#18 VS竹ヶ江②
「まさか、古湖さんを一番手起用してくるとは……ぼくの読み間違いです、申し訳ない」
試合前、先生は私たちに平謝りしていたが、太田さんは「勝ちますから」と言い残してコートへ向かった。その後ろをじょほちゃんがてこてこついていく。じょほちゃんはもうテニスができる喜びしか頭にないといった様子で、ブンブン素振りをしている感じ、調子はいつも通りに見える。
それからお互いの一番手が挨拶とサービスサイドの決定をした後、1分間の乱打を挟み、いよいよ試合が始まる。
「5ゲームマッチプレイボール!」
「はい!」「こい!」
こっこちゃんのサーブを待つ二人の背中に、こっそり祈った。勝てる、絶対勝てるよ。祈っていたら、サーブがきた。結構速い!じょほちゃんは体制を崩しながらもなんとか繋ぐ。繋ぐにしては速すぎる返球だけど。そしてこっこちゃんはロブを打ち、さらにじょほちゃんを走らせる。
素早く追いついたじょほちゃんは、衝撃音とともに豪速球を繰り出す。パゴンッと気持ちいい快音が響いて、空を切って気持ちよくボールがいく。こっこちゃんになんとか返されたけど、太田さんが落ち着いてボレーで処理し、まず一点!
「ないすー!」
「ナイスショット!」
「ナイスボレー!」
それから点の取り合いが続いて、2-3で先にゲームポイントをこちらが取った。1ゲーム目取れたら大きい!
サーブレシーブが無難に続いて、こっこちゃんはロブ展開に持ち込もうとする。それをじょほちゃんが打ち込む。今のところ、じょほちゃんが際どいボールを無理して打ち込んでミスか、しっかり打ち込めて点を取るか、という展開だったのだけど、こっこちゃんが仕掛ける。
少しだけ甘くなったストロークを、強打で返してきたのだ。
真っ向勝負……!待ってましたと言わんばかりにぐわんとラケットを構え、わずかな溜めから跳ねるようなショットをボールにぶつける。パゴンッと爽快な音と共にボールが駆けていく。こっこちゃんも対抗するようにまた打ち込む。そして相手前衛がポーチに出て空いたコースを、同じような快速球で返す。
よっし!と思わず声が出そうになったけど、これをこっこちゃんが拾う。あしはや!思わずこちらは声に出た。しかしそれでもじょほちゃんはセンターにストロークを打ち込み、相手ペア2人の間をボールが抜けていった。
「いよっしゃー!!!!」
と私たちベンチが盛り上がる中、冷静な2人。そして奥ではこっこちゃんが打球の後を見つめ、少しだけ硬直していた。
私には戦慄しているように見えた。こっこちゃんは上手いから、真っ向勝負で負けたことがなかったのかもしれない。じょほちゃんは、本当に天才だ。どんな球も無理やり打ち込んでくるし、真っ向勝負ならきっと誰も敵わない。
「勝てるよじょほちゃん!太田さん!」
1ゲーム目を終えてベンチに水分補給にきた2人を笑顔で迎える。
「城さん、太田さん1ゲーム目ナイスでした」
と声をかけた先生は、少し硬い表情だった。同じような表情で太田さんも頷く。
「じょほのストローク展開で、あんなに粘られるとは……」
「うん、油断禁物ですね。あれを取るのは……」
あれとは、前衛がポーチに出た際、空いたコースに打ち込んだストロークを走り込んで拾ったところを指すのだろう。確かに常人の反応力と足の速さじゃない。
でも、それでも押しているのはこっちだ。
2ゲーム目に入り、コートが逆になる。すぐ近くにこっこちゃんの背中。黒のユニフォームに滲んだ汗。じょほちゃんたちが怖いだろうか、それともワクワクするか。勝負師の感情は私にはよくわからない。
ぐるんぐるんと腕を回し、ビシッと構えると、「よっしゃこい!」と一際ビリビリする声で叫んだこっこちゃん。じょほちゃんのサーブをまた丁寧にロブで返すのかとおもったら、センターに強打してきた!ゴパンッと轟音ひびく、じょほちゃん顔負けのストロークが繰り出される。
それは太田さんの右を抜けて、じょほちゃんのバック側へ。なんとか返したけれど、前衛の子にスマッシュを打たれてあっさり一点を取られた。
「っしゃ!!ナイス!!」
握り拳を作るこっこちゃん。恐ろしいくらいに力強い球、鋭い眼光。何かが宿ったような、熱を帯びた背中。
強い、間違いなく強い。じょほちゃんとはまた違った強さだけど。
次も前衛の子のレシーブがバック側に強打され、浮いた球をアタックされる。すぐさま0-2。
「正確にバックに返してくるなぁ……上手い」
先生は腕を組んでなおも表情は険しかった。
「で、ですね……」
それから太田さんのスーパーサーブで一点を取ったくらいで、2ゲーム目はあっさり取られてゲームカウント1-1。
「どんまーい!」
「まだまだー!」
と励ますは魔具中サイド。
「いけいけー!」
「乗ってきたよー!」
と煽るは竹ヶ江サイド。流れが少しずつ傾いてきている。先生が小声で私の名前を読んで、手をひらひらさせ、耳打ちする。
「城さんは、部内戦ではバック側攻められてないよね?」
「攻められますけど、いつも無理やり回り込んでます。ただ……」
「古湖さんの球が速すぎて流石に回り込めないか」
頷く。あの強打では回りこめず、バックで返すしかなくなる。じょほちゃんはしきりにフォアハンドの素振りをしていて「バック側じゃなくて、フォアに返せ……!」という心の叫びが聞こえる。
「どう?宮田さんだったら、ここからどう攻める?」
「私だったら勝負になりませんよ。でもじょほちゃんと太田さんならいけます」
「だ、だいぶ押されてるけど」
「いけますよ」
だってじょほちゃんは、それでも自分のテニスを貫く子だから。
勝負どころの3ゲーム目が始まる。
こっこちゃんがサーブを打つ。瞬間、じょほちゃんは予測していたのか素早くフォアに回り込み、レシーブ。またバック側を狙ってセンターに打ち込んだところを太田さんがボレー!相手前衛が反応してカバーし、そこからはまた展開がゆるやかになり、徐々にこっこちゃんがバック側を狙って強打してくる。
「またこのパターン……」
でも、相手が打ってくるコースが分かっているのなら。
じょほちゃんはこっこちゃんが打つより速くバック側に素早くポジションを取る。回り込みが速い分、溜めができる。溜めができれば、強いストロークが打てる……!
瞬間、相手前衛の脇をボールが高速で抜けていった。
パンッと銃声みたいな残響がコートに残り、追いかけるようにわぁっと歓声が上がる。
「よっしゃナイスボール!」「さすがー!」「じょほー!天才ー!」
じょほちゃんも小さくガッツポーズ。合わせて私も先生もガッツポーズ。私の近くに転がってきたボールを掴んで、拾いにきたこっこちゃんに渡す際、「どうぞ」と言おうとした口が無意識に閉じるくらい、覇気の溢れたこっこちゃんがそこにいた。コート外で会った時とは印象がまるで違う。こっこちゃんがボールを受け取った際に「負けたくない……」と呟いたのは気のせいだろうか。一瞬だけ笑みを浮かべたのも気のせいだろうか。
「み、宮田さん、あの子怖くない?」
「いやぁ……試合中は異常に怖いですね……」
先生とカタカタ震えていると、
「よし次!」
一層響くこっこちゃんの声がコートに満ち足りた。3ゲーム目はまだ始まったばかりだ。
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