#19 VS竹ヶ江③
次のポイントからまたこっこちゃんはロブ展開に持ち込んでくる。コートの右側に後衛が、コートの左側に前衛が固まる、いわゆる右ストレート展開になる。じょほちゃんは真っ直ぐに強い球を打ち、バック側をカバーするために打ち終わりに端に寄ってバック側をカバー。ここまでは一緒だ。
でも、こっこちゃんは太田さんの頭を越すロブを打ってきた。
じょほちゃんは追いつけず、1-1。次の点もそう、右ストレート展開になって、じょほちゃんがバック側をカバーするために端に寄る。でも太田さんがロブのカバーで後ろに下がった!
これなら、と思ったけど、次は急所のセンターに強打。じょほちゃんも得意のフォアなので追いつけるけれど返球は甘め。またこっこちゃんが強打する瞬間、太田さんが動いた!ポーチボレー……!
しかし待ってましたと言わんばかりに前衛抜きを狙ってきたこっこちゃん。太田さんが動いて空いたサイドに強烈なストロークが決まり、1-2。
ことごとくカバーで動くところを狙われている。変幻自在なコースをつくこっこちゃんに、じょほちゃんたちがここまで翻弄されるなんて!
「じょほちゃん、太田さん……」
ぬるい夏風が包んでいる。じめじめした空気で嫌な汗をかいている。コートの上の2人が明らかに沈んでいた。迷っていた。いつも相手だけを静かに見つめる太田さんも、ボールだけをがむしゃらに打ち続けるじょほちゃんも、迷子の子供みたいに、視線がうろついていた。
私は2人が負けるところをほとんど見たことがない。でも、今日は負けるかもしれない。最強のあの2人が……。
「城さん、太田さん!しっかり前を向いて!まだ打てますよ!」
気づいたら隣のベンチで座っていた先生が立ち上がって叫んでいた。
「それにここは通過点ですよ!思い切りぶつかって!全力でいかないと次がない」
大声を出すのに慣れていないのか、声量が尻すぼみになっていた。でも、聞いているとなんだか胸が熱っぽくなる。2人は小さく頷いた。ボールを待つ構えにほんの少し覇気が戻る。
「宮田さんも、3年生のみんなも応援してあげて。ぼくら全員で戦ってるんですよ、あの強敵にね」
「そ、そうですね!じょほちゃーん!いけー!」
「そうだじょほー!練習の時しつこいぐらい打ってくるストロークそんなもんじゃないぞー!」
「太田ー!いつもの静かな闘志をもっかい燃やせー!」
わいわい上がる歓声を切り裂くように審判の「1-2」のポイントカウントでサーブが始まる。必死にボールに食らいつく2人だけど、さっきまでみたくバック側の大胆なカバーは出来ないので、とにかく繋ぐしかない。でもじょほちゃんはなんとかまた回り込んで強打を試みるがネットにかかってしまう。1-3。ふと先生がつぶやく。
「あれが普通だよな……」
「あれって何ですか、先生」
「いや、相手の古湖さんって極端にミスが少ないんだよ。なによりもそれがおかしい。中学レベルじゃなくない?」
「それが……勝てないと思った理由ですか?」
「試合が始まっちゃったら勝利を祈るほかないよ」
ただ……。
ただ、あの古湖さんも、城さんと同等くらいの天才に違いない。
私は先生のその言葉を聞いて、少し嬉しくなってしまった。
だって、先生がじょほちゃんを天才と思ってくれているから。先生もあのストロークに魅了されたのかもしれない。途端に先生のメモを覗かせてもらいたくなった。じょほちゃんの欄には何が書かれているんだろう?天才!ジーニアス!豪速球!とか、そんな内容だろうか?
「それと宮田さん、このゲームが終わったらチェンジコートで一旦2人が戻ってくるでしょ。声かけてあげて」
「ど、どんまいとかでいいんですかね」
「それも大事。でも宮田さんには2人が本来出来ることを伝えて欲しい。劣勢の時には自分のプレーを見失いやすいから」
たしかに今の2人は、なんとか相手に対応しようとしているけれど、いつものテニスは出来ていないかも……。
結局、私たちの応援も虚しく次の点も取られ、ゲームカウントは1-2。次のゲームを取られたら負けだ!
2人が少し落ち込んだ姿で戻ってくる。多分、じょほちゃんと太田さんの落ち込みの感覚は違う。じょほちゃんはストロークが打てないこと、太田さんはじょほちゃんとペアを組んでいるのに負けそうなことでそれぞれ落ち込んでいるはず。私はここに選手としてじゃなく、戦術役として呼ばれた。でも正確に言えばモチベーターとして、なのかな。
私は2人の凄いところをよく知ってるという意味では、誰にも負けない。
タッチして迎える際、私は「あー……」と一音入れてから「あのさ!」と大声を出す。私も大声を出すのは苦手だ。
「じょほちゃんはやっぱりすごいや!だってあんなに気持ちいい打球音出せるんだもん。というか、いつも以上に球いってる気がする!」
じょほちゃんはぴょこっとアホ毛を立て、目をまん丸くしていた。「そう?」と首を傾けるので「うん!」と鼻息を荒くして頷いてしまった。やば、ちょっと恥ずかしい。
「じょほちゃんの球に押されてたから太田さんが動いた時に、そっちにしか打てなかったんだよ!三つ前のポイントのとき!」
太田さんに視線をずらすと、微笑んでくれた。ぐっと私は拳をにぎる。頑張って。太田さんがじょほちゃんを天才と思うように、私はペアとしての2人を天才だと思う。2人とも最強だよ。
「城さん、太田さん、4ゲーム目からの戦術を伝えます。結構シンプルなので頭の片隅に入れてプレーしてもらえればと思います」
クロスラケット サンド @sand_
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