クロスラケット

#16 古湖の実力

　その後も、こっこちゃんの圧巻のテニスは続く。

　1点目を強烈なストロークで飾ったので、スピードボールが得意という印象がついたけれど、点が進むごとに印象が変わる。相手の前衛を軽やかに越すロブを披露したり、後衛のバック側を執拗に狙ったり、後衛としての展開力が目立つ。それで、コースが空いたらたまに速いストロークを打ち込んで点を取る。

　じょほちゃんが速いストロークを中心に組み立てるプレイヤーだとしたら、こっこちゃんは決め球に速いストロークを使うタイプかもしれない。コートを縫うように右へ左へ駆けて、ボールを的確に相手に返し、少しずつ崩していく。それで、ペアの3年生の前衛が時にポーチボレーに出たりする。ソフトテニスの攻め方としてはかなりオーソドックスだ。堅実な優等生タイプだなぁと思うのは、テニスが丁寧なのに加えて、コートでも礼儀正しいからかも。サーブ時など、ボールを相手に渡す際、「ボールいきます！」と一声かけて渡したり、渡される時も「ありがとうございます！」と帽子を取っていたり。私も機会があれば真似しよう……。

　1ゲーム目を終えて、コーチの元で作戦の確認をするこっこちゃんに見惚れていたら、「上手いねあの子」と、いつのまにか雪之丞先生が左隣にいた。

「先生、私はこっこに……あの子に勝てると思いますか」

　太田さんが真剣な表情で問う。先生は「まあギリギリ……」と溜めて、太田さんたちが勝つでしょうね、と言うかと思えば、

「古湖さんが勝つかもね」

　なんて抜かすので拍子抜けした。

「え、太田さんが勝ちますよ！何言ってるんですか！素人は黙って」

「宮田さんいいのいいの、私も先生と同じ予想しちゃったから」

　先生は「宮田さんがキレて太田さんが宥めるの面白いな、普通逆じゃない？」と笑うので、ちょっと私は腹を立てた。この人は何を見てきたんだろう。じょほちゃんも最強だし太田さんも最強なのに。たしかにこっこちゃんは強いけど、負けるなんて思わない。ていうか顧問が思っていいのか。尚も噛みつこうとする番犬な私を、撫でて静止しようとする太田さんの母性と可愛さに免じて許したけど……。でも、なんで。

「どうして先生はそう思うんですか」

「うーん、弱点が見えづらいからかなぁ。城さんは弱点がしっかりしてるから、そこの差はあると思うなぁ。ペアの子も上手いし」

　それを上回る点を取る能力があるんですー！と反論すると、「宮田さんのそういうところはすごく良いところだよね、仲間想い」なんて微笑みながら言う。完全にからかっている。「私は戦術役ですから、それなら弱点探しますー」とコートに目を落とすと、いつのまにか2ゲーム目は始まっていて、相変わらずこっこちゃんたちが無双していた。

「でも先生」

　今度は太田さんが微笑みながら言う。「勝ち負けは現時点での話ですよね？」

　いつものテニスメモを記した手帳を胸ポケットにしまいながら先生は「もちろん」と答えた。

「それにそもそも先生は素人だから。素人予想なんていくらでも簡単に覆るよ」

　それからもこっこちゃんの堅実なテニスは猛威を奮い、3-0のストレートで勝ってしまった。勝った際の対戦相手、審判に対する礼も深くて、真面目で強い子なんだなぁと思った。じょほちゃんたちの方がきっと強いけど。

　勢いそのままに竹ヶ江の2番手もストレートで佐城を圧倒勝ちし、2本先取した竹ヶ江の勝ちとなった。

「次は我々魔具中の出番ってことですね。対戦相手はいま目の前で勝利した竹ヶ江です。じゃあみんな、下のコートまで移動しましょう。飲み物、タオル、みんなで勝ちたいという気持ちを忘れずに持ってきてください」

「か、勝てるんかなぁうちら」

「むりむり」

　3年生が口々に言う。確かにじょほちゃんたちが一本とっても、もう一本とるのは至難の業かもしれない。今の2番手だって普通に強かったし。

「いけるいける。きっと勝てますよ」

　と手を叩いたのは先生だった。いやさっきギリギリ勝てん言うたやーん！先生の嘘つき！あほ！と叫びたい気持ちが表情に出ていたのか、太田さんに「まあまあ」と撫でられたので一応大人しくしておく。

「何もビビる必要なんかない。確かに竹ヶ江は上手いけど、魔具中も実績がないだけで実力はあります。皆さんが竹ヶ江より勝っている要素はこのメモにぎっしり記載しています。今読み上げてもいいですよ」

　トントンと、メモ帳を叩いて、にっこりする先生。

「急になんですか先生」「真面目な顔しちゃって〜」「流石に読み上げるのは恥ずいでしょ」とはにかむ先輩たち。

　先生は、「まだテニスを勉強して2ヶ月で説得力がなくて申し訳ないですが」と小さく付け加えた後、拳をぐっと握って突き出した。

「勝ちに行きますよ、皆さん」

「……はい！」

　先生も運動部の顧問らしくなってきたな。集合が早くて草とか言ってた雪之丞先生を返してほしい。