#15 親バカコーチ







 今年のレインカップは、栗野庭球場でおこなわれる。栗野庭球場は観客席が小さくて狭い代わりに、コートが12面も並んでいる。今回はどの中学もレギュラー組くらいしかいないが、市内大会に進めば観客席はぎっしり埋まり、通行路はとにかく狭い地獄絵図になる。夏場はとにかく暑いことで有名だ。


 6月とはいえ、もう夏に一歩踏み込んでいる。でかめの水筒にスポーツドリンクと、鞄に詰めるだけ詰めた水で、私は猛暑と戦う。太田さん達はプラスで対戦相手と戦う。考えるだけで恐ろしい。今日はできる限り応援しようと思った。


 短めの開会式もそこそこに、対戦表が配られて、先輩たちは「うわー」とか「まじかー」とか言っている。大会はグループリーグと決勝トーナメントに分かれていて、グループでは3チームの総当たり戦で2チームが決勝へ進む。決勝はトーナメント形式の一発勝負。


 先生はかなりあたふたしていて、「宮田さん!先生・コーチはそこに座ってればいいんだよね?」「宮田さん!団体戦のオーダーってどこに提出するんだっけ?」などとにかく落ち着かない。まあ勝手が分からないのはしんどいだろうなぁと思う。一応うちには顧問がもう一人いるのだが、おばあちゃん先生で、人数合わせみたいなものでテニスにも詳しくない。今日は私たち以外のメンバーは普通に練習なので、試合には雪之丞先生、練習組はおばあちゃん先生が形だけ練習を見るということになっている。


「宮田さん、ちょっと試合前のルーティーンに付き合ってくれない?」


 太田さんに呼ばれ、あたふたする先生を置いて球場の外へ。もう少し試合まで時間があるので準備運動とストレッチがしたいらしい。「じょほちゃんとやらないの?」と聞くまでもなく、じょほちゃんにはじょほちゃん流のルーティーンがある。シャドーボクシング……。あれには付き合いきれないだろう。


「グループリーグ強い相手がいるんだってね。でもきっと太田さんとじょほちゃんなら勝てるね」

「どうかな。その人同い年だし友達だから負けたくないけど」

「え、そうなの?」

「あ、噂をすれば」


 微笑む太田さんの視線を追いかけると、一人の女の子がいた。気の強そうな、力強い瞳だった。波打った髪をボブにまとめているのが、印象的で、なんだか雰囲気に飲まれてしまった。しかし、ニカッと笑って、「みずきー、おひさ!」なんて言うので怖さとのギャップでカワイイ……と呟きそうになった。


「おひさ。宮田さん、この子が噂の強い少女だよ。古湖みこと」

「どもども、こっこって呼んでー」


 圧倒的フレンドリーに怯えながらも、じゃ、じゃあこっこちゃんよろしくお願いします!となんとか絞り出した。


「みずきとは決勝で当たりたかったなぁ」

「私たち団体そんなに強くないし、勝ち上がれるかわかんないから、私はむしろよかったよ。こっこ調子は?」

「めっちゃいい感じやでー負けんよみずきには!」


 ふ、と小さく笑う。3人で話し込むうちに2人の塾が一緒なのだと分かった。それで友達、なるほど。と感心していたら、不意にこっこちゃんに言われた。


「えーじゃあこの宮田ちゃんが噂の?めちゃくちゃ上手い子?」

「この子も上手いけど、違うよ。あっちでボクシングしてる」

「上手くないよぉ。レギュラーメンバーでもないし」


 遠目に1人だけ別競技をやってる儚げな少女を見て、「だ、大丈夫かいな、みずきのペア……」とこっこちゃんはドン引きなご様子。正直無理もない。


「古湖、そろそろ試合始まるぞ。トレーニングウェアを着替えなさい」


 と、漆黒のユニフォームを着た、眼鏡の男性が近づいてきた。「はーい、泡コーチ」と駆け出していった。あわ……?本名?


