは「んー……」とスイングを確認している。


 まふっちゃんはそんなにストロークが得意じゃない。正確には、速い球が打てるわけじゃない。だから打ち合いの展開はなるべく避けたい。


「打ち合わないためにはどうすればいいと思う?」と太田さんに聞いたら、「それならポーチボレーに飛び出すのはどう?」と言われたけど、私もポーチボレー得意じゃなかったり……。そもそも私、大して特徴のないのろまなかたつむりだし。でも、まふっちゃんのこれからを考えると、夏の個人戦は一つでも多く勝ちたい。


「ねえ、イッチー」

「ん?なに?さお」

「イッチーは……」

 ポーチボレーのアドバイスを聞くか、打ち合いを避けるための方法を聞くか、迷って「あ〜……っと……」と徐々に目線を斜め下にやったら、下げたアングルに屈んだイッチーがひょこっと映り込んできた。「なんでうつむくの!なになに?なんかあった?」

「あ、いや、ポーチボレーってどうやったらいいのかなって」

「なんだ、恋の悩みかと思った!」

「そんなわけないでしょー」

「ポーチはなんとなくだよ。こっちにボール来るなって感じがした時に飛び出すんだよ。ドンッて」


 だめだイッチー使い物にならん……。


「でもさおが聞いてくるの珍しいね。テニスのことで」

「えっそうかな?」


 そうだよ、とイッチーは目を丸くする。


「なになに、さおテニス上手くなりたいの?」

「うーん、まあ、うん。まふっちゃんと勝ちたくて」

「この前のアレ、練習したら勝てそうだけどなぁ」


 この前のアレ?私は首を捻った。捻った首が太陽にあてられて焼けそうだ。





「そりゃあもうカットだよ、カットサーブ」




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