 泡コーチと呼ばれた人は、駆け出していくこっこちゃんと反対に私たちと近づいてきて、太田さんに大きな手を差し出した。背も大きい。でも黒ぶち眼鏡にさわやかな短髪な見た目は、インテリな雰囲気を強く感じさせる。とても運動部のコーチには見えない。


「竹ヶ江中学ソフトテニス部コーチの泡です。今日はお手柔らかに」

「よろしくお願いします」


 と、太田さんはその手を握らず深く礼をした。さすがに初対面の自己紹介でふざける人はいないと思うので、泡は本名なのだろう。


「ふむふむ、あそこでボクシングをしている子が城さんですか?」

「あ、はい」

「なるほど確かに強そうですが、我々竹ヶ江も負けていませんよ攻守にバランスも良く粒揃いの後衛、そして機敏に動ける前衛、普段からのメンタルトレーニングも欠かしておりませんし、練習量も並の中学とは大きく違うでしょう。何よりも勝ちたいという気持ちは生半可なものでは」

「でええええええい!!!!!」


 どすっと頭にジャンピングチョップを食らわされて、「いだいっ」と悶える泡コーチ。いつの間にかこっこちゃんが舞い戻ってきていた。


「うちのコーチの言うことは気にしないでね、親バカに近いものだから、ほんとごめんね」

「なにを言う古湖!これぐらいハッパかけた方が盛り上がるというかうんたらかんたら」

「あほ!いくよ!」

「もう少し待ってくれ。まだ竹ヶ江中の魅力を語れてない」

「手のうちあかしてどーする!」


 こっこちゃんに引きずられるようにしてコートへと戻っていく。


「なんか、竹ヶ江のコーチ、キャラ濃いね……」

「……宮田さん、私たちも行こうか。竹ヶ江VS佐城の試合はどっちも対戦相手だから観ておきたいし」





 竹ヶ江とは、市内大会で当たる可能性があるが、佐城とはその前の区大会で確実に当たる。夏に対戦が確約されている中学なので、先輩も太田さんも真剣な表情でコートに視線を落としている。ただ1人じょほちゃんだけは、「日差し嫌だ」と言いながら日陰で縮こまって座っているけれど。


 私はソフトテニスの団体戦が好きだ。

 3ペアが選出されて、2本勝負で決着がつく。その2本を取るために誰を何番手で出すのかという戦略性も楽しいし、何より個人戦よりも一体感がある。そして一番好きなのは、試合前のこの光景だ。


 両校の3ペアとコーチがコートのライン上に整列する。でかでかと名前の書かれたゼッケンをつけた、中学生だから体躯は小さくても、チームの想いを背負った6人の背中はかっこいい。


 審判の合図で、「竹ヶ江ファイトー!」と言いながら6人が前に出ていく。向こう側の佐城も何か叫びながら前に出ていく。そしてネット越しに睨み合った両校が、また審判の合図で「よろしくお願いします!」と握手をし、それぞれ散っていく。それから円陣を組み、また何かを叫び、両校の一番手がコートに出てくる。始まるんだ、という感じがする。


「一番手はこっこかぁ。お手並み拝見だね」


 不敵な笑みの太田さん。弱点を探るつもりなのだろうか。私も一応サポート兼戦術役で来ているわけだから、何か弱点らしきものが見つかればいいな。


 太田さんの話によると竹ヶ江はこっこちゃんだけが唯一2年生でレギュラーらしいが、話によるとまだまだ上手い2年生はいるらしい。


「宮田さん、しっかり見てた方がいいよ。宮田さんの今後のライバルになるよ」

「ライバルになるのはじょほちゃんとかイッチーだよ。それに、太田さんも引っ越し先県内なんでしょ?ライバルになるかもなんじゃ……」

「まあ、そうだね」


 また、隣で不敵な笑みをしていた。なんだかさっきからイタズラっぽい笑みを浮かべているような感じがする。


 そして、試合が始まる。瞬間、一際響く声で「よし、こい!」とこっこちゃんが叫ぶ。女子特有のキンキンした声じゃなく、ビリビリする感じがした。佐城側がサーブを打つ。綺麗にコースに決まったサーブをこっこちゃんはしっかりセンターのコースへ叩き返す。


 レシーブはやっ!


 相手後衛は反応に遅れ、明後日の方向へボールを返してしまった。1-0。


「こっこ、前にテニスした時より100倍上手い」

「じょ、じょほちゃん並みにいいストロークだね……」







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